第27話
労働省省議室
「――という訳で、7月までに全国に置いて最低賃金の引上げを行ってもらう。目安を超えている都道府県はそのままで良いが、超えていない都道府県では最低でも950円を超えること」
私は中央最低賃金審議会の委員達に改めてそう伝える。
既に一度言ってはいるが、会議はまだしていない。
そのため彼等を呼んだのだが…
「…難しいでしょう。それほどいきなり引上げるとなりますと、かなりの混乱が見込まれます」
「それも計算の内だ。来月――5月の消費税減税に合わせて賃上げを行い、停滞している経済に対して刺激を加える」
「しかし、このデフレの状況下でそんな事をすれば、倒産する企業が続出しかねません。ただでさえ、今はゾンビ企業と呼ばれるモノが沢山存在するというのに…」
ゾンビ企業
経営が常に赤字で、銀行や政府の支援があるおかげでなんとか倒産していない企業を指す言葉だ。
そう言った企業が、消費税の減税と賃上げによって倒産する危険があるという事だろう。
「もちろん、その事は充分理解している。しかし、そう言った企業は現状維持に精一杯どころか、後退を遅らせる事に必死の状況。経済効果は対して期待出来ない。ましてや、支援を食ってばかりでこちらに返ってこない」
「…だから、見捨てると?」
「あぁ」
生産性のないモノに渡す金はない。
そう言った点では、“あの法案”は早めに通してしまわないといけないな。
「では、ゾンビ企業の倒産によって発生すると思われる大量の失業者についてはどう対応される予定ですか?」
「それに関しては問題ない。一部は清掃員として雇用し、主に公立の高校で働いてもらう。しかし、大分は別の仕事をしてもらうつもりだ」
「別の仕事、ですか?」
欧米では、国民の雇用を守るために国がお金を出して、清掃員を雇っている。
そのため、学校で掃除をする国は少ないそうだ。
この国でもそうすべきかも知れないが、子供たちに『使う責任』を学ばせる為に、小・中学校では、掃除をするのは引き続き生徒の仕事だ。
そして、別の仕事についてだが…
「海外の情報をサルベージした結果、どうやらこの世界の人間がモンスターを殺すことで、謎の石が生まれる事が判明した。そして、その石は〈迷宮〉運営におけるエネルギーとして利用できるそうだ」
「は?」
「…まあ、単刀直入に言えば、失業者を〈ダンジョン〉へと送り、そこでモンスターを倒してもらう。そして、倒したモンスターが落とす石を私が買い取るという事だ」
〈ダンジョン〉に出現するモンスターは私が選ぶことができず、また定期的に出現する為、放置すると〈ダンジョン〉内が大量のモンスターで溢れかえってしまう。
さらに放置すると、〈ダンジョン〉のキャパシティを超え、モンスターは外へと出ていく。
そうなると、非常に厄介な事になりかねない。
これまでは、そうなる前に〈ダンジョン〉から〈迷宮〉へ移し、シモベとして利用していたが…シモベにすると食費などの維持費がかかる。
一定以上のモンスターが〈迷宮〉内に貯まると、実戦経験を積ませるためにシモベ同士に殺し合いをさせていたが…人間が殺す事で出現する石を回収し、エネルギーとして再利用する。
そして、回収た石を利用した、非常に素晴らしい儲け方というのが存在する。
「ちなみに、彼等の給料は国が出すのですか?」
「そうだな。しかし、今建造されている“ある施設”が完成すれば、採算は取れる」
「はぁ…?」
懐疑的な目を向けられるが、私には彼等を納得させられるだけの手札がいくつも存在する。
その内の一つを使うとしよう。
「〈迷宮〉は私が自在に作ることができる。これは知っているな?」
「はい」
「〈迷宮〉の構築次第では、鉄やアルミ、金や銀も採掘できる。鉱山型の階層を構築すれば、〈迷宮〉は鉱山として利用できる」
「はぁ…?」
……失業者を鉱山労働者にしようとでも思っているのか?
まあ、鉱山として利用するのも悪くはないが…それ以上に良いものがある。
「〈迷宮〉内では様々な資源を採掘できる。その中には、当然原油が含まれている」
「……は?」
「それも、私が使ったエネルギーの量次第では、世界でも有数の油田に匹敵する埋蔵量を持った油田を作ることが可能だ」
まあ、階層の広さを考えれば、それほどの油田を作るのは難しいが、抜け道はいくらでも存在する。
例えば、維持費を支払う事で、常にその環境を維持するというものがその最たる例。
「しかもだ!〈迷宮〉には、『エネルギーを消費する事で、その環境を維持する』という機能が存在する。これは本来、階層に存在する川や湖、滝などの水量を維持するために使うものなのだが……コレを石油にも適用することができる」
「………ん?つ、つまりそれは…?」
「そうだ。実質、ほぼ無限に石油を生産可能、という事だ」
ほぼ無限に石油を生産可能。
これがどれだけ魅力的なひびきな事か。
現在の石油文明に生きる我々からすれば、石油を無限に使えるというのは、誰もが一度は見る夢だ。
これは、私の手札の中でもかなり強力な部類。
インパクトだけで言えば、最強のものだ。
「そして、その石油の無限生産に必要なエネルギーは、失業者がモンスターを狩る事である程度回収できる」
「なるほど…確かに、それなら失業者に支払った分はもちろん、倒産した企業の分の収益も見込めそうですな!」
「しかし、まさか〈迷宮〉で石油が採れるとは…日本が産油国になる未来も近そうだな」
「これで、我が国のエネルギー問題が少しは解決出来そうだ!」
やはり、石油を無限に採れるという言葉強い。
あれ程反対の空気を漂わせていたにも関わらず、こんなにも速く掌を返すとは…
「決定だな。では、賃上げの件はそちらで議論してもらおう。今月中に結論を出さなければ、私の権限で強制的に行うから、締切厳守で頼むぞ?」
そう言って、私は会議室を後にした。
正直、ここに残るのは気分が悪い。
なにせ、石油利権を狙って様々な悪知恵を張り巡らせる、欲望の煙が漂っているのだ。
何が何でも、石油利権は私が持つ。
これ以上、この国を腐敗させる訳にはいかない。
「クロ」
「はい、魔王様」
私が名前を呼ぶと、何処からともなくクロが現れ、私の後に続く。
「証拠の回収は終わったか?」
「はい。既に十人は落とせますが…いかがいたしますか?」
「なら、それを私に寄越せ。そして、お前の部隊を使ってその十人を確保に向かうように。三日後、粛清を執り行う」
「かしこまりました。では、5番目の引き出しに」
そう言って、クロはまた何処かへ消え、去っていった。
「これから忙しくなりそうだな。如何にして強固な統治を築くか……ふふっ、まずは自衛隊と警察の完全掌握をしなくてはな。そして、クロの部隊を筆頭に、秘密警察も作るか」
今後、日本をどのように支配するかを考えながら、省庁を出る。
そして、この日の業務を終えた私はクロの集めた証拠を回収し、汚職に手を染めていた政治家十人を拘束した。
そして三日後、私は様々なメディアの前で汚職の証拠をばら撒き、その上で十人を粛清――公開処刑を執り行った。
この件はかなり批判されたが、魔王による独裁政治の象徴として、今後も公開処刑は行うつもりだ。
それからしばらくは批判されたが、警察の完全掌握、秘密警察の設置によってその勢いは落ち着き、日本において私の地位は確かなものとなった。
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