第7話

二ヶ月後

〈迷宮〉が振動し、まるで地震でも起こったかのような揺れが広がる。


「お、おい…〈スライムダンジョン〉はやっぱり〈迷宮〉なのか?」

「そうかもな……だが、絶対この事は報告するなよ?俺達の密猟がバレる」

「そうだな……地震なんて起こらなかった。〈スライムダンジョン〉はいつも通りだ」


そう言いつつも、彼等はそそくさと逃げ出した。







 


「しまったな。私とした事が、こんな重要な事を見落とすとは…」


私は〈迷宮〉の中に残っていた侵入者を見ながらそう呟く。

〈迷宮〉の支配者が一人脱落した。

某国の軍隊が〈迷宮〉を制圧し、中にいた支配者を拘束したのだ。

そして、その支配者は命を助けてもらうべく自分の知る全てを話した。

〈迷宮〉の事、〈ダンジョン〉の事、〈迷宮〉の支配者の事。

その事実は世界中に公開され、人々の意見は割れに割れた。


『デマじゃないのか?』

『〈迷宮〉に囚われた人達を助けるべき!』

『某国のプロパガンダだろ』

『〈迷宮〉に囚われた人達はどうしたいんだろう?』

『その人達はモンスターを操れるんだろ?個人で軍隊を持っているようなものじゃないか』

『モンスターなんかに囲まれて可哀想に』

『支配者―だったか?そいつ等はモンスターを使って人を何人も殺してるんだろ?日本でも死者が出てるじゃないか』

『一般人の被害者も居る。早急に制圧して、行動を制限すべき』

『むしろ殺した方がいい。支配者は他の〈迷宮〉や〈ダンジョン〉を制圧して強くなるんだろ?人格破綻者が支配者になっていたら一巻の終わりだぞ』


様々な意見が飛び交い、出された結論は『保護』


『支配者は、〈迷宮〉に囚われた人間。

なら、人権が適応され、更にその国の法律も適用される』


という意見により国が支配者の保護を始めた。

その結果、日本では多くの支配者が〈迷宮〉から出て国に保護――と言うなの軟禁を受けている。

先の意見はあくまで国会の意見。

支持を得たい愚かな政治家共が、『支配者も人間』という言葉を使って、人道的な行動を取っただけ。

つまり、国民全員がそれに納得したわけではなく、むしろ七割以上の人達が支配者を受け入れず、支配者は煙たがられている。

故に、〈迷宮の核〉をインターネットに接続したであろう支配者達は、国の保護を断固拒否している。

〈迷宮〉の中は窮屈かも知れないが、間違いなく自分だけの場所だ。

誰も自分の邪魔をせず、自分を否定しない。

そして、インターネットに接続すればゲームもする事が出来る。

かく言う私も空き時間には時折ゲームをして遊んでいる。

時間は無駄にしたくない質だが、息抜きは必要だ。

最近は様々な形をしたブロックを横一列に並べる事で消し、相手といつまでブロックを消し続けられるかを競うゲームをしている。

テト○スだ。

まあ、そんな事はどうでもいい。


―侵入者を皆殺しにしろ―


支配者が拘束され、情報を引き出されたという話を聞いたとき、私は急いで〈迷宮〉の構造を変えた。

〈ダンジョン〉と思わせる為だ。

私は既に何人もの人を殺している。

私が外に出れば間違いなく人殺しの後ろ指を指されるだろう。

別にそれが不快という訳では無い。

軟禁状態ではあるが、望めば元の職に復帰する事も可能。

例え、しばらく出社していなかったせいで努力が水の泡になっていたとしても、やり直しは出来る。

だが、問題は信用を完全に失ってしまった事。

しばらく出社していなかった事で会社に迷惑をかけた。

支配者として〈迷宮〉へ連れて行かれたんだから仕方ない。

そう励ましてくれるかも知れないが、私が突然居なくなった損失は大きいだろう。

なにせ、私だから成功した契約もあった。

信用関係で成り立っていた契約が、私の不在で担当者が代わり、無効になっては目も当てられない。

支配者としての差別を受ける可能性もある。

更に追い打ちを掛けるような人殺し。

数多の化け物を統べる人殺しなど、一般人からすれば恐怖でしかない。

それは他の仕事でも同じだろう。

よって、私が今まで通り働ける可能性はほぼゼロ。

なら、今のまま支配者として君臨し続けるることもありだ。


「そのためにも、君達には死んでもらおう」


……ふと思ってしまった。


『私は人を殺せるのか?』


これまでに二十人以上の人間を殺してきたが、実際は指示を出しただけで直接殺ってはいない。

このまま〈迷宮〉の支配者として君臨し続けるのであれば、人間を殺す覚悟はしておいた方がいい。

…人を殺す覚悟か……果たして私にそんなものは必要なんだろうか?


