第11話
三階層
ここは予算の都合上あまり手を加えられなかった場所だ。
本当ならもっと沢山のシモベを配置したかったが……まあ、スライムだけでもいいだろう。
なにせ、余ったエネルギーをスライムの生産に回していた結果、自己繁殖した数も合わせてとんでもない事になっている。
もはや多すぎて数えられない。
しかし、そんな時に役に立つのが〈迷宮〉の謎技術。
シモベの数を把握できる謎のシステムによってさっき確認したところ、
・スライム 8632匹
驚異の8000オーバー。
確かに一日に三百匹以上生産したこともあったから、自己増殖を含めるとそれくらいはいっていてもおかしくない。
しかし、スライムの総数はもっと多い。
〈スライム合成〉によって合成された大量のスライムが存在するからだ。
私の作った最大スライムは2048匹合成。
しかし、流石にそれでは使い勝手は悪いので、四分割して運用している。
「一匹だけ送るか…」
私は四分割したスライムのうちの一匹を三階層へ向かわせた。
倒されるとは思えないが、一応死なないように命じておく。
念のためは身のためだ。
同時に五百匹のスライムを失うと考えると、この合成スライムには死んでほしくない。
それに、死なせたくないシモベもいる。
「おいでクロ、メタル」
私がそう声をかけると、後ろから真っ黒なオオカミと、その上に乗る灰色のスライムが現れた。
この真っ黒なオオカミが『クロ』
灰色のスライムが『メタル』
〈シモベ生成〉で低確率で生まれてくる特殊個体。
オオカミの特殊個体である〈シャドウウルフ〉と、スライムの特殊個体である〈メタルスライム〉だ。
〈シャドウウルフ〉は普通のオオカミよりも遥かに身体能力、保有魔力、知能、能力、全てにおいて勝っており、影を操る特殊能力を持っている。
〈メタルスライム〉はとんでもなく堅く、並大抵攻撃は一切通じない。
それどころか、本来スライムが弱いはずの熱や魔法にも強く、スライムらしく変幻自在に身体の形状を変え、時には形を固定して鋼鉄並みに堅くなったりする。
そんな特殊個体故に名前を与え、強化もした上で訓練をしている。
…それ以上に、この二匹は私のアニマルセラピーとして役に立ってくれており、よく液化状態のメタルを枕にして、クロを抱きながら寝ている。
まるでペットのように可愛がっているのだ。
「クロ、ササミジャーキー食べる?」
「わふっ!」
「ふふ、いい子ね」
私がササミジャーキーを差し出すと、クロは嬉しそうに咥えて持っていった。
一日一回、オヤツとしてササミジャーキーを上げている。
これは、近くのスーパーにあったものを頂いてきたものだ。
……決して盗んだ訳では無い。
客も店員も居ないスーパーから、腐る前に貰ってきただけだ。
ん?それは犯罪だって?
