第2話
東京 某企業
「そんな!私はやっていません!!冤罪です!!」
とある会社の社長室に、中年男性の悲鳴のような声が響き渡る。
「そうは言ってもね……小町君が触られたと言っているんだ、それに君の普段の勤務態度の事も知っているよ?」
「それは……ですが、こんな何を考えているか分からない女の言うことを信じるんですか!?」
社長の正論に、苦しい言い訳をする男性。
しかし、社長はそんな男性の言葉に淡々の返す。
「少なくとも、君よりも遥かに仕事ができて、我が社に貢献してくれている信用できる人材だよ。で?君はどうかね?」
「……」
自分は隣りにいる女性と比べて遥かに劣っている事を自覚している男性は悔しそうに言い籠もる。
「部下に仕事を投げてばかりで禄に働かず、パワハラ・セクハラで辞めていった新人は何人いる?おまけに気付かれにくい範囲での横領ときた。確たる証拠がなかった為に仕方なく見逃していたが、どうやらサビが出たようだな」
社長はこれまでの男性の悪行を言って溜息をつくと、鋭い視線を男性に向ける。
「選びなさい。懲戒免職か自主退職か。どちらを選んだとしても損害賠償は請求するが、私としては自主退職をオススメするよ」
事実上のクビ宣言。
男性は俯いてボソボソと返事をした。
「自主退職……します」
それを聞いた社長は、満足そうな表情をして、
「そうかい。もう結構、退室してくれていいぞ」
男性を部屋から追い出した。
社長室から男性が出ていくと、社長はまた溜息をついた。
そして、部屋に残った女性に視線を向ける。
「感謝するよ小町君。君のお陰で我が社の汚点を除去することが出来た」
「それは良かったです。私も痴漢を成敗出来て嬉しいです」
先程の男性は小町君と呼ばれるこの女性に痴漢を働いたようだ。
それを社長へ報告され、これまでの悪行の件も合わせて退職へと追いやられた。
社長は会社に巣食うゴミを掃除できて嬉しそうにしているが、小町は表情を一切変えない。
「ふふっ、君の鉄仮面はなかなか取れないようだね。……どうだね?あのダニが座っていた席を君に譲るというのは」
「それは!……非常に光栄な相談ですね。適任者が見つからなければお願いします」
小町は鉄仮面を崩すことなくそう返事した。
社長はとても残念そうに苦笑する。
「そうするとしよう。……ところで、君の周りでは次々と上司の問題が報告され、トントン拍子で出世しているようだね?何かしたのかい?」
「…?なんの事でしょうか?」
社長の質問に知らぬ存ぜぬという反応をする小町。
それを見た社長はまた苦笑する。
「そうか……つまり、たまたまなんだな?」
「そうですね。たまたまです」
鉄仮面を一向に崩す気配のない小町。
根負けした社長は今後の話を少しだけして、小町を退室させた。
◆
廊下
私は無表情でどこかを見ながら歩く。
(これで大沼部長は脱落。私は出世コースを守り抜き、部長の地位を手に入れた……全て私のシナリオ通りだ)
私は思わず笑みをこぼしてしまう。
会社でこの仮面を外したのは久しぶりだ。
『冷徹だが実力は確かで、トントン拍子で出世する超エリートサラリーウーマン』
それが周りの人の評価。
今回の件で部長の地位は確実に私のもの。
二十五歳で部長になった女は私だけなんじゃ無いだろうか?
