第10話

『さて、いよいよ〈迷宮〉の中へ入ります。この〈迷宮〉の支配者は敵対的で、攻撃してくる可能性が高いそうですので、我々も防護服を着ております。現在、第二班が突入してから三十分が経過しております。今のところ支配者からの応答はなく、これから第三班が合流して〈迷宮〉の探索を行います。では、突入前に最後のお話をしておきたいと思いま―――』


私はテレビを切って、ネットの様子を見る。

初の〈迷宮〉攻略の映像公開を楽しみにしている声が多く、早く入れという声がかなり見られるようになって来た。


「魅香を呼ぶか……いや、そこまでする必要はないな。本気で攻撃すれば魅香の力を借りずとも勝てる」


そうこうしているうちに、第三班が〈迷宮〉に入ってきた。

テレビをつけ直し、ライブ放送を聞きながら俯瞰視点から自衛隊の攻略を観測する。


「さて…どこまで来れるかな?」












人間視点


『こちら第一班。石が落ちてくるトラップで重傷者が出た。隊員の命を優先して一時撤退する』


無線から重傷者が出たという報告がされる。

〈迷宮〉で石を落とすトラップが見つかったのはこれが初めてだ。


「大丈夫でしょうか?」

「おそらく大丈夫です。それよりも、我々もそのトラップを踏まないように警戒するべきですね」

「そうですね……今のところモンスターは出てきていませんが、もしここが〈迷宮〉なら、支配者がモンスターに私達を襲わないように言っているのでしょうか?」

「……報告によれば、ここの支配者は奇襲を使う可能性があるそうです。最初に派遣された調査部隊が奇襲攻撃によって死傷者を出したそうなので」


死傷者が出たという言葉に、リポーターの女性が息を呑む。

この〈迷宮〉の支配者は、人を殺した事がある。

一度人殺しを経験すれば、二度目もあるかも知れない。

そういった恐怖からリポーターやカメラマンは冷や汗を流していた。

そんな状況を改善しようと、自衛官の一人が元気な声で話し始めた。


「実は、この〈迷宮〉は勝手に入る人が多いんですよね」

「え?それ、言って大丈夫なんですか?」

「あー…あんまり良くないですけど、知っておいて欲しいので……コホン!ここって、宝箱があるらしいんですよ。“あの”宝箱が!」


楽しげに話す自衛官。

なんともテレビが好きそうな話に、リポーターが食いつく。


「その宝箱には何が入ってるんですか?」

「えっと…確か、剣とか盾とか、あと、謎の液体が入った瓶ですね。謎の液体って多分ポーションだと思いますけど」

「ポーションですか……ファンタジー感ありますね〜」


話題が変わった事で少し空気が軽くなった。

そこに、無線が入ってきた。


『こちら第一班!宝箱を発見しました!』


その声はとても明るく、希望に満ち溢れていた。

宝箱からポーションが出てくるかもしれないと思っているんだろう。

すると、別の声が無線から聞こえてくる。


『おい!ポーションだ!ポーションが入ってるぞ!!これで小木をを助けられる!』


どうやら本当にポーションが入っていたらしい。

小木というのは、おそらく負傷した自衛官の事だろう。

無線越しに喜びが伝わってきた。

……しかし、


『ん?うわぁぁぁぁ!!!』

『どうし――』

『木村!?き、木村ぁぁぁ!!』

『ば、化け物ぉぉぉ!!』


次に聞こえてきたものは小木さんを助けたことの喜びではなく、悲鳴だった。

何かに襲われたようだ。


「おい!大丈夫か!?応答しろ!」


班長がそう無線に問いかけると、逃げ出したと思われる隊員と繋がった。


『ハァ…ハァ…化け物だ……角の生えた巨人がいる』

「角の生えた巨人?…そいつの身長は三メートルくらいか?」

『…あぁ…多分、それくらいだ。体中の筋肉が盛り上がっていて、人を簡単に潰しやがった…あんな化け物が居るなんて聞いてないぞ』


班長は顎に手を当てて何かを考えたあと、その怪物がなにか説明する。


「そいつはおそらく〈オーガ〉だ。普通、〈迷宮〉には現れない存在なんだが…」

『……ここの支配者は〈鬼の森〉を支配してただろ?そこから連れてきやがったんだ……すいません、少しだけ冷静になりました』

「そうか、それは良かった。そちらの状況は?」


班長がそう聞くと、しばらくの沈黙のあと、隊員が状況を知らせてくる。


『状況は…近くには誰もいません。幸い何処にも怪我はなく、装備の状態も良好です。……ただ、ここが何処なのか』

「…下手に動くのは危険かも知れないな。誰かと合流するまではその場でじっとしておいた方がいいだろう。ただ、オーガが現れないとも限らない。その時は逃げてくれ」

『分かりました。――ッ!?』


無線から声にならない叫び声のような何かが聞こえたあと、ものが落ちる音がした。


「何があった!?応答しろ!」


班長は無線機に向かって叫ぶが応答はない。

その後も班長は無線機を握り続けたが、返事が来ることは無かった。









「まずは一つ」


私は、壊滅した第一班の残党を狩るようにゴブリン達に命令すると、次の標的に狙いを定める。

次は第二班。

テレビを介して全国報道してもらうためにも、第三班をすぐに殺すのは良くない。

第三班を殺るのは最後だ。


「―ん?へぇ…二階層への階段を見つけたか……運が良いな」


第三班がもう二階層への階段を見つけた。

