第21話 別邸の秘密

 ビアンカは考えても答えのでない悩みを振り払うべく、屋敷をうろついた。ここは王都のタウンハウスより若干広く、探検のしがいがありそうだ。


 そういえば、タウンハウスでは使用人の目があり、あまりうろつかなかった。

 幸いここは、メイドの数も少なく、本邸のように見張られているような感覚はない。この隙に一人でささやかな冒険をしてみよう。そんな悪戯心がわいた。



 ビアンカは、三階からスタートし、わざと狭い廊下を選んで進む。意外と入り組んだ造りになっている。貴族の家は襲われた時の為にわざとそういう造りになっていると以前聞いたことがある。これはいつの記憶だろう。

 あまり必要のない知識ばかり思い出している気がする。




 少し汗ばむ陽気だったのに、奥に入って行くにつれ、窓が小さく少なくなり、あまり陽が差さず辺りはひんやりとしてきた。しばらく行くと、狭い通路の先にこの屋敷にしては比較的小さな片開きドアがみえた。


 ここで行き止まりだろうか? 鍵がかかっているかもしれない。しかし、ノブを回すとガチャリと開いた。蝶番のきしむ音がする。開いた先は階段室になっていた。

 

 階段は上と下へ続いている。ビアンカは下りを選んだ。ここが終わったら、上も探索してみよう。屋上があるのかもしれない。迷路のような屋敷の探索は楽しくなってきた。


 ぎしぎしと階段を下りる。一階まで来たと思ったのにまだ階段が続いていた。地下室があるようだ。

 しかし、地下室があるとは誰も言っていなかった。単にビアンカに伝え忘れているかもしれない。家族のきずなが薄いケスラー家ではよくあることだ。


 地下まで降りて階段室を出ると薄暗い通路が続いていた。ビアンカは魔法で灯りを作る。これくらいならば朝飯前だ。


 通路に沿ってドアが並んでいる。ビアンカはあたりが暗くジメジメしているので少しこわかったが、せっかくここまで来たので、一番奥までいってみることにした。


 行き止まりになっている奥の扉のノブをガチャリと回す。やはりここにも鍵がかかっていない。いろいろ不用心な気がする。


 ゆっくり、こわごわとドアを開けると、不気味な地下室などではなく階段室になっていた。

上方明り取りの窓から、やわらかく陽が差し、のぼりの階段が延々と続いている。修道院生活のお陰で体力には自信があったが、さすがに階段にはうんざりした。


 かといって薄暗い地下も気味が悪かったので、明るい場所に向って上って行った。きっちり四階分のぼる。今日探索はもう終了とばかりに、ドアを開けた。たぶん、三階のどこかの廊下に出るはずだ。


 しかし、予想に反して、そこは書庫のようになっていた。書架がいくつも並び、床にも堆く本が積まれている。こんな部屋があったとは知らなかった。人の手が入っていないのか、ところどころ埃をかぶっている。


 ビアンカは本でできた山をよけながら、歩く。来た道を戻るのは嫌なので、他の出口を探すことにした。いったいどこに出るのだろう。少しわくわくした。


 そのとき、ドサッと本が落ちる音がした。


「ひっ!」


 ビックリして声が漏れる。誰かいるのだろうか? それともネズミ?

 部屋の奥から足音が響いてきた。こんなところに人がいるとは思っていなかったので、ビアンカは驚いて逃げだす。


「ビアンカ?」


 聞き覚えのある声に振り返る。


「お兄様!」


 顔を出した人物がサティアスだったのでほっとする。


「やだ、もう、おどかさないでくださいよ」


 安心して、ぱたぱたと兄のそばに行く。


「ビアンカ、どうやってここに入ったんだ?」


 兄の声に緊張の色がある。


「え? 暇なので、屋敷を探索していたら、なんとなく」


 戸惑いながらも正直に告げた。


「なんとなくで、たどり着ける場所ではないだろう。結界だってあるはずなのに……」


 あまり歓迎されていないようだが、ビアンカはこの発見に興奮していてそれどころではなかった。


「そんなことより、お兄様、お父様のお手伝いをしているのかと思ったら、こんなところで遊んでいたのですか?」


 物珍しげにきょろきょろとする。兄がいるのならば怖くない。たくさんの書架が並ぶ奥に小さな窓がある。その先には輝く海がみえ、窓辺に白塗りの洒落た文机が置いてあった。


「この場所、来るまでが大変だけど、秘密のお部屋みたいで、ドキドキします! とっても素敵ですね」


 部屋の様子に慣れて来るにつれ、ビアンカはわくわくしてきた。それを見たサティアスが困ったような顔をする。


「ここは、その秘密の部屋なんだよ」

「へ?」


 兄を見ると冗談を言っている雰囲気ではなく、真剣だ。ビアンカはどきりとした。


「もしかして、私、入ってきちゃダメでした?」

「入って来てしまったものはしょうがない。誰にも言わないでくれ」

「誰にもって……まさか、お父様もご存じないのですか?」


 兄が頷く。ちょっとびっくりした。なぜ、父が知らないのだろう? 


「屋敷の見取り図とかないのですか? それを見ればすぐに分かると思うのですが、それともお父様はこういうことに興味がないのでしょうか?」

「その両方だろ」

「まあ、なんてことでしょう。ところで、お兄様、ここで何をされていたのですか? 私もお手伝いします」


 あの父の知らない部屋。それを知ったことが何となく嬉しい。ビアンカは早速兄に手伝いを申し出た。


「ビアンカ、この部屋に関しては好奇心を抑えてくれるとありがたい」


 そう言われても、すでに好奇心ではちきれそう。しかし、それで兄が困るのならば、話は別だ。今後、秘密の部屋に出入りすることは諦めたほうがよさそうだ。せっかく見つけたのに少し残念に思う。


「わかりました。その代わりと言っては何ですが、階段の上り下りで疲れてしまいました。近道を知りませんか?」


 ビアンカが困ったように眉を下げると、兄はがっくりきたようにため息を吐いた。


「お前、階段室から来たのか? よくたどり着いたものだな。暇にしておくとろくなことがない」


 珍しく兄がぼやく。


「確かに、ここまで遠いしドアはいくつかありましたが、そのどれも鍵が掛かっていませんでした。来ようと思えばだれでも来れるんじゃないですか?」

「ふつうの人間には、ここへ通じるドアは見えない」

「え?」


 きょとんするビアンカを置き去りに兄は踵を返す。


「ついて来い」というサティアスの後ろについていく。なんだか邪魔をしてしまったようで申し訳なかったとビアンカは思う。


 彼は並んだ書架を抜け、奥にある壁に取り付けられて大きな姿見の中で立ち止まる。兄が鏡の前に手を差し出すと、ぶうんと微かな音がして鏡面が揺れ始めた。


「魔法?」


 ビアンカは目を見開く。波打つ鏡面の向こうには今まで映っていた二人の姿ではなく、別のどこかの室内が映る。サティアスがビアンカの腕を掴む。


「行くよ」

「はい?」


 ビアンカに考える間を与えず、鏡の中に引きずり込んだ。


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