第5話
〈迷宮〉の支配者となってから今日で一週間
あと数分で強制的に現世と〈迷宮〉が繋がってしまう。
「罠やシモベの配置は終わっている。侵入者を迎え撃つ準備は最大限整えた。後は、私が何処まで耐えられるかだ…」
〈迷宮〉内部の情報は手に取るように分かる。
頭の中にリアルタイムの映像が流れる全体マップがあるような感覚だ。
これで戦況に応じて的確な指示が出せる。
私は緊張感に包まれながらその時を待った。
翌日
「まさか、初日に誰も現れないとは……今日こそ一人くらいは来るはず」
次の日
「二日目も侵入者ゼロ。平和だな」
更に次の日
「三日目……今日も誰も来ない」
更に更に次の日
「暇だ…やる事は沢山あるのに暇だ」
更に更に更に次の日
「……人類は何をしてるんだ?シモベにこっそり外の様子を確認させたが、街のど真ん中に奇妙な構造物が現れたのに、立ち入り禁止のテープが貼られているだけ。自衛隊派遣しろよ」
更に更に更に更に次の日
「六日目…明日で現世との接続から一週間経つというのに、まるで音沙汰なし。本当に人類は何をしてるんだ?」
更に更に更に更に更に次の日
「ラットを使っての偵察…入手して良かった〈支配者の目〉」
一週間経ってもまるで音沙汰がない事に不思議に思った私は、ラットを〈迷宮〉から出して外の様子を確認する事にした。
その際に役に立つ能力、〈支配者の目〉
私はシモベを介して周囲の情報を入手する事が出来るようになった。
…と言っても、情報の入手可能範囲は介しているシモベの視野や感覚に依存するから、ラットの視野では入手仕切れない情報もある。
「私の〈迷宮〉が出現した周囲は立ち入り禁止になってるのか…それで誰も来ないのね。偵察を送って調べる事が出来るのは大雑把な情報だけ。詳しい情報まで調べようとすると人類に私が偵察を出しているというのがバレる」
元人間とはいえ、人類が私を受け入れてくれる保証はない。
まあ、正直人類に受け入れられないのはどうでもいい。
問題は私と同類…つまり、他の〈迷宮〉の支配者の存在だ。
私の左手の上で浮遊しているラグビーボール型の水晶、〈迷宮の核〉
大きさはテニスボールくらいしか無いから隠すのは簡単だ。
だが、隠したところで、という問題がある。
〈迷宮の核〉を破壊されると私は死に、〈迷宮〉は崩壊する。
かと言って、〈迷宮の核〉を隠したところで私が負ければ、殺される可能性が高い。
拷問して吐かせるのもありだが、それで聞き出せなかった場合、殺して手当たり次第探すという行動に移すだろう。
つまり、私が負ける=死だ。
そうならない為に、私は絶対に負けられない。
「ネットへの接続は、あと三日待たないとエネルギーが溜まらない。その三日間に誰も来なければ情報面において私はかなり有利になる」
一日に溜まるエネルギーの総量はスライム換算でおよそ千。
……スライム換算というのは、スライムを生成するために必要なエネルギーを“1”とした場合のエネルギーの測り方の事だ。
シモベの生成、罠の設置、〈迷宮〉の改造・拡張にはエネルギーが必要だ。
しかし、そのエネルギーはゲームのように数字で表してはくれない。
だが、私は今溜まっているエネルギーの総量と、シモベの生成等に必要なエネルギーの量を無意識に理解することが出来る。
これも〈迷宮〉の謎技術だ。
しかし、いくら無意識に理解できるとはいえ、明確な数字があったほうが分かりやすい。
そのため、シモベの生成コストが一番低いスライムを使って、明確な数字を用意した。
無意識に理解できるとはいえ、スライム換算を使うようになってから随分と分かりやすくなった。
〈迷宮の核〉をネットに接続するために必要なエネルギーはおよそ二万。
今手元に一万七千ちょっとのエネルギーがある。
そして、さっきも言った通りエネルギーは一日で千溜まる。
だからあと三日待つ必要があるのだ。
「まあ、偵察のラットから得た情報では、近くに人間は居ない。このままいつも通り筋トレでも――――チッ、フラグだったか?」
私の〈迷宮〉に誰か入ってきた。
急いで状況を見てみると、武装した人類が〈迷宮〉へ入って来ていた。
――自衛隊だ。
十二人の武装した自衛隊員が、とても警戒した様子で私の〈迷宮〉侵入してきた。
まさか、今になってようやく侵入してくるとは…
住民の避難に時間が掛かったのか?
だとしても遅すぎる。
自衛隊出動には色々と申請とかが必要で、それの許可がなかなか下りなかったとか?
