第13話 どちら様ですか?
今日の昼食はレジーナと二人だった。エレンは選択科目の関係で、今日は昼が遅いらしい。
ビアンカは一人席に座り、レジーナが昼食を選んで持ってくるのを待った。彼女はメニューを選ぶのに時間がかかる。
「もしかして、ビアンカ?」
後ろから声をかけられ振り返ると、銀髪の上級生がいた。顔が大人っぽいのとタイの色で分かる。深緑だからサティアスと同じ学年だ。
しかし、彼の顔に見覚えはない。そして彼の左腕には赤みがかったブロンドの女生徒がしがみついている。ここの学校のカップルは婚約同士が多いせいか割と堂々としている。
それにしてもこの二人はくっつきすぎだ。女生徒はビアンカと同級生らしく、えんじのリボンをしている。
銀髪の男子生徒の方がジっとビアンカを見てくるので、どうも居心地が悪い。それに女生徒の方はやけに不機嫌だ。この二人組とはかかわりあいになりたくない。本能的にそう感じる。
「あの、どちら様ですか?」
いつまでも名乗らない男にいら立ちを覚える。こちらは憶えていないのに相手は憶えている。この事実は不安しかもたらさない。
「ああ、そうか、君には記憶がないんだっけ、失礼、僕はスチュアート・ヘルクルーレ」
名乗られても分からない。しかし、ビアンカと呼んだことから、親しい間柄だったのだろう。それよりも何か重要なことを忘れているような気がする。
すると彼は断りもせずビアンカの向かいの席に座る。その不躾な態度に少し不快な気分になる。そこはレジーナの為にとっておいた席だ。
「驚いたな。噂は本当だったんだな。とても綺麗になって見違えたよ」
それは時々言われる。しかし、ビアンカはそんな世辞より、彼と自分の関係を知りたい。
すると後ろから咳払いが聞こえた。振り返るとサティアスが立っている。その後ろには、なぜか慌てた様子のレジーナがいた。
「スチュアート殿下、どういうつもりですか? 」
ビアンカはそれを聞いて腰を抜かしそうになった。そういえば先ほど名乗っていた、ヘルクルーレと、彼はこの国の名を姓にもつ王族だ。
「どういうつもりも何もないだろう? 僕だってビアンカのことは心配したんだ。声くらいかけるだろう?」
「心配? あなたが? 事故死したとして、ビアンカを探しもしなかったと思うのですが?」
兄の冷ややかな声にビアンカは震えた。この国の王族に不敬ではないだろうか?
「いやだな。それはサティアスの思い違いだよ。それに婚約の解消は父の命令だ。第三王子である僕には何の権限もないよ」
サティアスが冷めた目で、この国の王子を見ている。
「おかしいですね。これ幸いと、殿下自らビアンカとの婚約解消を申し出たと聞いています」
ビアンカはドキドキした。止めた方がよいのだろうか。でも、どうやって? 自分の元婚約者が第三王子だったと知ってパニック寸前になる。酸欠のようにただ口をぱくぱくとさせた。
「それは違う。誤解だよ。そんな言い方は卑怯だろ。まるで僕が悪者ではないか。僕はビアンカを待つと言ったんだが……」
王子が皆まで言うのを待たずサティアスがパニック中のビアンカにひたりと目を据える。
「ビアンカ、殿下は日頃から懇意にしているフローラ嬢と一緒にお過ごしだ。邪魔になるだろうから、あちらの席に移ろう」
ビアンカはかくかくと頷きながら、考えることを放棄して、踵を返す兄の後に続いた。
王族とはだいぶ離れた席に移動する。
兄とレジーナと三人で食事をすることになるのかと思ったが、すぐに兄の友人たちがあとからやって来て、結局同じテーブルではあるが、レジーナと二人で食べる形となった。
「ありがとう、レジーナがお兄様を呼んできてくださったのね」
この頃になると二人は親しくなり、お互い敬称なしで呼び合っていた。レジーナの家は伯爵家ではあるが、富豪であり家格が高い。それにお互い学生という気安さもある。
「ええ、びっくりしました。殿下が自分の恋人を連れて、ビアンカのそばにいるんですもの。信じられない」
レジーナは憤慨している。
ビアンカはそれよりも自分の元婚約者がこの国の第三王子だという事に驚愕していた。本当に自分は身分が高かったのだと怖くもあり、やはり他人事のようでもあった。
(お母様、教えてくれてもよかったのでは?)
ビアンカは知らないことで身を守れないこともあると知った。
「でも、よくお兄様がどこに座っているのか分かったわね」
するとレジーナがくすくすと笑う。
「だって、たいていビアンカの近くにいますもの。本当に仲がよろしいのですね」
「え、本当にそう見える?」
「もちろん」
レジーナの返事を聞いてほっとした。最近、自分が空回りしているような気になっていた。兄はビアンカを相手にはしてくれるが、時折あまり一緒にいたくないように思えるのだ。
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