バレなければどうという事はないのよ。
「メタル、あなたには近くの学校から貰ってきた砂鉄をあげる。ゆっくり食べなさい」
そう言って皿の上に砂鉄を盛り、メタルの頭の上に置くと、器用にバランスを取りながら私の横に置いて食べ始めた。
メタルは金属を好んで食べる。
身体を構成する金属を得るために、よく砂鉄を食べている。
メタルが殺されたら、その場に大量の金属が残りそうだ。
「おっと、そろそろ第三班が三階層に着くね……コウモリ隊、連中を三階層へ追いやれ」
コウモリ隊に三階層へ自衛隊を追いやるように命令して、自衛隊が慌てふためく様子を楽しみにすることにした。
◆
人間視点
「ん?…おい!あれ三階層への階段じゃないか?」
自衛官の一人が横を三階層への階段を見つけ、大きな声で報告する。
声のする方を振り向けば、そっちに階段があるから何処にあるか簡単に分かるという考えだ。
「あれは……下へ降りる階段だな。よし、一度休け――不味い!全員走れ!」
班長が何かを感じ取り、走り出す。
隊員や取材班は何のことか分からないようだったが、班長に続いて走った。
そして、その理由を理解するまでそう時間は掛からなかった。
「コウモリ!?ヤバイ!逃げろ!!」
一番後ろにいた隊員が叫ぶ。
またコウモリがやって来たのだ。
三階層へ来たばかりのときに襲われたトラウマから、全員が階段へ向かって走る。
後ろにいた何人かは襲われたが、すぐ近くに階段があったことで特に怪我をする事なく三階層へ逃げることが出来た。
「ふぅ…全員居るな?三階層は……今のところ何の変哲もない〈迷宮〉だな」
班長が三階層を見た感想を述べる。
しかし、それに待ったをかける隊員がいた。
「班長、ここの支配者が何の変哲もない階層を用意したりします?」
大國だ。
「フッ、しないだろうな。ただ、これまでの階層でそれなりにコストを使ってるだろうし、階層増設もしているはずだ。もしかしたらケチって大した事ない階層だったり……スライムか」
「三階層のお迎え担当か?それとも――数、多くないですか?」
続々と現れるスライムに若干引き気味の第三班。
すると、全員が指示されずともトリガーの付いたスプレー缶のようなものを取り出した。
「それは?」
「携帯用小型火炎放射器です。スライム対策の武器ですよ」
リポーターの質問に、班長が答える。
そして、自分も火炎放射器を構えると、数人に指示を出して最前列に並ぶと…
「撃て」
火炎放射器のトリガーを引いた。
先端から放たれた灼熱の炎がスライムに降りかかり、次々と焼き殺していく。
その効果は絶大で、あっという間にスライムが倒されていく。
「凄い……」
続々と現れるスライムも、この炎の前でゴミに等しい。
ものの数分で数百匹のスライムが焼き殺され、入り口の攻防は自衛隊側の勝利に終わった。
「さあ、行きましょうか」
スライムが居なくなった事を確認した班長を先頭に、三階層の攻略が始まった。
「これ、何匹目だ?」
「知るか。確実に千は倒してるって事しか分かんねぇよ」
そこら中に散乱するスライムの核を眺めて、様々な反応を見せる第三班。
攻略を開始してから一時間、恐ろしい量のスライムを倒しながら進み続け、いくつかの火炎放射器は燃料切れを起こしていた。
「チッ、コイツも燃料切れか……このままじゃジリ貧だ。出来るだけスライムは無視しつつ、攻略のスピードを上げるぞ」
燃料切れを起こした火炎放射器をしまった班長の命令で、スライムは無視する方針に変わった。
そうでもしなければ、ひたすら消耗して最終的にスライムの軍勢を倒す手段が無くなる。
そうなる前に三階層を抜けてしまおうという考えだ。
果たして班長の判断は正しかったのか……
……結果的にその判断は正しかった。
あっという間に千数百匹のスライムを焼き殺され、無駄な消耗を嫌がった信恵の判断によって、この階層にいる大半のスライムが逃され、その後戦闘になったスライムは僅かに三百匹。
そして、第三班は四階層への階段を見つけた。
◆
四階層
一週間ほど前に攻略した〈ダンジョン〉に存在するモンスターを配置した階層。
人型のシモベが多く、銃火器とは相性が良くないが、第三班を全員無事で五階層へこさせる訳にはいかない。