―侵入者を逃さないようにしろ。私が殺る―


私はシモベにそう命令すると、〈刀〉生成して部屋を出た。





一階層


「なっ!?や、やっぱり支配者がいるんだ…」

「な、なあ、助けてくれよ。同じ人間だろ?」


私が現れると、強化ゴブリン部隊に捕まった人間共が命乞いを始めた。

同じ人間か……


「飲食を一切せず、不眠不休で一週間近く活動し続ける事が出来る奴が。果たして人間かどうかは謎だな」

「…?」


なんだ、理解できなかったのか。


「お前は、私のことを〈人間〉と呼んで命乞いをしてきた。だがな、私は私のことを〈人間〉だとは思っていないぞ?」

「だ、だったら何だよ…」

「そうだな……」


だったら何、か…

〈迷宮〉の最奥でモンスターを生産し、簡単に人を殺すような存在…


「さしずめ、〈魔王〉とでも言うべきか?モンスター……魔物を統べる王。〈魔王〉だ」


私がそう言いながら持っていた刀を構え、居合斬りをいつでも出来るようにする。


「言い遺すことはあるか?」


まるで感情の籠もっていない、ただただ冷たい声。

温もりを感じさせず、聞けば寒くなくとも身震いしてしまうような極寒の声。

侵入者共はプルプル震えながら小刻みに首を横にふる。


「そうか……じゃあ死ね」


私はそう言って、居合斬りで侵入者の首を斬り落とした。

斬り落とされた首は、私のことを見ながらその目から光を失った。


「……ヒイイイイイ!!?」


相方の首を斬り落とされたのを見もう一人の侵入者が悲鳴をあげる。

騒がしいな……コイツも殺すか。

私はまるでゴミを掃除するような感覚で騒ぎ立てる侵入者を袈裟斬りにした。

首を斬り落とした時もそうだったが、やはり私の力は強化されている。

あの一撃で簡単に骨を断ってしまうんだ。

相当な腕力を手に入れているな。


「人殺しの感想は……特にないな。まるで何も感じない」


自分でもここまで無関心だとは思わなかった。

虫を潰した時の方がまだ来るものがあるぞ。

私にとって人間とは虫以下の存在なのか。


「死体は適当に処分しろ。食えない部分はスライムにでも食わせておけ」


私は肉声でそう伝えると自分の部屋に向かう。

後ろからぐちゃぐちゃと肉を貪る音が聞こえてきたが、まるで気にならなかった。





数日後


「〈支配者強化〉…ついにこれが出来るようになったか」


ここ一ヶ月間節約した甲斐があった。

シモベを強化する事が出来るように、私……支配者を強化する事も出来る。

そして、強化シモベの強さがどの程度かと言うと……



二ヶ月前

私は部屋に六匹のゴブリンを呼んだ。


『この中で一番弱い者はどいつだ?』


私がそう聞くと、ゴブリン達は目を合わせたあと、左端にいたゴブリンが前に出る。

こいつか……


『〈モンスター強化〉』


そのゴブリンにてをかざし、〈モンスター強化〉を掛けた。

少し実験してみる。


『戦え。強化された力というものを見せてみろ』


模擬戦だ。

私がそう命令すると、一対五で戦闘を始めた。

…普通、一匹ずつだろうが。

これでは強さがよく分から…ん?

私の予想とは裏腹に、強化されたゴブリンは一匹でも優勢に立っていた。

一撃で近くに来たゴブリンを気絶させ、その後ろにいたゴブリンの頭を掴んで地面に叩きつける。

背後から二匹のゴブリンによって拘束されるが、筋力と言うなのフィジカルで拘束を解き、両者の後頭部を掴んで強制キッスをさせる。

…要は、両者の顔を前面から思いっきりぶつけるという状態。

そして、最後の一匹は奥で隠れており、もはや戦えるような精神状態では無かった。


『そこまで!』


私は模擬戦を止めさせると、すぐに出て行くよう言った。

一対五。その状況でまるで反撃を許さず圧倒した強化ゴブリン。

あれは、格闘技チャンプとチンピラの喧嘩とでも言うべきものだ。

まるで格が違う。

ゴブリンであれなら、ドラゴン等を生成出来るようになったとき、強化ドラゴンはどれほど強いんだろうか?