あるとしたら、家族が起業して人数集めの為に入れられたくらいだろう。
それか、頭の悪い社長に甘やかされて半ば強制的に部長になったか。
どちらにせよ、自分の力でこの地位に登り詰めるのは難しいはず。
やはり私はそこらの有象無象とは訳が違う。
真正の天才を舐めるなよゴミ共。
そんな事を考えながら歩いていると、ポケットに入っていたスマホが震えだした。
偶然トイレの近くだった事もあり、すぐにトイレに入って電話に出る。
『あっ、もしもしお姉?ちょっとお金くれない?』
電話の相手は血縁関係が一切無い愚妹。
私とは六歳差で、私と違って本当の両親に甘やかされて育ってきた無能だ。
「いくら欲しいの?十万までなら貸すわ」
『じゃあ十万。サークルの友達と飲むのに使うんだ』
「……満二十歳未満の飲酒は違法なんだけど?」
この愚妹ときたら…また酒を飲みやがって。
借りにも紙一枚上の家族として助けてやっているが、いつか精算させないと。
『大丈夫だよ。今まで何回もやってるし、今回もバレないって』
「……バレたときの罰金は助けてあげないからね?」
『それくらいバイトして稼ぐよ。今手元にお金が無いからお姉を頼ってるだけ』
下らない事に浪費しやがって。
何が『酒は百薬の長』だ。
法律も守れないような奴につける薬はない。
それに、
「もう貴女も成年なんだから、いい加減社会人になる自覚を持っておきなさいよ」
『分かってるよ〜』
とっくに成人式は終わっている。
今からでも社会人としての自覚を持てないようじゃ、この先社会に出てで苦労するだろう。
もしかしたら私の地位をいい事に、裏口合格をせびって来るかも知れない。
愚妹一人で言いに来る分には良いが、親を出されると面倒くさい。
もしあの毒親共が出てきたら今度こそ縁を切ろう。
アイツ等だって、厄介な他所の子が家族じゃ無くなって清々するだろうし。
「いつまでも遊んでないで、たまには勉強もするのよ?」
『うるさいなぁ…お姉みたいな“偽物”の子は、“本物”の私に尽くせばいいんだよ。卑しい生まれのくせに家族として育ててもらったんだから、少しは私達の役に立ってよ』
またそれか……いい加減に怒るべきか?
別に能無しの戯言として、最近はまったく気にしていないが、そろそろケジメを付けさせたほうがいいのか……
『いざとなったらお姉の居る会社に入れてよ。そこで働くし』
「……」
『なに?お姉ならそれくらい出来るでしょ?』
「まあ…容易いわね。……でも、入れてからは自分の力でなんとかしなさいよ?仕事のやり方くらいは教えてあげてもいいけど」
こんな奴でも私の妹。
紙の繋がり残っている間は良くしてあげよう。
『あっそ。じゃ十万よろしくね〜?』
そう言って、愚妹は一方的に電話を切った。
最後まで感謝の言葉も無しか。
これまで軽く百万を超える金を貸し、将来の就職先まで用意してやったというのに『ありがとう』一つ言わないとは。
やはり愚妹は何処まで行っても愚妹だ。
そんな事を考えながらトイレを出ようとしたとき、抗いようのない強烈な眠気に襲われた。
そして、立つことができず、その場に倒れ込んだ。
「あ……ぅ……」
ロレツが回らない……思考がぼんやりする……
こんなの………酒の……………ひ………な…い……………
突然の事に混乱しながらも必死に思考を巡らせようとしたところまでは覚えている。
だが、まるで思考がまとまらなかった。
そして、私は深い眠りに呑み込まれていった。
……
…………
…………………
………………………………
………………………………―――?
ここは…何処だ?
身体が軽い……硬い場所に横たわっているのに、何故か心地よい。
しかし、疲労とも似た何かの影響で身体に力が入らない。
……私は死んだのか?
そんな事はあり得ない。
健康には人一倍気を遣い、早寝早起きを心掛けた。
精神疲労も、三日に一度の早朝ランニングで解消している。
突然死?
だが、あんな眠るような死に方は聞いたことがない?
……まさか、誘拐されたのか?
私に気付かれずに睡眠ガスを散布し、眠らせたとか?
一体誰がそんな事を?
……私が蹴落としてきた無能共か?
短絡的な感情に従って行動するような無能の事だ、感情に身を任せ犯罪行為すらやってのけるかも知れない。
「あ、ぅ」
声は出る、だが瞼が動かない。
呼吸は出来る、だが手足は一切動かない。
五感はある、だが完全に使える訳じゃない。
なんだ?この状況は…
私は身体が動くようになるまでの間、ずっと今の自分の置かれた状況について考えていた。
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