第8話

エネルギーを必要量は全て使い、暇を持て余していた私は、テレビで朝のニュースを見ていた。


『続いてのニュースです。昨夜、港区〇〇町のダンジョン前で何者かが警備をしていた自衛隊員へナイフを投げるという事件がありました。犯人は逃走し、今も行方をくらませているとの事です』


ふ〜ん、物騒な事もあるものね。

イッタイ誰ガコンナ事ヲシタンダロウナァー。


『なお、当時警備に当たっていた自衛隊員の証言によれば、逃げるときの速さが尋常じゃ無かった。とても人間とは思えない。…と証言しており、ダンジョンを狙う〈迷宮〉の支配者によるものという推測がなされています』


チッ、意外と鋭いな…

港区にいる支配者は私だけ。

近々自衛隊による大規模な調査が行われる可能性が高い…


「守りを固めておくか……」


私は起き上がってテレビを切ると、予備のエネルギーを使って新しいシモベを用意することした。

あの〈ダンジョン〉を攻略したことで使えるようになったシモベは、


・〈コウモリ〉

・〈オオカミ〉

・〈ビッグスライム〉

・〈アサシンスライム〉

・〈オオモグラ〉

・〈ホブゴブリン〉


の六種類。

私が興味を惹かれるのは、ビッグスライムとアサシンスライムとホブゴブリンだけ。


コウモリ?うるさいだけのゴミ。

戦闘能力皆無。空のラット。


オオカミ?まあ、ペットとしては使えるんじゃない?一応、ゴブリンよりは強いけどコストが高い。


オオモグラ?私の〈迷宮〉、遺跡型だから土ないよ?

穴を掘れないモグラとかゴミ。


というわけで、早速生成。

地面が光り輝き、光の中から三つの影が現れる。

三つの内、二つはかなり大きく、一つはかなり小さい。

そして、光が収まるとその姿が明らかになった。


ビッグスライムは、予想通りデカイだけのスライム。

おそらく、一匹でスライム百匹分はある。

なお、コストは二百とやや高め。

でも、百匹合成したスライムに〈モンスター強化〉を使うとコストが二百を超える。

そして、このスライムはその強化合成スライムと同じくらいの戦力がある。

……正面戦闘の戦力は全部コイツに置き換えよう。


アサシンスライムは、普通のスライムよりも一回り小さい。

しかし、スライムには無い毒を持っており、身体を針のように尖らせて敵に突き刺す攻撃をする。

まさにアサシンだ。

是非とも奇襲部隊に組み込もうじゃないか。


そして、ホブゴブリンだが……


「コイツ…昨日私がフルボッコにしたゴブリンだよな……普通に強いんだけど…」


果たして銃を持った自衛隊に勝てるのか……

一応、〈モンスター強化〉を掛けて特攻させるか?