本来、戦闘は数が物を言う。

しかし、アレは数で覆せるものじゃない。

ゴブリンだからまだなんとかなるだろうが、この〈迷宮〉に置いて圧倒的な個は数に勝るという事が証明されたようなものだ。


『〈支配者強化〉……私は強化されたらどれほど強くなるんだろうか?』




……という事が二ヶ月前にあった。

そして、今日。

ようやく〈支配者強化〉に必要なエネルギーが溜まった。

〈迷宮〉の構造変更や、自衛隊への対応でエネルギーを大幅消耗してしまったせいで、先延ばしになっていた〈支配者強化〉

ついに私も一騎当千の個となる!


「ふぅ~…」


緊張感を解す為に、大きく息を吐く。

深呼吸は大切だ、簡単に気持ちを落ち着かせられる。

ある程度緊張感が解れたのを感じると私は〈迷宮の核〉に触れながらソレを実行した。


「〈支配者強化〉」


私がそう言った瞬間、身体の奥底から熱いものが込み上がってくるような感覚が全身を襲った。


力が湧き上がってくる


身体が頑強になるのが分かる


感覚が研ぎ澄まされていく


“魔力”というエネルギーの使い方が分かる


戦闘の極意が頭の中に流れ込んでくる


それと同時に、まるで麻薬でも使ったかのような感覚に包まれた。


「フフフ…フハハ……アハハハハハハハハハハハ!!!」


気分が高揚する!!


何だこの衝動は!!?


壊したい 殺したい 嬲りたい 絶望させたい 血を見たい 肉を見たい 骨を見たい 人が無惨に殺される姿が見たい シモベが蜂の巣にされる姿が見たい 支配者がめちゃくちゃにされる姿が見たい 私が拷問されている姿が見たい 手を差し伸べ、あと一歩と言うところで裏切りたい 信用させた相手が、真実を知って絶望する姿が見たい 街が瓦礫の大地と化し、血の川と腐肉の山が出来ている戦場が見たい 子供が追い回され、結局逃げ切れず舌舐めずりをする大人に捕まる様子を観察したい どれほど痛めつければ人は壊れるのか実験してみたい 血と屍で出来た大地に立って見たい 私が世界を支配し、絶望と怨嗟が木霊する未来を想像すると……


「すごく…ゾクゾクする♡」


私は、その後も狂った様に笑い続けた。

誰も居ない部屋で一人…恐ろしい妄想をしながら狂気的な笑い声を〈迷宮〉に木霊させ。











港区某所 ダンジョン前


立ち入り禁止のテープが貼られ、自衛隊員が見張りをしている。


「ふぁ〜」

「おい、仕事中にそんな大きな欠伸するな」

「へいへい…優しくない先輩は嫌われますよ〜」

「お前なぁ……ん?誰か来た?」


気付かれたか…まあいい。

私は手に持っていたナイフを投げるとすぐに踵を返して逃げる。


「うおっ!?アイツ!ナイフ投げてきやがった!!」

「マジっすか!?待ってコラ犯罪者!!」


フッ…そのまま追い掛けてこい。

すぐに振り切って〈ダンジョン〉の中に入る。

殺して通らないだけマシだと思え。

私は追ってきた自衛隊員を撒くと、すぐに〈ダンジョン〉に乗り込んだ。




「洞窟か…〈ダンジョン〉といえば遺跡か洞窟だし、らしいと言えばらしいな」


私のやって来たダンジョンは洞窟型で、持ってきていた電気ランタンが無ければ真っ暗で何も見えなかっただろう。

まあ、今の私は少しだけ夜目が効くから、最悪無くても大丈夫だったが、たまたまランタンが置いてあるのを見つけたので、借りてきた。

なお、返す気はない。


「さて…〈ダンジョンコア〉は三層下か?」


気配でなんとなく分かる。

これも〈支配者強化〉の恩恵か……まさかと思うが、ソレをするたびにああなる訳じゃないよな?

流石に無いと言ってほしい。

強化するたびにあんなに狂いそうになるなら、話にならない。

〈支配者強化〉じゃなくて、〈支配者狂化〉の間違いじゃないのか?

…もしかして、私が間違えて本当に〈支配者狂化〉を使ってたとか?

