第3話
「なんなんだ……ここは」
身体が動くようになった私の目に飛び込んできた景色は、部屋一面――床も天井も――石レンガ?で出来た大きな部屋。
かなり広く、私の会社のオフィス程の広さがある。
……それか、学校の教室を六つ並べた広さというべきか。
とにかく、かなり広い。
そして出口がない。
「何だこれは?」
私が目を覚ましたのはこの広い部屋の中央部。
そして、目の前には謎の球体がある。
いや、楕円体というべきか。
形的にはボコボコのラグビーボールのようだ。
材質は……水晶か何か、或いは宝石か……
不思議な白い楕円体が私の目の前に浮かんでいた。
「何処だここは……それにさっきまでの私の状態……まさか、あの愚妹の言っていたアレなのか?」
『異世界転生』
愚妹の話では、異世界に転生する時のパターンは二種類。
死んで気が付いたら転生していたか、死んで何も無い空間に連れて行かれ、そこで神と対話して異世界に行く。
前者は特殊な力と前世の知識――現代文明の叡智の事――を使って生活することが多いらしい。
後者は神からチートスキルを与えられる事が多いらしい。
あと、主人公は大抵スローライフを望んでいるという。
そして、後者の状態で神と対話する際、何も無い空間に一つだけものが置いてある事があるらしい。
机、鏡、水晶玉、水のような何かが入ったよくわからない物。
私の目の前には、その条件の中に当てはまる物が一つある。
「ここは…転生の間なの?」
そんなバカな……どうして私が死ななくちゃいけないんだ。
そもそも、死ぬ理由が分からない。
病気も怪我もなく、心身共に健康的だった私が突然死ぬなんてあり得ない。
そもそも、異世界転生だなんて小説の中の話。
そんな事が現実で起こるはずがない。
……『事実は小説より奇なり』という言葉もあるが…
…とはいえ、このまま神とやらが現れるまで待っているのも暇だ。
もし現れなければ、私は盛大に時間を無駄にした事になる。
時間は有限だ、出来るだけ無駄遣いはしたくない。
「少し検証でもするか…」
私はこの空き時間を有効活用するために、身体の調子を確認する。
走ってみたり、逆立ちしてみたり、柔軟をしてみたり。
そして、分かった事が一つあった。
「身体能力が向上している?」
筋力、持久力、瞬発力、柔軟性。
どれをとっても良くなっている。
まるでアスリートにでもなったような気分だ。
しかも、心做しか頭の回転も速くなった気がする。
指数を計算してみたが、何時もなら出来ないような所まで計算出来るようになった。
私は確実に強くなっている。
何かがあったのは確かだが、今のところそれしか分からない。
他に検証出来ることがあるとすれば……この楕円体か。
あまりの怪しさに避けていた楕円体。
コレを使えば出口が現れるかも知れない。
私が恐る恐る楕円体に触れると、
「―――ッ!!?」
言葉に出来ないような頭痛に襲われた。
痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い
頭が割れそうだ。
これは……何か情報が脳に直接入れられているのか?
この楕円体から大量の情報を得られる。
―――頭痛が収まった?
「痛みが消えた……不自然なくらい尾を引いてない」
普通、痛みはゆっくりと強くなり、ゆっくり引いていくものだ。
それなのに、一瞬にしてとんでもない激痛に襲われ、次の瞬間にはまったく痛くなくなった。
感覚的には、突然痛みの度合いが十になり、突然ゼロになった。
そんな感じだろうか?
痛みの事も気になるが、更に気になる情報が頭の中に入ってきた。
「迷宮の…主?」
あの激痛の中、私の欲しかった全ての情報が手に入った。
しかし、一瞬にして全て手に入ったせいで、脳の処理が追い付いていない。
少しずつ処理していこう。
数分後
ようやく今必要な大部分の情報が整理出来た。
纏めるとこんな感じだろうか?