そのため、ここで何人か間引くことにする。
銃弾を受けても簡単には死なないオーガを前面に出して注意を引き、ゴブリンを間から突撃させることで、少しずつ削っていく。
それで混乱すればオーガの強力な一撃を叩き込む事が出来る。
「魅香を呼ぶべきだったか?アイツなら間違いなく自衛隊に損害を与えてくれるはず」
個としての力で軍隊の代わりとも言える自衛隊に損害を出す魅香。
多少傷付いた所で、〈ポーション〉を使えばどうにでもなる。
たかだか〈ポーション〉一つで、オーガやゴブリン数十匹分の働きが出来る。
なんとも魅力的な戦力だ。
今後はこういった戦力を多く手に入れられるようにしたい。
「…元支配者を囲むか」
今後〈迷宮〉を制圧するなら、支配者を殺す、或いは屈服させる必要がある。
その時に支配者をシモベとして引き入れる。
出来れば〈支配者強化〉を済ませた支配者をシモベにしたい。
……やはり、私が極悪非道な存在だと世間に知らしめる必要があるな。
そうすれば、私から身を守るために戦力を整え、〈支配者強化〉で自分自身を強化する者も増えるだろう。
「予定通り、第三班にはここまで来てもらおう。そして、そこで私がこの手で殺す」
さてと、私も戦いに備えて武器の用意や魔力操作の調整をしておくか。
◆
人間視点
「ここも普通の迷宮型ですね……さっきみたいに、大量のモンスターに襲われるとかじゃないですよね?」
四階層を見たリポーターが班長に質問する。
「どうだろうな……もしここが最下層ならそれ相応の戦力を配置しているはず。警戒したほうが良いだろう」
班長は警戒を強めて慎重に四階層を進み始める。
しばらくはモンスターと接触することもなく、時折存在するトラップを解除しながら進むこと数十分。
「――っ!?オーガだと!?」
「嘘っ!?あれがオーガなんですか!?」
第三班の少し離れた所に、二メートル以上はある背丈と特徴的な角、筋骨隆々の肉体を持ったモンスター、〈オーガ〉が現れた。
それも、複数体。
「チッ、こうもポンと五体も出してくるとはな……支配者の戦力を侮っていたか」
「班長、オーガってあれですよね?一体で調査隊を壊滅させたっていう…」
「あぁ…銃火器ですら倒すのに苦労すると言われるあのオーガだ。ただ、スライムと違ってまったく効かないという訳では無いが、簡単には倒せないぞ」
第三班の全員が銃を構え、あたりに緊張が走る。
そして、
「撃て!」
班長の掛け声を皮切りに、戦闘が始まった。
自衛隊側の先制攻撃によって、全てのオーガにアサルトライフルの銃弾が突き刺さる。
その強固な肉体ゆえに、アサルトライフルでさえ貫通することなく体内にとどまるのだ。
しかし、当然弱点も存在する。
「喉だ!喉を重点的に狙え!!」
いくらオーガの外皮が堅く、筋肉という名の鎧があるとはいえ、喉を守ることは出来ない。
喉には肉の鎧が無いからだ。
しかし、工夫をすれば多少はどうにかなる。
例えば――
「チッ!腕で喉を隠したか…」
その木の幹のように太い腕で喉を覆えば、そこには肉の盾が出来上がり、銃弾を通さない。
更に、腕に力を入れれば肉の盾はその強度を増す。
首を狙っての攻撃はかなり難しいものになるだろう。
「目を狙え!視界を潰すんだ!!」
喉への攻撃は無駄と判断した班長の指示により、オーガ達の視界を奪う事へシフトチェンジした。
確かに視界を奪われれば、戦闘においてかなり不利になるだろう。
しかし、忘れてはいけない。
オーガには神の目が付いている事を。
「なっ!?視界を奪われたのに…なんだ、この連携の取れた動きは…」
オーガ達はまるで先程と変わらぬ動きで走ってくる。
第三班に班長がいるように、オーガ達にも指揮者がいる。
――信恵だ。
〈迷宮〉内の情報を瞬時に理解し、俯瞰視点で戦況を見ることができる信恵が居る。
そして、オーガは信恵に絶対服従。
信恵の的確な指示に従う形で動き続ければ、視界を潰される事なのど大した事はない。
「くそっ!急所を狙え!!とにかく急所を撃ち続けろ!!」
大雑把な指示を出す班長。
急所であればどこでも良いという考えなんだろう。
この指示は先程と比べるとかなりいい指示と言える。