私の〈迷宮〉は階層ごとに趣向を変えている。

エネルギーが十分にない現状では、五階層ほどの改造は出来なかったものの、配置するシモベの種類や、見た目を少し変える事で少しずつ変えている。


「二階層は、最初に制圧したダンジョンを元にした作り。コウモリとオオカミとオオモグラが出てくる真っ暗な階層になっているけど……どこまで行けるかな?」


本当なら洞窟にしたかったがエネルギーの問題で一部洞窟にして、他は元の遺跡、迷宮型の見た目のままだ。

…真っ暗な事を除けばね。


「階層全体を暗くするのはコストがかなり掛かった。出来れば暗闇に苦しんでほしいけど……」


じゃないとせっかく大量のエネルギーを消費してまで設置した〈暗闇・全域〉の意味がない。

頼む!少しは苦戦してくれ!!


「コウモリ隊、行け」


百匹以上のコウモリからなるコウモリ隊第一波。

超音波で自分や味方、相手や壁の位置を理解できるコウモリと。

視覚に頼り切っている人間。

さて、どんなバトルが見られるのやら。











人間視点


「ここは…」

「二階層のはずだが…二階層が真っ暗なんて聞いたことがない」

「支配者は階層の状態を自在に変えられるんだろ?この暗闇もそうやって変えたんだよ。俺達自衛隊を迎え撃つためにな」


先程とは打って変わって、一寸先も見えないほどの暗闇に、困惑する第三班。


「支配者は無作為に選ばれた元日本人なのに、自衛隊を拒むのか?」

「拒むんじゃね?世界にはいろんなやつが居る。まともな奴、話の通じない奴、穏便な奴、過激な奴、めっちゃ頭のいい奴、めっちゃ頭の悪い奴、俺達の存在に文句を言ってくる奴とか。そういう、普通とは一線を画す奴が支配者になっていても不思議じゃぇだろ?」


ノリの軽い自衛官の言葉に誰もが寝耳に水といった表情をする中、一人別の事を考えているものが居た。


「……大國が珍しくまともな事言ってる」

「それ今言わなくてもいいだろ…」


彼の同期で、よく話している自衛官だ。

口調から分かるように、やはり彼は普段からこんな感じのようだ。


「とにかく、この暗闇では視界が絶望的に悪い。固まって行動するぞ」

「「「「はっ!」」」」


班長の指示で固まって行動する事になった矢先、


「ん?うわぁぁぁぁ!?」

「くそっ!なんだコイツら!?」

「コウモリだ!コウモリの群れだ!!」


突然コウモリの群れに強襲され、混乱状態になる第三班。

がむしゃらにナイフを振り回してコウモリを倒す者や、わけも分からず銃を乱射するもの。

逃げ出そうとするも、暗闇で足を取られる者。

必死に取材班を守り、傷だらけになるもの。

予想外の襲撃によって自衛隊は統率を失った。

もちろん班長は指示を出していたものの、混乱状態ではそんな言葉は聞き取ることが出来なかった。


数分後、コウモリ達が姿をくらます事で何とか平静が戻って来た。


「全員いるか?」


班長が点呼を取る横でリポーターがカメラに向かって話し始める。


「えー、どうやらコウモリ達は去っていったようです。何故か、我々は傷一つありませんが、自衛隊の方々はかなり襲われたようです」


取材班は信恵の指示により攻撃しないようにと言われている。

そのために、コウモリに襲われる事は無かった。


「ただ、獣臭と血の臭いが混じって酷い臭いです。仕事の関係上鶏舎や牛舎に行くことが何度かありましたが、その比じゃないくらい臭いです」


ライトに照らされながら、顔を顰めて臭いに対する不満を垂れ流すリポーター。

この階層には獣しか住んでいないため、獣臭がキツく、空気の流れも悪いので臭いが残る。

それもこの階層が臭い理由になっているだろう。


「今回は何とかなったようですが、これから先に進むとなるとまた襲われる可能性があると考えると、とても恐ろしいです」

「そうだな。引き返すなら今のうちだぞ?なにせ一階層への階段がすぐそこにあるんだからな」


点呼を終えた自衛官…大國という名の男性がそう冗談めかして言ってきた。


「この殺意の高い〈迷宮〉から我々だけで脱出しろって言うんですか?」

「できるだろ?だって、さっきの襲撃の時もまるで襲われてない。きっと、民間人には手を出すなって命令されてるんだろうよ」


実際、大國の言う通りで、全てのシモベが信恵から民間人に手を出してはいけないという指示を受けている。

そのため、罠に引っかかる事さえ無ければ、調査隊の中では取材班が一番信恵の部屋に到達しやすい。


「私はマイクだけでも持って付いて行きますよ。民間人が襲われないなら、罠さえ警戒していれば安全でしょうし」

「まあ…安全といえば安全だな」


リポーターは取材を続ける事にしたようだ。

カメラマンとマネージャーが付いてくるかどうかは関係ないといった態度でそう言っている。

それどころか、眼中にないといったようにも見える。


「私は例えオーガの群れが現れてもリポートを続けますよ。せめて音声だけでもお茶の間にお届けします」

「…凄いマスコミ魂だな」


大國に若干引かれながらも、彼女はリポートを続行した。

その様子に感心した信恵の粋な計らいによって、その後コウモリによる襲撃はなく。

唸り声を上げて近付くオオカミしか出てこなかった。

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