第9話

「かつての…覇王?」


彼女は首を傾げながらそう聞いてきた。


「ああ。…覇王と呼ぶには一歩届かなかったと言えるが」

「…?」

「天下統一が目前となった時、家臣に裏切られ亡くなった。しかし、その知名度は数百年経った今でも、誰もが知る存在。私はその末裔だ」


視線にある感情に、微かな困惑が見られる。

……一応、真実は話すべきだな。


「あー…末裔と言ったが、正確には“落とし子”の末裔だな」

「なんだ……本家の者ではないのか」


そう……私は本家の人間じゃない。

たまたま信長に目を付けられた女性の末裔だ。

しかも、私の先祖は一時非人として扱われていたらしい。

そのせいで、私は同和問題に悩まされた事もあった。

確かに同和問題は解決に向かっている。

今では正しい知識を持つ者が増え、大人になってからは家族以外からそういった差別を受けたことがない。

だが、子供の頃は酷かった。


「…なぜ悲しそうな顔をしているのだ?」

「…?そんな風に見えるような表情だったつもりはないんだが…まあいい」


過去を悔いてウジウジするなど私らしくない。

それに、私を馬鹿にしてきた奴は沢山見てきたが、そのどれよりも私は優秀だ。

能が無い故に、自分よりも低い立場(勝手な思い込み)の人間をいじめる事でしか自分に価値を見い出せない愚か者と比べてどうする。

私は誰よりも優秀な天才だぞ?

差別するような奴など所詮無能。


「今となってはこの特殊な血筋なんてまるで役に立たない。気にしなくていい」

「そ、そうか……私の質問には答えてくれないのだな……」


何かボソボソと言っていたが、聞かなかった事にした。

私が魔力を操って戦う準備を始めると、彼女も構え始めた。

格闘戦は得意……いや、格闘技の類は私の十八番。

多少の力の差はあれど、おそらく負けることはない。おそらく。


「来い」


私がそう手招きすると、彼女は愚直にも真っ直ぐ突っ込んできた。


「ハアッ!」


スピードの乗った拳が飛んでくるが、私はソレを簡単に躱す。

そして、カウンターとして鳩尾に最低限の威力を持った拳を放つと……


「ぐはっ!?」


走って来ていた時の速度も相まって、受けるダメージが増加した拳が彼女の鳩尾に突き刺さる。

かなり苦しそうにしているが、気合で距離を取った彼女は蹴りを飛ばしてくるが、それも当たらない。


「まだまだッ!!」


怒涛の連撃で私に攻撃を当てようとしてくるが、私には当たらない。

避けられるものは躱し、出来ないようであれば受け流す。

全て私の強化された動体視力の壁は超えられない。


「なるほどな…〈名無し〉である理由がなんとなく分かった。お前は混血であると同時に、動きが分かりやすい。ハッキリ言って、才能もセンスも無い」

「――ッ!!黙れッ!!」


怒りに任せて拳を振るっても私には当たらない。

全て見えている。

そして、


「なんとなくお前の動きは読めた。とりあえず、ここなら強烈な一撃を入れられそうだ」

「がっ!?」


見た目とは裏腹に相当な破壊力を秘めたパンチが、彼女の喉に突き刺さる。


「ヒュ――、ヒュ――」


突然凄まじい威力を持った拳が喉に当たれば、呼吸困難にもなるだろう。

フラフラとした足取りで私から距離を取ると、その狂ってしまった呼吸を整えながら私のことを睨む。


「さて、もう少し痛めつけてもいいが…まあこんなものだろう。私はこれからこの〈ダンジョン〉を支配する。そして、お前にはここの守護者を続投してほしいと思っているんだが……どう思う?」


私がそう問いかけると、彼女の目に迷いが見えた。

これは落とせるかも知れないな。


「私に服従しろというのか…」

「ああ。そうすれば毎日食事を用意するし、名前もくれてやる。あと、実力を底上げするために力もやろう。かなりの好待遇だと思うが…どうする?」


少し考えている彼女を見て、少し期待したが迷いが消えたことで私の期待も消えた。


「私を服従させたいなら力を示せ。力ずくで奪い取り、それから支配すればいいだろう」


最もな意見だ。

戦況は圧倒的に私有利。

このまま無理矢理支配したほうが無駄な出費がなくて済む。


「……それをすると、先の好待遇は約束しないぞ?」


一応そう聞いてみるが、決意は硬いようだ。

さっきとは違い、一切の迷いが見受けられない。


「構わないさ。苦しい生活には慣れている。さあ、私から力ずくで奪ってみせろ!!」


……本当、コイツは学習しないな。

彼女はまたしても一直線に突っ込んできた。

それではさっきの二の舞いだぞ?

何か策があるのか?

すると、彼女は私の制空圏ギリギリで止まった。

そして、足元に落ちていた刀の破片を拾って投げつけてくる。


「それがお前の策か?」


私は投げられた破片をまるで躱そうとはせず、じーっと様子を確認することで彼女の拳を回避した。

刀の破片はそもそも私に当たる軌道はしておらず、私の視線を逸らす事である種の目眩ましとして利用していたわけだ。

まあ、私は破片が当たらない事にいち早く気付いて無視してしまった訳だが…


「くっ…」


最後の手段とも言える攻撃を難なく躱され、悔しそうに顔を歪めた彼女は、その場に座り込んだ。

『私の負け』

そう言いたいのか…ただ単に諦めたのか。

どちらにせよ抵抗の意志は見られない。

なら、〈コア〉を回収しよう。

私が〈コア〉に向かって歩きだし、彼女の横を通った時、


「一つ…聞いてもいい?」


何やら質問を投げかけられた。


「別にいいわよ」

「ありがとう……」


私は許可を出したが、言いにくい事なのかしばらく沈黙が続く。


「……………私は……弱い?」

「弱い」


何とか勇気を振り絞って言ったのであろう質問に淡々と返す。

……何故落ち込む? 