帰ったら調べてみよう。


「……出現するモンスターはゴブリンか?後は……私も知らない気配だな」 


私はいつでも刀を抜けるように腰に差しておく。

……ゴブリンでも連れてくるべきだったな。

ランタンを片手で持っていては、十分に刀を使えない。

まあ、ゴブリン程度であれば問題なくたおせるか。

左手にランタンを持ちながら歩いていると、こちらへ向かってくる複数の気配を見つけた。


「速いな……コウモリか?」


騒音で攻撃してくるなら厄介だが……まあ、そうなる前に全て倒してしまえばいい

私は見える範囲までやって来たコウモリを見て、ニヤリと笑う。

それなりに高い位置を飛んでおり、刀は届きそうにない。

だからこそ面白いんだが。


「ちょうどいい、“魔法”の実験台として使うか」


私は、手をかざして魔力を操作する。

〈支配者強化〉で得たものは主に三つ。


・身体能力の強化

・魔力、魔法の習得

・〈迷宮〉に配置可能なシモベ、罠の増加


私自身が強くなったのも嬉しいが、〈迷宮〉の強化が出来るという点では三番目が一番嬉しい。

まあ、それは後で考えるとして……重要なのは魔法を習得したということ。

私もついに魔法を使えるようになった。

そして、肝心の魔法についてだが…


「―――〈炎球〉」


手のひらからサッカーボールほどの大きさの炎の玉が飛び出し、コウモリ…らしきモンスターに直撃、爆破して全滅させた。

これは私が努力の末生み出した魔法。

元がショボすぎるので、ダンジョンに来る前に猛特訓して独自の魔法を編み出した努力の結晶。

初期に習得した魔法は〈灯火〉〈弱風〉〈土団子〉の三つだった。


〈灯火〉

指先に蝋燭の火程度の火を出す。


〈弱風〉

携帯型扇風機程度の風を起こす。


〈土団子〉

地面にある土を丸くする。


……これでどう戦えと?

しかも〈土団子〉、テメーに至っては土が無いとそもそも使えねぇじゃねぇか!

何が魔法だ!

普通に、手でコネたほうが良いに決まってるだろうが。

〈灯火〉もライトがあれば要らないし、そもそもそんなに明るくないし、〈弱風〉は戦闘で使う用途がまるで考えられない。 

何?これは戦闘用の魔法じゃなくて生活用の魔法なの?

……落ち着け……落ち着け私。

そもそも、魔法は私にはまだ早い可能性もある。

……魔法初心者の私が、生活用の魔法を習得しただけで、戦闘用の魔法を一から自力で生み出したのに?


「はぁ……暗い考えは止めよう。こんな所で遊んでないで、早く〈コア〉を回収しなければ」


私は、肉の焼け焦げた臭いのする道を走り、〈コア〉がある部屋を目指した。




一時間後


〈ダンジョン〉最奥の部屋で、人の倍はありそうな大きさのゴブリンをフルボッコにした私は、その死体の上で〈コア〉を弄んでいた。


「支配者の特権不眠不休・飲食不要に感謝だな。まさか、〈ダンジョン〉を一時間で制圧出来るとは」


〈迷宮の核〉と違って、完全球体の〈ダンジョンコア〉を野球ボールのように上に投げてはキャッチして遊ぶ。

既に事切れ、倒れているゴブリンを侮辱するためにその死体の上で守るべきものを弄んでいるのだ。

我ながら性格が悪いと思うが、まあ所詮ゴブリン。

遣えるなら、私のような有能な支配者にするべきだったな。


「さて…確か、――〈占領〉だったか?」


私の知識が正しければ、これで〈ダンジョン〉を支配下におき、一日のエネルギーの総獲得量が増えるはずだ。

すると、私を介して〈迷宮の核〉にエネルギーが注ぎ込まれる感覚が現れた。

そして、逆に〈迷宮の核〉を介して〈ダンジョン〉を操れるようになった。

なるほど…〈ダンジョン〉を支配下に置くと私が〈ダンジョン〉を操れるのか…

早く部屋に戻って改変しない…と?

エネルギーが流れ込んでくるのと同時に、新しい技術も流れ込んできた。

…あと、この〈ダンジョン〉の情報とそれの使い方。


「〈支配領域内転移〉…?」


何やら新しい技術を習得した。


〈支配領域内転移〉

エネルギー、又は魔力を消費して自身の支配下にあるすべての場所に転移することが出来る。


これは…あれなのか?

どこでもdア〜のようなアレ、なのか?

ふ〜ん……支配領域“内”転移って事は、外もあるのか?

いや、それは普通の転移か……

まあ、かなり有能な技術を手に入れたものだ。

これは、思わぬ収穫だな。


「〈支配領域内転移〉」


私は新しく手に入れたコレを、早速使ってみることにした。

転移先は勿論私の部屋。

すると、突然視界が真っ白になり、瞬きほどの時間でいつの間にか私の部屋に戻って来ていた。


「へぇ……これは使えそうだ」


私は予想以上の収穫に思わずほくそ笑んでしまった。

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