理由は色々と思い浮かぶがまあどうでもいい。
私は
もうすぐで〈落とし穴〉が発動するんだけど……
「あっ、三人落ちた」
誰かがトラップ発動の床を踏んだね。
〈落とし穴〉と聞くと、大した事ないように感じるかも知れないが、実際はかなり凶悪だ。
考えてもみてほしい、突然二メートル近く落下するんだ、脚の一本や二本は捻る。
……人間の脚は二本しかないが。
しかし、この自衛隊員達は怪我をした様子はない。
たまたま衝撃を吸収出来たのか?
なら次の手段だ。
―スライム達よ。侵入者を迎え撃て―
現世と繋がる時に、すぐに攻め込まれると考えていた私は、追加でかなりの量のスライムを生成していた。
自分でも何匹生成したかは覚えてないが、多分百以上だろう。
スライムはゼリー状の生物。
物理攻撃全般に強く、特に打撃にはめっぽう強い。
あのおもちゃのスライムが生物となって襲いかかって来るようなものだ。
そして、自衛隊に武器は当然ライフルだ。
スライムと自衛隊…それすなわち
『スライムだ!近付かれる前に撃ち殺せ!』
天下の自衛隊様がスライム如きにライフルを乱射するという、笑い話が出来上がる。
しかも、そのゼリー状の身体を銃弾は簡単に貫いてしまう。
それが普通の生物の身体なら良かったのだが……
『闇雲に撃つな!核を狙え!』
ゼリーにナイフを突き立てた所で、ぐちゃぐちゃになるだけでほとんど意味が無いように、いかに科学技術に裏打ちされた最新鋭のライフルといえどスライムには無意味。
乱射して核を破壊できればいいな程度だ。
「やはり、自衛隊員も私のように優秀じゃないようだな。未知の怪物に近付きたくないのは分かるが、ゼリー状の生物に銃弾なんて通じるはずがないのに……」
効果があるとすれば、衝撃で身体の一部が吹き飛んだり、熱で蒸発したりして身体が小さくなる程度の効果はある。
…が、やはり核を壊さないと倒した事にはならない。
放っておけばいくらでも再生する。
倒せなければ、普通の生物以上に厄介な相手だ。
「薄々勘付いてはいるはずなんだが……まあ、それを実際に行動に移せるかは別問題か…しかし、前ばかり向いていていいのかな?」
私はスライムが分かれ道から自衛隊に接近していることを確認すると、新しい命令を出す。
―交戦しているスライムはそのまま侵入者を引きつけろ。奇襲部隊は一番後ろに居る者に複数体で纏わりつき確実に殺せ―
〈迷宮の核〉から流れ込んできた知識の中に、こんなものがある。
・ダンジョン内で人類を殺すと、その人類の強さ、或いは数に応じてエネルギーを得ることが出来る
一般人に毛が生えた程度の力しか持たない自衛隊を殺した所で、得られるエネルギーは大した事ないだろう。
それでも、人間を殺すことでどのような利益があるのか。
それをしっかりと見極める必要がある。
そうこうしているうちに、奇襲部隊が自衛隊員の直ぐ側まで来ていた。
―殺れ―
私の命令を聞いたスライム達が、一番後ろに居る自衛隊員に襲いかかる。
『うわぁぁぁぁ!!?な、何だコイツら――ギャァァァ!!!』
あーそうそう。
言い忘れていたが、スライムはそのゼリー状の身体で有機物を取り込み、消化液を出して分解する。
それをエネルギーにして生きてるんだった。
まあつまり……酸で溶かされるというわけだ。
「ふむ…人間、酸を掛けられるとこうなるのか……いい勉強になった」
私は顎に手を当ててウンウンと頷く。
『クソッ!何処から湧いて出てきやがった!!死ねックソスライム共が!!』
クソスライムか……確かに、そこに居るスライムの内の何匹かはゴブリンの糞尿を糧にしてる。
クソスライムというのは、あながち間違いではないな。
『た、助けてくれ!痛い!痛い!腕が焼けるぅぅ!!』
『それは酸だ!お前等!ここまで近付かれたら銃は逆に邪魔だ!!ナイフで核を破壊しろ!!』
『この化け物め!小野から離れろ!!』
頑張ってるねぇ……さて、本格的に息の根を止めに掛かるか。
―スライム。その男の顔に纏わりつけ。そして、穴という穴に消化液を流し込め―
私の命令を受けた一匹のスライムがのたうち回る自衛隊員の顔に纏わりつき、口や鼻や耳の穴に消化液を流し込む。
この消化液が喉を焼けば、それはもう面白い事になるだろう。
『なっ!?コイツ!!』
『おい!大丈夫か!?』
『ォド……バァオ、アバェァ…』
『嘘だろ……喉に消化液を流し込まれたのか?』
う〜ん、窒息はさせられなかったか。
救助を優先されたせいで、スライムがあまり長く纏わりつけなかった。
うん?待てよ?