何故なら、的確な指示は信恵に聞かれてしまうため、簡単に対策される。
しかし、『急所』という比較的大雑把な指示であれば、隊員がどこを狙うか分からない。
胸かも知れないし、首かも知れない。
頭かも知れないし、目かも知れない。
『狙われている急所を守れ』
と言う指示を出しても、全ての箇所を守りきれる訳では無い。
それなら、取るべき行動は――
「――っ!?捨て身の特攻か!!近付かれる前に倒せ!!」
防御がほぼ無意味なら、わざわざ防御せず捨て身の攻撃を仕掛けた方がいい。
所詮オーガなど使い捨ての駒だ。
むちゃくちゃな命令も簡単にすることが出来る。
オーガは信恵の命令により特攻を行った。
自衛隊側もそうはさせまいと攻撃を続け、一体、また一体と数を減らしていった。
「よし!あと一体だ!全員で攻撃しろ!!」
最後は全員からの一斉掃射を受けて、オーガは全滅した―――と、思われた。
「嘘だろ……まだ居るのかよ」
「おいおい、オーガの数は少なくなったが……お供が居るぞ」
「ゴブリンか……あれ、何体居るんだ?」
勝利を噛みしめる間もなく、次の敵が現れた。
今度はオーガの数は二体と少ないが、お供に数十匹のゴブリンを連れていた。
隊員達が動揺する中、班長は臆することなく指示を出す。
「怯えるな!お前達六人はゴブリンを殲滅しろ!残りで早急にオーガを倒す!!」
班長の怒号で我に返った隊員達は、班長の指示に従って攻撃を開始する。
ゴブリンはオーガと違って銃弾で簡単に倒せる。
その結果、ゴブリン達はあっという間に死体となってあちこちに散乱した。
しかし、ただやられていた訳では無い。
「チッ!オーガの後ろに隠れやがった」
「あいつら…さっき倒したオーガの死体を遮蔽物にしてるぞ」
「ずる賢い奴らだ!」
撃つことの出来るゴブリンはあっという間に殲滅されたが、残りはコソコソと生き延びて攻撃のチャンスを伺っている。
そして、先程よりも早くオーガが倒された。
「――二度あることは三度ある」
「やっぱり増援が現れたか…」
「二回目と同じくらいの戦力だ。さっきと同じ方法で倒せるな」
三度目の攻撃は、二度目とほぼ同じ戦力だった。
せいぜいゴブリンの数が増えた程度。
班長の指示を待つまでもなく攻撃を始める隊員達。
一度経験した以上、同じ事をするだけのため隊員達には余裕があった。
しかし、班長だけは顔を顰めていた。
まるで、『まだ何かある。これは、罠だ』とでも言いたいような表情だ。
「ここの支配者は奇襲を使う。奇襲をしてくるなら意識外から……意識外は…後ろか!?」
班長が振り返ると、すぐそこまでゴブリンの群れが来ていた。
「くそっ!ハメられた!!」
班長は後ろから迫りくるゴブリンに向かって銃を乱射する。
しかし、一人で捌ききれる量では無かった。
「ぐあっ!?」
一番端にいた隊員がゴブリンに襲われ、喉にナイフを刺された。
それを見た他の隊員がゴブリンを殲滅しようと銃を乱射するも、その殆どは当たらなかった。
それどころか、前からの攻撃を抑えていた人数が減った事で、弾幕が薄くなりオーガが防御を捨てて迫ってきた。
「ヤバイ!オーガを狙え!!オーガさえなんとかすればこっちのものだ!!」
班長の代わりに大國が指示を出す。
殆どの銃撃がオーガに殺到し、何とかオーガを倒すことに成功した。
しかし、オーガに集中しすぎたせいでゴブリンが直ぐ側まで来ている。
「がぁぁ!?いっってぇぇぇ!!」
「うわぁぁぁぁ!!」
隊員が更に二人襲われ、怪我を負った。
しかし、それだけでは終わらない。
「な、なんだコイ――」
ゴブリンとは思えないような身軽な動きで隊員の首を掻き切った一匹のゴブリン。
危険を察知した大國がすぐにそのゴブリンを撃ったことで、それ以上は犠牲が出なかった。
しかし、
「お、おい!今度は大量のゴブリンの増援だぞ!?」
今度は大量のゴブリンが増援として送られてきた。
オーガほどの脅威ではないにしても、数の暴力というものがある。
その後もゴブリンが続々と現れ、二十人いた第三班は、十四人まで数を減らした。
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