第52話 後日談 挙式のその後で


 二人の挙式は公爵家にしてはつつましやかなものだった。


 しかし、その後パーティを開かなければならず、二人は大忙しとなった。それこそサティアスなど寝る間もない。


 久しぶりの公爵家主催のパーティとあって評判になり、王族をはじめとして他国からの要人も訪れ、三日に渡っておこなわれた。


 大盛況となり、無事終了後も、幾人かの客人が屋敷に残りもてなしは続く。その間サティアスは夜更けまで、社交をこなし、ビアンカはいつも先に休ませてもらった。そして、やっと最後の客人をも見送ると、ほっと息をつく間もなく、二人はあいさつ回りと来客対応をこなす。


 少し落ち着きを見せたのは、式から十日以上が過ぎたあとだった。その間、夫婦の時間などないに等しい。



 サティアスはビアンカの出来に胸をなでおろした。普段は抜けているところがあり、少し心配もしていたが、この家で育っただけあって、きちんと公爵夫人としての立場をわかっている。挙式から続くパーティでも、生来の落ち着きのなさは鳴りをひそめ、立ち居振る舞いも完璧だった。


 それにビアンカは結婚を決めたときから、仕事を手伝うというので、少しずつ教えている。ここのところかなり頑張っていた。


 頑張ったぶん、少し休ませてやろうと考え、サティアスはビアンカの為に、あともう少しと思い、仕事を片付ける。




 一方、ビアンカは寝室でサティアスのことをドキドキしながら待っていた。忙しくてあまり顔を合わせることがなくとも、今夜こそは一緒に過ごそうと約束した。

 それなのにサティアスは一向に現れない。少しは休めばいいのにと思う。


 彼との結婚を意識する前は、一緒にいると時々逃げ出したくなるような不思議な緊張を覚えることがあった。いまならあの緊張が何であったのか分かる。ときめきだ。



 夫婦の寝室は壁紙や家具もビアンカの趣味に合わせて改装された。白を基調した明るいものが中心となっている。家具も瀟洒なデザインのものが多く、重厚感のあるケスラー邸にしては珍しく、明るく開放的な雰囲気だ。ビアンカは、ぜひサティアスの意見も取り入れたかったが、好きにするといいと言われてしまった。


 果たして夫は仕上がったそれを見て、「ビアンカ、南国みたいだね」などと言っていた。あれは褒められたのだろうか?

 この部屋でサティアスが少しは安らげるといいのだがとビアンカは思う。



 そろそろ日付が変わりそうなのに、サティアスはまだ現れない。ビアンカはそわそわしだした。今夜が初夜だという事を忘れて、いつものように四階の自分の部屋で休んでいるのだろうか? それともまだ仕事中なのだろうか?


 だんだんと不安になってきた。ビアンカはサティアスのことを大分前から異性と意識しているが、子供のころから『お兄様』などといって後を追いかけて頼っていたので、「やはり、お前のことは妹としか見られないよ」などと言われたら、どうしようなどと不吉な思いが頭をよぎる。


 サティアスと結婚できたなんて、まるで夢のようだ。


 じっと待っていると不安が膨れ上がってきそうで、ビアンカは兄あらため夫を探しに行くことにした。



 もちろんメイドは「奥様、お待ちになった方がよろしいのでは」と止めたが、「ちょっと、旦那様をお迎えに行くだけです。すぐ戻ります」とビアンカは気楽に部屋を出た。するとメイドは「奥様、なんてことをおっしゃるのですか」などと慌てていた。


 妻になったとは言ってもサティアスは子供の頃からずっと家族だ。ただ少し形を変えただけ。子供の頃から、会いたいときに彼の姿が見えないと探してしまうビアンカの習慣は変わらない。


 物心がつく前から育った家だ。秘密の通路に入り込まない限り、どんなに広くても迷子になることはない。


 まず執務室を覗いて見たが、夫はいない。仕事は終わったのだろうか? 途中で執事を捕まえてきくと、書庫に行ったという。その際、執事に「奥様、なぜ、こんな夜更けに、ふらふらと屋敷の中を歩いているのですか?」とぎょっとされた。