捨て駒として使うには少しコストが高すぎるが、人間の一人や二人殺せれば十分だ。

まあ、とりあえずホブゴブリンは保留。

戦力として採用するのはビッグスライムだな。

一応、アサシンスライムも奇襲部隊のアタッカーとして頑張ってもらおう。


「さて、次は罠の設置か…」


今私が設置している罠は、一階層に五個までという制限により、〈落とし穴〉三、〈催涙ガス〉ニでやっている。

これは何処の階層でも同じ。

そして、新しく追加された罠は、


・〈落石〉

・〈滝〉


の二つ。


落石は、その名の通り上から石を落とす。

普通に強力で、場合によっては人を殺せる力がある。


一方滝は、上から水をかけるだけの罠。

特に殺傷能力があるわけではないから、絶対に設置しない。


〈落とし穴〉の代わりに〈落石〉を設置するのはアリだ。

自衛隊は複数人で隊を作って行動する。

そのせいで、『〈落とし穴〉に落ちて足を怪我した。誰も助けに来てくれないし、足を怪我してるせいで自力で脱出も出来ない』、という状況を作りづらいのだ。

本来それが正しい使い方なんだが、当然自衛隊側もそうならないように対策を練っている。

なら、無難に直接殺傷能力が高い〈落石〉へと置き換えるのもアリだ。


「問題はコストか……」


罠の設置も大切だが、階層の拡張、増築。

新しいシモベの配置、シモベの強化。

更には、シモベに食べさせるもののコストも考えなくてはならない。

罠は必ずしも発動するわけではない以上、コストを割きすぎるのは良くない。

確実に通るであろう場合のみ置き換えて、他はそのままだな。

しかし、まさかこんな誤算があるとは…


「一日のエネルギー総獲得量がたった五百しか増えないとは……また別の〈ダンジョン〉を制圧して、エネルギー総獲得量を増やさなければ」


とりあえず、当面は自衛隊の襲撃に備えて戦力を整える事に集中しておこう。

〈迷宮〉は守りを固めて、私が一人で〈ダンジョン〉を制圧しに行く。

時が進むに連れて〈迷宮〉も〈ダンジョン〉も人間も強くなっていく。

『善は急げ』

破竹の勢いで勢力を拡大し、そのまま常に進み続ける。

それが新参者が生き残る術だ。


「さて…もう少し筋トレしたら次の〈ダンジョン〉を制圧しに行くか」


私はボディービルダー並の筋トレをしてから、次の〈ダンジョン〉へ向かった。





「都内に存在する〈ダンジョン〉は十四。〈迷宮〉が十一。そして、暫定〈ダンジョン〉…もとい、私の〈迷宮〉が一。東京都には〈迷宮〉が十二、〈ダンジョン〉が十四もあるのか……かなり多いな」


インターネットで検索した情報によれば、東京都は日本で二番目に〈迷宮〉〈ダンジョン〉が多いらしい。

ちなみに一番は北海道で、分かっているだけで〈迷宮〉三十六、〈ダンジョン〉五十四、不明二十一と圧倒的だ。

そのせいで、ネットでは『北の魔境』と呼ばれていたりする。 

行く行くは北海道も完全制圧し、私のものにしたいな……まあ、北海道に何か思い出があるのかと言われれば、何も無いが。


「…ん?」


適当にSNSを漁っていると、自衛隊の公式アカウントが何か言っているのを見つけた。


『港区に存在する暫定〈ダンジョン〉を、暫定〈迷宮〉へ移行します。また、昨夜の自衛隊員襲撃事件の犯人は暫定〈迷宮〉の支配者と断定し、近日中に調査を行いますので、ご理解、ご協力をよろしくお願いいたします』


