第30話

『竹島』

日本古来の土地で、韓国との領土問題になっている島だ。

以前の日本であれば直接手出しは出来なかったが、今は違う。


私が日本の支配者となってから少しした頃に、〈ダンジョン〉を通して〈シモベ〉を送り込み、韓国の湾岸警備隊を制圧して強引に占拠を解いた。

今も警備隊は私の〈迷宮〉内に閉じ込められていて、韓国は何度も誘拐した警備隊を解放しろと喚いているが、完全に無視。


そして、竹島周辺を〈シモベ〉を使って封鎖することで韓国船を近付かせないようにしている。

そんな竹島だが…ついに韓国が動き出したという報告をスパイから受けた。


「―――という訳だ。向こう一ヶ月は警戒を強めろ」

『かしこまりました、魔王様』


長谷川に竹島周辺の警備強化を命じ、仕事に戻る。

時刻は既に午後22時。

本来であれば、多くの人が既に家に帰り、寝支度を始めているだろう時間帯だが…私にそんなモノはない。

月に一回の休み以外は24時間働き続ける。


普通の人間なら耐えられない労働環境だが…私は違う。

〈支配者〉の持久力を舐めないでほしい。

与えられた時間を有効に使い、未来のために動いている。

今回の竹島の話だってそうだ。

万が一に備え、交代で〈シモベ〉を配置し、何か起これば必ず報告させるようにしている。

いつ報告が来るか分からない以上片時も気を抜くことは出来ないし、他の監視用〈シモベ〉も同じ。


私の目を欺けると思ったら大間違いだぞ?

いったいいくつ目があると思っているんだ。

私の目は、〈シモベ〉の数だけ存在する。

全ての〈シモベ〉が私の目であり耳であり、日本中から様々な情報を集めている。

そして、その情報を処理できるだけの能力も持っている。

世界は…私のことを過小評価してるんだよ。


「クロ、起きなさい」

「ふぁい…魔王様」


眠そうに目を擦りながら私の影から現れたクロに、書類の束が入った封筒を渡す。


「これを長谷川の所に持って行きなさい」

「海軍の人…?分かりました…」


クロは眠そうにしながら封筒を咥えると、また影の中へ潜航して長谷川の元へ向かった。


……防水の魔法を付与しておいて良かった。













「はぁ…」


クロが持って来た封筒の中に入っていた書類を読み、私は軽く溜息をつく。

決して無理難題を押し付けられた訳では無いが、あまりにも強気過ぎる指示に頭を抱えたくなったのだ。


「魔王様からの指示だ。『不審船は見つけ次第乗組員を拘束し、身元調査を行う。逃走しようとした場合、撃沈せよ』だそうだ」

「……それは本当でしょうか?」

「ああ。正確には、『こちらの指示に従わない場合』と書いてあるが……まあ、同じようなモノだろう」


『止まれ』の指示を出したのに従わない。

すなわち逃げているということ。

逃げ出したら問答無用で海の藻屑にする…なんて強気な指示だ。

それで国際問題に発展したらどうする気なんだろうか?


「不審船、という事でしたが…もし、竹島を狙う韓国軍の船であった場合はどうなさるのでしょうか?」

「警告した上で、言うことを聞かないのなら威嚇射撃。それでも駄目なら―――『沈めろ』と書いてある」

「そ、そんな!それこそ国際問題に発展しますよ!?」

「魔王様からの指示だ。そういう問題は何とかする手立てがあるんだろう」


むしろ、他国へ侵略する理由ができて喜ぶかもしれない。

魔王様は最近、他国の〈迷宮〉や〈ダンジョン〉を掌握する方法を模索しておられた。

これもその一環だろう。


「私の管轄の〈シモベ〉を使うことも許可されている。万が一戦闘になった場合にも、負けることはない」

「確かに長谷川様の配下の海獣はどれも強力ですが…平和的な解決手段は無いのですか?」

「あるでしょう?威嚇射撃の段階で相手が引けば平和的解決。沈める必要は無くなる」


威嚇射撃で止まってくれたら私としても嬉しいんだけど……この書類を見る限り、止まってくれなさそう。


「……東さんはどう思います?コレ」


私は、さっきから沈黙を貫いている海上自衛隊のトップ、東俊彰あずまとしあきに魔王様のよこした書類のある部分を見せる。

東は一瞬目を見開いたが、すぐに平静を取り戻す。

そして、大きな溜息をついた。


「威嚇射撃、か……とても威嚇とは思えない行動だな」

「まあ、そうでしょうね」


魔王様の書いた書類には、威嚇射撃をする場合相手の船に弾を当てろと書いてあった。

ロシアの威嚇射撃は船をボロボロにするまで行われるという噂を聞いたことがあるけれど…まさか、それをこの国でやろうと言うとはね。

魔王様は本当に恐ろしい。

日本がこれまで積み上げてきた国際的な信頼を、あっという間に崩していくのだから。


「できれば、最初の警告の段階で引き換えしてほしいわね」

「その程度引き返すなら、最初から来ないでほしいものだ」


それはそうね。

わざわざ平穏を乱すような真似はしないでほしい。

いったい、なんの因縁があって今になって日本に―――待てよ?