 暗く照明の落とされた書庫を一通り回ってみたが、サティアスはいない。

 サロンも探してみたがいなかった。先ほどから緊張して落ち着かないので、来たついでに水を飲む。一息つくと、ビアンカはサロンを後にした。


 心当たりは探し終えたので、四階の元のサティアスの部屋へ向かう。

 だんだん心ぼそくなってきた。いつも兄を探しているとどこからともなく現れてくれたのに、全く見かけない。なぜ、今夜に限ってすれ違っているのだろう。こうなると広いばかりの屋敷が恨めしい。


 そうこうするうちに階段をのぼり四階についてしまった。

 もし、彼が部屋で寝ていたらどうしよう。疲れていることだし、起こすのもかわいそうかもしれない。


 悩んでいるうちに部屋の前まで来てしまった。ドアの前でまた迷う。ここでノックをすれば中で寝ているかもしれないサティアスを起こしてしまう。


 意を決してノックをしようと腕を上げる。


「ビアンカ!」


「ひっ!」


 いきなり背後から声をかけられ、ビアンカは飛び上がった。


「何をしているんだ、お前は。こんなところで」


 サティアスが、少し腹を立てているようだ。


「お兄様が、あまりにも遅いから、間違えてこっちで寝てしまったのかと思って」


 こんなところで会うと思わなかったので、慌ててしまう。


「何を言っているんだ。お前じゃあるまいし、そんな真似をするわけがないだろう? それに『お兄様』はやめてくれと言わなかったか?」


 サティアスが困った子供を見るような目でビアンカを見る。その視線がぐさりとビアンカの胸に突き刺さる。馬鹿な妹だと呆れられてしまったのだろうか。


「ごめんなさい。サティアス……様」

「『様』も、やめてくれと前に言わなかったか?」

 

 言われていた。


「ほら、部屋へ戻るぞ」

「はい」


 そこでビアンカは気付く、どうしてサティアスがここにいるのだろう。


「あれ? お兄様、こちらにおいでという事は、やはり部屋を間違えたのではないですか!」

「そんな事あるわけないだろ。使用人達に聞いてお前の足取りを追ったんだ。随分いろいろとまわっていたな。なぜ夜更けの屋敷を一回りする必要がある。夜中のパトロールか?」

「そんな、お兄様、意地悪な言い方をしなくても」


 矢継ぎ早な夫の言葉に、ビアンカが瞳を潤ませる。それを見るとサティアスの力も抜けていく。仕事を終え、初夜と思い寝室へ行くと、先に休んでいるのならまだしも、部屋はもぬけの殻だった。


「意地が悪いのはどっちだ。寝室からはふらふらと出歩いていなくなるし、さっきから、『お兄様』を連発しているぞ。結婚式でもパーティでも言わなかったではないか? なぜ、今夜に限ってそうなんだ」


 彼の言う通りだ。ビアンカは縮こまる。結婚式の前にうっかり『お兄様』と口走ってしまい。再三注意されていた。それ以来一度も『お兄様』とは言っていない。それなのに、今夜は結婚式や久しぶりのパーティよりもずっと緊張して、舞い上がって……。


「ごめんなさい」


 ビアンカがしょんぼりとして謝る。


「僕の方こそ、悪かったよ。待たせてしまったね」


 優しく微笑みながら、ポンポンとビアンカの頭を撫でてくれる。子供の頃から、彼にこうされるのが大好きだ。なぜか、安心するのだ。でも、今夜は……。


「ビアンカ、僕たちの部屋へ戻ろうか」


 微笑んでビアンカの手を取るサティアスはとても魅力的で、見知った兄ではなく別の男性のようにみえて、胸の高鳴りが止まらない。手を繋ぐのも初めてではない。キスだってした。いつもの彼なのに、どうしてだろう?


「あ、あの……」


 声をかけようとした。


「ビアンカ、黙って」

「え?」

「お前は口を開くと『お兄様』と始まるから、今夜はもう口を利いてはいけないよ」


 優しく耳元でささやかれ、ビアンカは真っ赤になった。それを見て微笑むサティアスはいつもより少し意地悪で、深く青い瞳で見つめられると初めて会った人のような気になる。



 ふと海辺の修道院で出会った日の情景が目に浮かぶ。


 そうか、私は記憶を失って、二度もこの人に恋をしたのか。


 つないだ手にじんと痺れるような熱を感じた。












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記憶喪失になったので、家族の中で一番信用できそうなお兄様を頼ることにしました 別所 燈 @piyopiyopiyo21

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