第31話 再び秘密の部屋へ

 兄が作る魔法の明かりを頼りに、二人で狭い通路を歩く。途中階段があり、兄に手を取られて下りた。ぎしりと通路が鳴る音に緊張してどきどきする。思えば、この兄と一緒にいるといつもある種の緊張感を覚えた。そして不思議と、それを上回る安心感がある。


「お兄様、よくこんな暗くて怖い所お一人で歩けますね。迷子になりそうで怖いです」

「この家の構造は頭に入っているから、大丈夫」


 間もなく広い部屋に着いた。天井が高く中二階へ行く階段がある。マホガニーでできたどっしりとした机の前には、ソファにテーブル、椅子が置かれていた。天井から魔法による柔らかな光が差す。入ってきた場所を振り返ると、兄がずらした書棚をもとに戻しているところだった。


「お兄様、良くそのような重いものを軽々とずらせますね」

「これも魔法に反応するんだ。音もなく開くだろ。ビアンカもやってみる?」


 兄に言われた通りやってみると、本当に軽く動いた。この家は仕掛けだらけだ。


「もしかして、どの部屋にも出入りできるとか?」

「基本寝室、執務室、書斎には出入りできるね。僕も全部調べたわけではないけれど。ちょっとこの部屋を見てみる?」


 ビアンカは一も二もなく頷いた。


「それにしてもすごいです。こんなに広いお部屋が隠されていたなんて」


 きょろきょろとしてしまう。


「ここは地下なんだよ」


 狭い通路を通った先の部屋に立派な調度品が置かれているのをビアンカは不思議に思った。書棚の他にソファに大きなテーブルなどがある。それらはどれもうっすらと埃を被っていた。


「僕一人では掃除が行き届かなくてね」


 兄が苦笑する。


「こんな地下室にこれらの調度品をどのように運んだのでしょうか?」

「ここはね。六代前の王弟の為に作られたんだよ。おおかた部屋を作り、調度品を運び込んでから、外界から狭い通路を残して塞いだのだろう」

「なるほど」

「魔力がなくてもここまでは来れるから、昔は使用人も入ってきて主人の世話をしていたのかもね。ビアンカも興味があるのなら、この部屋の記録が残っているから見るといい」


 ビアンカはぶんぶんと首をふる。家の秘密には興味はあっても、歴史には興味がない。それに長兄に聞いた方が早いに決まっている。




 サティアスの後について、一通り部屋を見てまわったあと、中二階に上がる。書棚が両側にあり、正面に家族を描いた絵があった。その隣にひっそりと姿見がある。


「このご家族はご先祖様でしょうか?」

「僕たちの祖父母とその子供たち」


 話しながら、兄がとなりにある姿見に手をかざすと鏡面が揺れる。手を引かれて一緒にはいると、ビアンカが書庫から好奇心に任せて入ってしまった部屋だった。


「ここは特別でね。鏡面からだけしか出入りできない。つまり魔力持ちしか入れない」


 この屋敷は、魔力のない当主を拒絶しているようだと感じた。魔力を持たない父は当主であるのにもかかわらず誰かが教えない限り、一生この家の秘密を知ることはない。




 ソファに座るとサティアスが紅茶を淹れてくれた。そういえば、いつも淹れてもらうばかりで彼に入れてあげたことがあっただろうか? いつの間にかすべての世話を長兄にしてもらっている。さすがにこれでいいのだろうかと恐縮する。


 長兄は表情がない人だが、面倒見が良く親切だ。


「ここの仕掛けや秘密の部屋もお父様は知らないのですよね」

「そうだよ。屋敷の構造には興味もない人だし、おそらく何も気づいていないだろう」


「いくら魔力がないからといっても当主なのですから、引き継ぎがあったり、申し送りのようなものがあったりするのではないしょうか?」

「その話は、おいおいという事で、いい? まずはビアンカが不思議に思っていることから答えよう。その様子だと、別邸で姿絵をみたんだろ。ひょっとして日記も見つけた?」


 ビアンカは赤くなって頷いた。


「ごめんなさい。私、盗み読みしてしまいました」

「そう」


  怒られると思っていたが、兄の返事はあっさりしたものだった。呆れられてしまったのだろうか。


「それで、あの姿絵なのですが、お父様ですよね? 随分綺麗に描かれていましたけれど。それと一緒に描かれているのは愛人の方ですか?」

「いや、愛人ではないよ。正妻だ」

「え?」

「つまり、先妻だよ」

「はい?」


 ビアンカは混乱しそうになった。


先妻……。


「え? お父様は離縁されたのですか? じゃあ、今のお母様は」

「今の母は後妻だよ。それから、先妻は離縁されたのではない。体の弱い人で、お前を生んですぐに病で亡くなった。それから後妻を迎えたんだよ」

「なんで誰も教えてくれなかったのですか」


それくらい、さり気なく教えてくれてもよさそうなものだ。


「そうだね。このことは秘密でもなんでもないよ。周知の事実さ。ただ、わざわざ告げるなと母上に口止めされたんだ。ビアンカが自分を本当の親と思ってくれている方が上手くいくんじゃないかとね」

「私、お母様と上手くいっていなかったんですか?」


 それを聞いてビアンカはしょんぼりとした。


「そんなこともないよ。ただ、そうだな。お前が何も知らない方が御しやすいと思ったんじゃないのか?」


 兄の言葉に棘を感じ、どきりとする。彼は時々毒を吐く。


「母上から、殿下に無理に付き合うことはないと言われた?」

「聞いていたんですか?」


 兄が首を振る。


「そうじゃない。あの人は嫌がっている、殿下がこの家に、婿入りすることを」

「それは、どうしてですか? 王族ならば魔力も強いし、家に箔がつくではないですか」


 サティアスが一瞬逡巡する。


「殿下が母上を、蔑ろにしているからさ。母上はもともと父上の愛人だったんだ」

「……」


驚いたが、どこか腑に落ちる。


「なんとなく、母と言われたとき違和感がありました」

「そうだね。修道院から帰る馬車の中でいっていたね。もっとも僕にも違和感があったようだけれど」


 兄がくすくすと笑い。こくりと一口紅茶を飲む。


「以前、お前は、どうして母上がジュリアンばかり可愛がるのだと言っていたろう?」

「はい」


 そういえば、そんな風に感じたときもあった。今は二人の兄も構ってくれるので、すっかり忘れていた。


「それはジュリアンがあの人の実子だからだ」

「……なんで?」


 ビアンカはぽかんとなった。



「不貞の子なんだ。だから、母子ともに殿下から軽んじられる。それが面白くないんだ。母上は元は伯爵家の次女なんだ。それが、遊び人の父のお手付きになってしまって、日陰の身になった。賠償問題にもなったし、いろいろと金も動いたと言う話だけれど、僕も詳しくは知らない。そんな醜聞、興味もないしね。


 あんな父だが、昔は美男で金もあったからもてたらしい。父の若い頃の肖像画は美化されているわけではないようだよ。だから、母上は王族ではなく、うちより格下の貴族との結婚を望んでいる。


 それで、この間の家の夜会に母上が途中からフローラ嬢を招待客にねじ込んだんだ。父上は人の心には疎いから、あっさり了承した。いやだったろ? ビアンカ」

「はい、とっても嫌でした」


 分かってくれる人がいる。それだけでほっとした。



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