「………才能も無い?」

「無い」


先程と比べて大きくなった声でされた質問にも淡々と答える。

相変わらず悲しそうだが、何故か元気を取り戻しかけていた。


「私が貴女に勝つ可能性はある?」 

「…理論上はある。実際は別だが」


『机上の空論』

確率論で言えば彼女が私に勝つ可能性はゼロじゃない。

だが、実際は違う。

理論上の可能性よりも低い。


「そう……やっぱり、努力は無駄なのね」


……はぁ

またそれか…


「…貴女がそう思うならそうなんじゃない?」


私は彼女に興味を失い、それ以上何か話すこともなくと〈コア〉に触れる。


「〈占領〉」


〈コア〉から私を介して〈迷宮の核〉へエネルギーが注がれ、〈迷宮の核〉を介して〈コア〉を操れるようになった。


「〈モンスター強化〉……ん?」


彼女を強くしようと〈モンスター強化〉を使ってみたが、効果がない。

……〈モンスター〉ではない?


「私は鬼だぞ?モンスターと一緒にするな」

「…なるほど。―――これか?〈亜人強化〉」


すると、今度は効果が現れ彼女を強化する。

なるほど…〈鬼〉や〈鬼人〉は〈モンスター〉ではなく〈亜人〉に分類されるのか…


「力が湧き上がってくる……気分も高揚する……ありがとう、私にこんな力をくれて!」


…もしかして、〈強化〉を使用すると、セットで〈狂化〉が付いてくるのか?

いらな過ぎる追加オプションだな…


「……あー、一応名前もあげよう。…そうだな――魅香ミカなんてどうだ?」


特に深い意味はないが、鬼という事で少しだけ文字を捻ってみた。

魅香の『魅』は『魑魅魍魎ちみもうりょう』の『魅』だ。


「魅香……畏まりました。この魅香、全力で織田様に遣えさせて頂きます」

「そうか…では命令だ、ここを守れ。しかし、命の危険を感じれば逃げてくれて結構。貴重な戦力を無駄に削ぐわけにはいかない」


…〈占領〉をすると、その〈ダンジョン〉に住んでいた者に好感を持たれるオプションでも付いてるのか?

やたらと畏まってるな…

まあ、私を妄信的に信じ続ける存在など使いやすい駒でしか無い以上、都合が良いんだが。


「さて、私は〈迷宮〉に戻るが、もしかしたらお前を戦力補充のため〈迷宮〉へ呼ぶことになるかも知れないが、その時は頼むぞ?」

「畏まりました」


う〜ん、こうも畏まった挙げ句、膝をつかれると何故かムズムズする。

…あれか?さっきまで敵意剥き出しだったから急に従順になられるとギャップが凄いとか?

……まあいいか。


「では頼んだぞ〈支配領域内転移〉―――ふぅ…帰ってきた」


私は自分の部屋に戻ってくると、〈迷宮の核〉へ直行する。

〈コア〉を手に入れた事で獲得したエネルギーを使って、ここの内装を変えたかったからだ。

流石に何も無い殺風景な部屋では、侵入者を迎え撃つにはカッコよくない。

それこそ、魔王城のような場所にしたい。

さて、どんな内装にするか……


「…そうだ。安土城とか良いんじゃない?」


私はネットで安土城の内装を調べると、私の部屋がある五階層全体を和風の城のように変える。

……コストは馬鹿にならなかったが。

その分、特殊な罠を設置出来るようになり、設置出来ない罠も現れた。

例えば〈落石〉

流石に城内に石は落とせないという事で、〈落石〉は使えない。

その代わり、〈吹き矢〉や〈毒吹き矢〉が設置できる。

しかも、最大設置量は驚異の十。

確かに城の中には沢山罠がありそうなイメージはあるが、これでは忍者屋敷ではなかろうか?

それに、〈吹き矢〉が自衛隊の装備を貫通出来るのか?

色々と心配はあるが、見た目は良くなった。 

後は〈オーガ〉を配置すれば完成。


「フフフ…何処からでも掛かってこい、国家権力の犬共」


……闇討ちはするなよ?










一週間後


「動いたか…」


私は〈迷宮の核〉を通じてテレビを見る事で自衛隊の動きを把握していた。

ご丁寧にライブ放送で、自衛隊の侵入に同行するらしい。

モンスターを殺す事になる為『不適切だ!』と騒ぐ声も多いが、〈ダンジョン〉や〈迷宮〉の攻略を見たい人が大半であり、ネットで騒ごうものならあっという間に炎上して封殺される。

前に流れていたニュースで、『子供が見ているかもしれないのに、そんな放送をするのは良くない』と主張した男性がネットで叩かれまくり、ノイローゼになったそうだ。

……げに恐ろしきは化け物に非ず。

やっぱり人間の方がよっぽど恐ろしいね。


「……ここまで大々的に動員するなら、ゴブリンやオーガは相性が悪そうだな……奇襲に回すか」


私は自衛隊の襲撃に備え、最終準備を進めていた。







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