……なるほど。

私の予想は正しかったな。

自衛隊は暫定〈ダンジョン〉は〈迷宮〉であり、昨日の事件の犯人が私であるという事を突き止めていたか。

今回のこれは、その考えが正しいかどうかを確かめる為の調査という訳だ。

となると、もう隠す必要は無さそうだな。


「〈衣服作成〉」


私はエネルギーを消費して物を作る〈作成〉系の一種、〈衣服作成〉を使ってパーカーを作る。

そして、フードを被って顔を隠すと、刀を持って〈支配領域内転移〉を使い〈迷宮〉の入り口へ来る。


「さて…〈ダンジョン〉攻略を再開するか」


出来るだけ人目につかないように注意しつつ、目星をつけていた〈ダンジョン〉へ向う。

その〈ダンジョン〉は、体長がおよそ二メートルはあるであろう角の生えた人型の生物……おそらく〈オーガ〉が存在する。

〈オーガ〉の強さは絶大で、銃で撃たれてもなかなか死なず、多くの犠牲を出したそうだ。

おそらくコストは高いだろうが、配置すればかなりの戦力になる事間違いなし。

どうせなら主力部隊として運用するべきだろう。

そして、途中で自転車を盗っ――無断で借りると、それに乗って〈ダンジョン〉へ向う。

一応、人間らしい速度で運転しながら走っていると、ものの三十分ほどで〈ダンジョン〉についた。


「見張りは四人……天然の監視カメラ通行人が多数…まあ、問題ないか」


私はポケットから発煙弾を取り出すと、裾に隠しつつ〈ダンジョン〉へ近付く。


「ん?アンタ、〈ダンジョン〉が気になるのか?」


私に気付いた自衛隊員が声を掛けてきた。


「ええ。ニュースやネットではよく見かけるんですけど、実物を見てみたくて」

「そうか。そこのテープよりも内側に入らないならいくらでも見てくれ……ところで、その手に持ってるのはなんだ?」


手に持ってるもの……刀のほうか。


「これですか?……そこの〈ダンジョン〉を制圧する時の武器ですよ」

「は?…――っ!?」


私は左手に隠し持っていた発煙弾を地面に投げつけて辺りを煙で満たす。


「うわぁぁぁぁ!?」

「なんだ!?爆破したぞ!?」

「こ、こんなに煙が…発煙弾か!?」


通行人や自衛隊員が、突然大量の煙が現れた事に驚いている。

その混乱に乗じて私は〈ダンジョン〉の中に飛び込んだ。


「待て!待つんだ!!」


後ろから私を呼び止める声が聞こえてきたが、聞かなかった事にした。

追いかけて来られる前に出来るだけ奥まで潜る。

確か、ここのダンジョンは入り口が洞窟になっていて、洞窟を抜けた先には森が広がっているらしい。

そして、その広大な森の中から二階層へ繋がる道を見つけなければならない。

それが一番苦労するだろう。


「まあ、適当にオーガを狩りつつ探すか。……気長には出来ないが」


近日中がいつなのか分からない以上、出来るだけ早く見つけなければならない。

私は若干の焦りを感じながら洞窟を抜けた。






三時間後


「ようやく見つけたぞ…二階層への道」


道を見つけるのに三時間も掛かってしまった。

前回は〈コア〉に到達するまでに一時間程度しか掛かっていない事を考えると、いかに森林が厄介なのか分かる。

とはいえ、見つかって良かった。


「まさかこの村が二階層への道だったとは……八つ当たりで皆殺しにして良かった」


なかなか道が見つからない事に苛立ちを覚えた私は、たまたま見つけたオーガの村を襲撃した。

オーガはその村で普通に生活していたので、老若男女様々なオーガがいた。

しかし、それら全てを殺した。

なぜかって?邪魔だったからだよ。

もしかしたら何か手掛かりが掴めるかもと村に近付いて見れば、問答無用で襲われた。

だから、尖兵を皆殺しにして村の中に入り、老若男女問わず全て殺した。

私の邪魔をする奴は皆敵だ。

敵は殺しても構わない。

もし殺しが出来ないのなら、私の邪魔にならないようにあの手この手で排除するだけ。

それが私のやり方だ。


「さて……この感じだと、二階層に〈コア〉があるのか。しかも、入り口からかなり近くに」


二階層へ下りてみると、どうして〈コア〉が近くにあるのかという理由が分かった。


「なるほど…二階層――と言うよりはボス部屋だな」


二階層へ降りたすぐそこにかがり火の置かれた木の門があり、その奥から〈コア〉と生物の気配がする。

しかも、相手はかなり強い。

私は呼吸を整えると、その木の門に触れる。

すると、木の門は私が押さずともひとりでに開き、私を中へ案内した。


「人?…いや、角がある」


ボス部屋に鎮座するこの〈ダンジョン〉の守護者は、角の生えた人間というような見た目をしていた。

性別は見た目判断でメス……女と言った方がいいか…

そして、〈支配者強化〉をした私と同等の力を感じる。

オーガ…とはまた違う力。

……〈鬼〉と言うべきか?

しかし、見た目があまりにも人間に似ている。


「…混血?」


私がそう口にした瞬間、目の前の鬼は殺気を向けて来た。

…図星なのか?