「少し席を外す」


そう言って会議室を出ると、誰も居ない部屋にやって来る。

そして――


「魔王様、質問よろしいでしょうか?」

『なんだ?言ってみろ』


念話を魔王様に飛ばした。


「かの国に…何かなされましたか?」

『……それを聞いてどうする?私が何かしたと言った場合、お前は何がしたい』

「否定はしない、ということでしょうか?」


ここは上司である魔王様の質問に答えるべきなんでしょうけど…先に質問したのは私だ。

まずは私の質問に答えてもらう。


『……まあいい。かの国には数百の〈シモベ〉が潜んでいる。そいつ等は目に見えない部分からかの国のライフラインを蝕んでいる。何体か駆除されたのが確認されている――おそらく、かの国は気付いたのだろう』

「……何故、そのようなことを?」

『それは、私の質問に答えてからだ。長谷川』


私は…何をしたい、か…


「何故、今になってかの国が軍を差し向けようとする動きを見せているのか?竹島をもう一度占領したいなら、もっと前にしていたはず。それなのに何故――そう、気になった為です」

『それで?』

「もし何か、話し合いで解決できるような理由があるのであれば、話し合いで解決したい。そう、思ったのです」


わざわざ平穏を乱すような真似はしたくない。

それの原因がこの国になるのなら尚更だ。

今時武力行使なんて時代遅れだ。

話し合いによる解決。

それを図るべき、私はそう思った。


……ただ、魔王様は違うようだ。


『私とて、話し合いで解決できるのであればそうするさ』

「でしたら!」

『しかしなぁ?』


私の叫びを遮るように、魔王様は話を続ける。


『話し合いで解決できるのであればとっくに領土問題は解決しているだろう?韓国が竹島を占領してからどれほど経つ?北方領土がロシアに占領してからどれほど経つ?何故、それまで不干渉を貫いてきた中国が、尖閣諸島の領有権を主張してきた?』

「それは……」

『何度も言うが、話し合いで解決できるのであれば私とてそうするさ。だが、それで解決しないからこその武力行使だ。軍隊とは、外交のカードの1つ。戦争とは、外交の一種なのだよ』


魔王様はそう言い切ると、一呼吸置いてからもう一度話し始めた。


『なぜ、私がかの国にちょっかいを掛けたか?それは、いずれかの国を征服する際に向けての下準備だ』

「いずれ…?」

『そうだ。近々、私は米軍を日本から叩き出す。沖縄だけなら見逃してやっても良いが……それ以外は許さない』


米軍を日本から叩き出す…?

そ、そんな事をすればアメリカからなんて言われるか…


『もちろん、米軍を叩き出せばアメリカとの関係は悪化するだろう。敵の味方は敵だ。日本とアメリカが険悪になれば、その同盟国である韓国ともまた険悪になる。考えてみろ、かの国の周りの国はどうなっている?』


韓国の周辺国…

東側諸国代表とも言える、世界第二位の経済力を誇る超大国・中国。

世界最大の国土を持ち、大統領の強権によって統治される古来よりの強国、ロシア。

独裁色が強く、軍事開発が活発で核開発も行われているという、北朝鮮。

周囲に…味方が居ないじゃないか。


そこに日本が敵として加われば、まさに四面楚歌。

万が一韓国が侵略された時、助けてくれる国が居なくなる…


『お前の想像した通りだ。長谷川。私は止まらないぞ?最初の標的は大韓民国。ここを制圧してしまえば、西側諸国と隣接している面が一つ減る』

「……中国やロシアが、侵略してこないとも限りません」

『そうだな。だが、それをするくらいなら日本に軍需品を売り付けて儲けたほうが、遥かにリスクが少ないのではないか?』

「確かにそうですが、それでも侵略してこない保証は――」

『くどいぞ長谷川』


冷静ではあるものの、確かな威圧感を感じる声が頭の中に響く。

怒ってはいないようだが、不快には思われているだろう。


『お前の意見は尊重しよう。しかし、自分の立場を弁えろ』

「……」

『戦争は避けるに越したことはない。だがしかし、避けては通れないのであれば、突き進むしか無いだろう』


……何故、そこまでして他国への侵略にこだわるのか?

私達の知らない何かを…魔王様は知っているのか?

《国家掌握プログラム》

コレに関する情報で、私の知らない何かを知っていたとしても何ら不思議じゃない。

その、何かの為にここまで侵略にこだわっているのかもしれない。

でないと…私は魔王様を信じられない。


『仕事に戻れ、長谷川。……いや、こんな時間だからこそ、休めというべきか?』

「そう…ですね。少し、休ませていただきます」

『ああ。ゆっくり休むといい。私はまだ仕事が残っているから念話は切らせてもらうが――いいな?』

「はい。お忙しいところ、失礼しました」


私がそう言うと、魔王様は念話を切ってしまった。

そのことを確認すると、深い溜息をつく。


「結局のところ、いずれ戦争は避けられないという事か…」


私はこの国の海軍のトップ。

負ければ魔王様に続いて真っ先に処刑される存在だ。

…負けるわけにはいかないな。


「……そこまでして、戦争にこだわる理由は何なのか?今すぐ出なくとも…必ず教えてください。魔王様」


今日はもう…疲れた。

久し振りに私の〈迷宮〉に戻ってゆっくり寝よう。


今日の会議はお開きにすると伝え、私はそのまま〈迷宮〉へと帰った。

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