―すぐにその男を救助している者達を襲え。敵を混乱させろ―
今の戦況は、前からは複数のスライムが押し寄せてきていて、嘘ろからは奇襲を受けたせいで直ぐ側までスライムが来ている。
そして、最初に襲われた男を救助するために二人纏わりついたスライムを剥がす担当がいる。
そいつ等を狙う。
出来るだけバレないようなに後ろに回らせると、背後から奇襲をかける。
『っ!?こいつ等いつの間―ギャァァァ!!』
『おい!やめ――グァァァ!!?』
救助活動を行っていた隊員達も消化液の餌食になった。
ここまでくれば、確実に一人は殺せる。
私は最初に襲われた男を窒息させるよう命令すると、次の段階へ移行した。
私はスライムを十匹生成し、一階層へ配置する。ただし、普通のスライムを十匹送り込んだ訳じゃない。
「〈スライム合成〉そして、〈モンスター強化〉」
十匹のスライムを一匹へ合成し、〈モンスター強化〉で強化する。
すると、直径一メートルの巨大スライムが生まれた。
〈モンスター強化〉
エネルギーを消費してシモベを強化するというもの。
強化具合は消費したエネルギーに応じて大きくなる。
重複可。
これで退路は塞いだ。
まあ、彼等はそんな事はつゆ知らず、目の前の敵に夢中になってるんだが。
おっと、前から攻めていたスライムが全滅したか。
まあ、いくらかは核が破壊されていないせいで生き残っているけど。
『前方クリア!』
『良くやった!!負傷者が出ている、こっちの敵を排除してすぐ撤退するぞ!!』
ふ〜ん?全員で逃げるか……帰還者無しは流石に不味い。
強化合成スライムは引かせるべきか?
『ん?…おい!こっちにとんでもない大きさのスライムがいるぞ!!』
……気付かれたか。
仕方ない、こちらから攻撃するか。
―侵入者を攻撃せよ。ただし、誰一人逃がさないという状況にはならないように注意しろ。いいな?―
念入りに命令しておけば、いくら単細胞的なスライムでも攻撃の緩めるだろう。
…かと言って、ここでこのスライムを失うのは惜しいか。
ある程度ダメージを受ければ撤退させよう。
―ん?
急にエネルギーが増えた?
『おい!しっかりしろ!おい!!』
ああ、そういう事か。
最初に襲われた奴が死んだ。
う〜ん、やはり大した量は増えない。
外に出て〈ダンジョン〉を制圧すべきか。
それか、他の支配者を屈服させて〈迷宮〉を吸収する。
当面の目標はこれだな。
『クソッ!クソッ!クソガァァァァ!!』
『おいよせ!!一人で突っ込むな!!』
仲間を殺されてキレた低能が、怒りに身を任せて強化合成スライムに突っ込む。
そして、手に持っていたライフルを乱射した。
何十発もの銃弾が強化合成スライムの身体に突き刺さる。
これだけ大きいと銃弾は貫通出来ないのか…
半透明なお陰で、体内に残った銃弾がよく見える。
『死ね!死ね!死ねぇぇぇぇ!!!』
…持っている弾薬を全て使う気か?
流石にそれだけ撃たれるとコイツもただでは済まない。
だが、まだ大丈夫。
―そいつを殺せ―
私は目の前の自衛隊員を殺すよう命令する。
強化合成スライムは私の命令に従って、目の前の侵入者を殺すべく動き出す。
そして、少しだけ侵入者に近付くと、ぷるぷると震えだした。
何をする気だ?
攻撃するにはまだ距離がある。
まさか、銃弾が核に当たったか?
私はそんな心配をするが。それは杞憂だった。
『コイツ…何をしよ―ガアァァァア!!?』
強化合成スライムは、何やら謎な液体を吹き出して攻撃した。
それに当たった自衛隊員がものすごく痛がったいるのを見るに、あれは消化液か。
いきなり酸を掛けられれば、そりゃああれだけ暴れるようになるのも当然か。
まあ、倒れた時点でコイツの負けだ。
―押し潰せ―
私がそう命令すると、スライムは跳躍して消化液の痛みでのたうち回っている自衛隊員を押し潰した。
―撤退しろ―
これ以上侵入者を殺す必要はない。
逃げたかのように撤退させれば、スライムがそれなりにダメージを負って逃げ出したように見えるはず。
「初陣は大成功……とは言えないが、まあ成功だろう」
私は、二つの亡骸を抱えて〈迷宮〉から撤退していく自衛隊員を眺めていた。
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