第51話 おまけ
ビアンカを先に公爵家の馬車に乗せ、サティアスは院長に挨拶に向かう。
彼女なりに見つからないように知恵を絞ったようで、修道院は以前の海辺の街ではなく、王都の外のひなびた街にあった。
すぐ行動に起こすビアンカにしては珍しく、前々から下調べをして計画を練っていただけのことはある。彼女が家をでる決心をしていることは気付いていた。
ビアンカは、自分と父親がサティアスにずっと犠牲を強いてきたのだと思い込んでいた。
瞳の色を変える魔道具を作るなど……そこで説得して思いとどまらせたとしても、また繰り返す。ビアンカの罪悪感が拭われない限り。自立などと言っているが、本当は義兄であるサティアスの世話になるのが心苦しいのだろう。
花束に添えて書いた手紙に返事もなく。随分嫌われたものだと思っていた。もう修復は不可能かと諦め、これからはただ見守ろうと考えた。
しかし、記憶喪失となって戻ってきたビアンカは子供の頃のように再び懐いた。最初は兄と慕う彼女に戸惑い、どう距離を取ろうかと思った。実の妹ではないとわかっている。記憶が戻ればまた離れていくのかもと恐れた……。異性として意識してしまう。
もう二度と手放さない。
「ビアンカが世話になったね」
サティアスは手土産と寄付金を持って、礼を尽くす。ビアンカの身元を知っているのは院長のガブリエラだけだ。
「と、とんでもございません。とても心根の優しいご令嬢です。明るく気さくで、なんにでも一生懸命な方で、いろいろとご教授頂きました。修道女を志す真剣な思いも伝わりました。ぜひまたお越し願いたいくらいです」
院長の後半の言葉にサティアスの顔が曇る。しかし、それも一瞬で
「ビアンカが役に立てたのなら、良かった」
と儀礼的な笑みを浮かべる。
「ええ、それはもう、鍬を錆びなくさせたり、水を引いてくださったり」
「魔法を使えるのはバレていないよね」
報告は受けているが、さすがに心配になる。庶民の集う街で身元不明の魔法使いなど、攫われかねない。
「もちろんでございます。あの、それでですね。閣下」
サティアスは院長のガブリエラよりずいぶん若いが、もう公爵としての貫禄を身に着けている。品よく優雅だが、どこか人を寄せ付けない、冷たい雰囲気を纏っている。
自然と話している方も緊張を感じ冷や汗をかく。
ガブリエラも末端ではあるが、貴族の育ちだ。公爵家の人間が雲の上の存在だと言うのは分かる。本来ならば、こうして対面で話すことはないのだろう。
不思議と貴族令嬢であるビアンカにはそうは感じなかったし、魔法の件はフォローする場面もあったが、彼女を特別扱いすることはなかった。もちろん、その気品のある所作から、皆、彼女が訳ありの貴族の娘だと気づいていただろう。
「閣下は余計だよ。身分がばれる。ただのケスラーと」
恐れ多いが本人がそう呼んでくれと望むので、意に添うようにする。
「はい、ケスラー様。あの、ビアンカ様がいらっしゃってから、街の治安が良くなりまして。その警備のことなのですが、すべて引き上げられてしまうのですか?」
するとサティアスがふっと微笑む。それはとても魅力的で、途端に冷たい雰囲気が霧散する。
「わかった。ビアンカの為につけたうちの私兵を少し残していこう」
「ありがとうございます」
深々と頭を下げる。
「しかし、ずっとは残していけない。ビアンカが口にしていたが、識字率が上がれば、職に就けるものも増える。犯罪も減るのではないかな?」
「はい、マリ……いえ、ビアンカ様が、孤児たちに文字をお教えくださって、大変助かりました」
「学校を作るといい。支援しよう。その間教師を派遣する」
ガブリエラは公爵家当主からのありがたい申し出に、自然と頭が下がる。冷たく見えても、やはりあの優しいマリアの縁者なのだ。
「本当になんとお礼を申し上げてよいのか」
ガブリエラが深々と頭を下げる。
「こちらこそ、毎日のお勤めに励んでいる所、ビアンカの禊に付き合わせてしまって申し訳なかった。気苦労も多かったと思う。感謝する」
そのようなサティアスの言葉に驚いた。若いのにとても腰が低い。
それにマリアを預かって気苦労などなかった。美しく無邪気な彼女はすぐに皆に好かれ、信者たちにも人気があり、たくさんの知識をこの街に
きっと明日から、皆寂しがるだろう。
そして夜が深まるなか、馬車を見送りに外に出る。
「今度はぜひ、お二人お揃いでお越しくださいませ」
ついそんな言葉をかけてしまう。マリアは「お兄様」などと呼んでいたが――事情は知らないが――彼らは仲睦まじいカップルのように見える。
幸せそうに手を取り合う二人を馬車が見えなくなるまで見送った。
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