・ここは〈迷宮〉と呼ばれる場所
・私はその〈迷宮〉の支配者となった
・〈迷宮〉の支配者は世界中で無作為に選ばれ、世界中に存在している
・〈迷宮〉は異空間であり、現世の何処にも存在しない
・〈迷宮〉に入る(出る)には出入り口を作らなくてはならない
・出入り口を作ると、外から侵入者がやって来る
・侵入者に〈迷宮の核〉を破壊されると支配者は死ぬ
・〈迷宮の核〉が破壊されるとその〈迷宮〉は崩壊する
・支配者は他の〈迷宮〉に存在する〈迷宮の核〉を強奪、吸収することが出来る
・〈迷宮〉は成長する
・〈迷宮〉には時間経過と共にエネルギーが溜まり、そのエネルギーを使って〈迷宮〉を強化、成長させることが出来る
・エネルギーは他の〈迷宮〉を吸収することや、〈ダンジョン〉と呼ばれる場所を支配することで獲得量が増加する
・〈迷宮〉の他に〈ダンジョン〉なるものが現世には出現している
・〈迷宮〉と〈ダンジョン〉の違いは、支配者が居るかどうか
・〈迷宮〉の支配者は〈迷宮の核〉を介して〈迷宮〉を操り、シモベや罠を配置出来る
・〈迷宮〉は支配者によって変幻自在に変えることが出来る
他にも山ほど情報はあるが、これ以上は長いので割愛。
今の私の状況、それはあの愚妹に聞かされた小説の話の中にヒットするものがあった。
それは、ダンジョンマスターになって、配下と共に暮らすというもの。
ダンジョンというと、モンスターが湧き出し、お宝が沢山存在する危険だがうまく行けば一攫千金を狙える場所だ。
そんなダンジョンの支配者…マスターになるという話。
私の支配しているものはダンジョンではなく〈迷宮〉だが…
「無作為に選ばれた〈迷宮〉の支配者……現世に戻れなくはないが、モンスターが湧き出す場所の支配者なんて到底受け入れられるとは思えない」
人は、理解できない物を拒む性質がある。
だからこそ、完全に未知の存在が湧き出すような場所の支配者など、拒まれるに決まっている。
せっかく七年掛けて部長の地位を手に入れる直前まで来たというのに……だが、その代わり支配者の地位を手に入れた。
これは有効活用しないとな。
「さてと、まずは〈迷宮〉の開放か……まだ現世と繋ぐには早い。初期構造を整えてから現世に繋ぐとしよう」
私は〈迷宮の核〉に手をかざし、〈迷宮〉内部を変形させる。
すると、何もなかった部屋に扉が現れた。
初期構造が完成したか…
ここからは、私がそれを改造する。
まずは罠の設置。
今使えるのは〈落とし穴〉と〈催涙ガス〉だけ。
ちょっと過激なドッキリ程度の罠のだが、無いよりはマシ。
二つとも一個しか設置出来ない以上、場所は選ぶべきだ。
私は、入口からすぐの分かれ道の右側に〈落とし穴〉、左側に〈催涙ガス〉を設置した。
ちなみに、これは元から存在し、無料で設置できた。
初心者パックとでも言うべきだね。
次はシモベの配置。
今の私が配置出来るシモベは、
・スライム
・ゴブリン
・ラット
の三種類だけ。
定番のモンスターだ。
スライムは物理攻撃に強く、核を壊されない限り後ろに下げれば再生する。
ゴブリンは緑肌の小人で、この三種類の中では一番強い。
ラットは名前の通り大きな鼠。
せいぜい噛みつくくらいしか攻撃方法が無く、ただすばしっこいだけでまるで役にたたない。
こんな雑魚だけで本当に〈迷宮〉を守れるのか?
私は頭に手を当てて溜息をつく。
まあ…無いものは仕方ない。
今あるものでどうにかしよう。
とりあえず、無料で配置出来る中で一番コストの高いゴブリンを中心に配置し、スライムとラットは一匹ずつ配置した。
……私のいる部屋にね?
すると、地面が光り輝きそこから三匹の生物が現れた。
「ゼリー状の何か、緑肌の小人、猫くらいの大きさの鼠……全て予想通りね」
あまりに予想通り過ぎる見た目に、私は少し落胆する。
しかし、それで時間を無駄にすることは出来ない。
すぐに三匹の検証を始める。
三匹に指示を出し、走らせたり、戦わせたり、得意なことをさせたりしてみた。
結果は…
スライム 弱い でも打撃には強かった
ゴブリン 比較的強い 子供なら平気で負けそう
ラット ゴミ ただただ速いだけ 噛みつく?相手を怯ませるくらいの効果しかない
…こんな感じだった。
予想外だったのが、スライムが意外と優秀な事。
打撃が効かないと言う時点で、攻撃手段を一つ潰している。
魔法には弱いようだが、現段階で魔法を使える者は居ないだろう。
攻撃面はラット以下だが、顔に被さって相手を窒息させればなんとか…
しかし、私が目を付けたのはそこじゃない。
それは、維持コストの低さ。
モンスターだからと勘違いするかも知れなないが、モンスターも生物だ。
植物系モンスターでもない限り、食料が必要になる。
しかし、スライムは言わば土壌微生物のような存在。
初心者パック(仮)で生み出したゴブリンの糞尿を食わせればそれだけで生きていけるし、なんなら繁殖もする。
もちろん無性生殖で、分裂して増える。
弱すぎる点に焦点を当てなければ、初期に配置すべきシモベとしてはいいんじゃないだろうか?
「……スライム同士を合成して、強化する事も出来るみたいだし、スライムをゴブリンと一緒に配置して繁殖させるか?」
ゴブリンの残飯や糞尿、垢や抜け毛程度で繁殖出来るのなら、生物がいる環境に放り込めば良いだけのお手軽モンスターだね。
ちょうどいいし、スライムを十匹ほど生み出して、配置してみよう。
合成は繁殖に成功した後だ。
〈迷宮の核〉に溜まっているエネルギーを使ってスライムを十匹生み出すと、ゴブリンのそばに配置した。
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