反応から見るに、おそらく人と鬼の混血か。

〈鬼人〉と言うやつだな…

…うん?

そう言えば、この鬼人は私の言葉に反応していた…私の言葉が分かるのか?


「お前…私の喋っている言葉が分かるのか?」

「……分かったら悪いのか」


驚いた。

まさか、〈ダンジョン〉に出現する存在が、ここまで流暢に日本語を喋るとは…


「いや、何も悪くはない。ただ驚いただけだ」

「そうか……それで?お前は何だ?」


お前は何、か…


「そうだな…強いて言うなら…魔王かな?」

「魔王?どう見ても人間にしか見えんが…魔力の性質的にあり得ない話でもないか」


ふ〜ん

人外が見ても、私が魔王というのは納得出来るのか。

これは、本格的に魔王を名乗れるな。


「で、魔王がここに何のようだ。まさか、あの宝玉を奪いに来た訳じゃないだろうな?」

「奪う…訳では無いな。支配するという方が正しい」


すると、彼女の殺気がまた一段と強くなり、私を睨みつけてくる。

これは、戦闘は避けられそうにないな。


「そうか。だったら今すぐ帰るべきだな。私に殺されたくなければ」

「フッ、生憎こんな所で死ぬ気はない。そして、お前に殺される事もない。もし立ちはだかるというのなら、力ずくで支配するまで。で?お前は私の敵か?」


私がそう聞くと、彼女はこちらへ向かって走ってきた。

すぐに抜刀の構えを取り、いつでも迎え撃てるようにする。

あっという間に距離が詰められ、刀の制空圏に入ってくる。

しかし、私は刀を抜かなかった。


「…やはりフェイントか。抜かなくて良かった」

「目が良いようだな。小細工は効かなそうだ」


そう言って、彼女は私の顎めがけて強烈な蹴りを放ってくる。

私はソレを皮一枚で躱し、刀を抜く。

しかし、私の居合斬りは蹴り上げられた脚を、それ以上の速度で振り下ろす事によって止められた。

…いや、刀を破壊された。


「随分と質の悪い鈍らを使っているようだな。魔王ならもっといい武器があるだろう?」

「武器なんて所詮消耗品。それに…私は剣よりも格闘戦のほうが得意なの」


折れた刀を投げ捨てると、肩の力を抜いて首を回す。

全身を伸ばして関節を鳴らすと、私は明確な敵意を持って彼女を睨みつける。


「そう言えば、貴女名前は?」


この鬼人の名前をまだ聞いていなかった。

鬼の名前…一体どんなものなんだろうか?


「…私のような下民に名は無い」

「〈名無し〉か……鬼の格差社会はそこまで酷いものなのか?」

「ああ。私のような紛い物に名前がある方がおかしいのだ。…紛い物が名を持っているとすれば、それはよほど力のある鬼の子供なんだろうな」


混血には名前すら与えられない。

鬼との混血であり、おそらく大人になっているであろう彼女でさえ私と同じ程度の身長しか無いのだ。

きっと、苦しい暮らしを送ってきたんだろう。


「そうか……」

「私に名はないが、お前はどうなんだ?」


意外と気にしていない?

…彼女にとってはそれが“普通”なのか。


「私の名前は『柳沢小町』……いや、真名を言った方がいいか」

「―?それは偽名なのか?」

「いや?これも私の名前だ。しかし、これは私が養子になってから与えられた名前。生まれた時に本当の両親から貰った名がある」


私は養子だ。

あの家族からすれば、目の前の鬼人のように紛い物だった。

だからこそ、私はこの名前が好きじゃない。

……いっその事、本来の名前を名乗るか。

私の名前を聞けば、日本人なら誰でも一度は首を傾げるだろうな。


「私が本当の両親から貰った名は『織田信恵おだのぶえ』。かつての覇王の末裔だ」



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る