第30話 本邸の謎

 ビアンカは途端に心細くなった。

 うろうろと出口を探して歩く。そのうち、ドアを見つけ、やっと出られると思ったのも束の間、続き部屋だった。そこも探るが、探しても探しても姿見どころか扉すら見つからない。ただただ先祖のものと思われる姿絵が掛けられているだけだった。


 ビアンカは次第に焦って来た。このまま閉じ込められてしまうのだろうか。部屋の中はしんとしていて物音一つしない。そのうちメイド達がビアンカがいないことに気付いて大騒ぎになるだろう。



 心細くなり泣きべそをかき始めた頃、さっき入ってきたのとは別の壁にいつのまにか姿見が出現していた。


 ビアンカはそこから出られるかもと思い手をかざす。

 すると鏡面が揺れ、向こう側に部屋が見えた。大きな机があり、書棚が並ぶ部屋の向こうに真剣な顔で調べ物をしている兄の姿が見える。


「お兄様!」


 ビアンカは我知らず叫んでいた。彼に怒られるかもしれないなどと考える余裕はない。

 すると鏡の向こうで、兄がぎょっとして顔を上げた。

 サティアスは慌てたように後ろを振り返り何かを確認すると、姿見の中に彼の方から飛び込んできた。


「お兄様ーー! 出られなくなっちゃったかと思って怖かったです」


 ビアンカは文字通り兄に泣きついた。


「ビアンカ、静かに、父上に気付かれる」

「え?」

「いま、僕がいた場所は父上の執務室の続きの間だ」


 ビアンカは兄と会えてとりあえず落ち着きを取りもどし、大人しくなった。サティアスは呆れたようにしゃくりあげるビアンカの背をさする。


「それより、お前は、またこんな真似を。その様子だと、別邸の隠し部屋でも何か探ったんだろ」


 図星だ。速攻でバレた。


「ごめんなさい。どうしても気になっちゃって」

「まったく……」

「あのね。書庫から来たんだけれど、姿見が消えてしまって! それで出られなくなって」

「ここの鏡は固定しないと動くんだ」

「はい? 固定?」


 ビアンカがぽかんとする。


「ここの方が別邸よりも工夫を凝らしてあって、部屋の存在に気付きにくくなっているんだ。本当は書庫の姿見にも気付かないはずなのだけれど」

「え、そうなのですか?」


「その朱色の瞳のせいかも知れないね。隠されているものが見えてしまうのか? ただ今まで、鏡面に魔力を込めようと思わなかったから、この部屋の存在に気付かなかったんだな」


 長兄がしげしげとビアンカを見ながら分析する。


「でも出られません。危険なだけみたいです」


 ビアンカが悲しそうに眉を下げる。


「別に危険はないさ。鏡は時間がたてば、どこかの壁面に現れる。閉じ込められることはない。だが、不用意なことをすれば、この部屋の存在がばれてしまう」


 ここも父は知らないのだろう。


「お兄様は、いつからこの部屋を知っていたのですか?」

「僕が知ったのは、ビアンカが行方知れずになってからだよ。それよりもどこかで、メイドが見張っているんじゃないか? 戻らなければ、騒ぎになるぞ」


 ビアンカははっとした。


「少し待てば、また同じ場所に姿見は現れる。そうしたら戻れ。くれぐれも慎重に」

「お兄様は、一緒に来てくださらないの?」

 

 心細くて兄の手をぎゅっと握りしめる。


「僕が行ったら不自然だろ。突然書庫に現れたことになる」


 ビアンカは頷く。


「お兄様、いっぱいお聞きしたいことがあるのです」

「わかった。今夜、お前の部屋へ行く」

「本当ですか! 約束ですよ?」


 久しぶりに話が出来ると思うと嬉しかった。


「ああ、必ず。お前がいろいろひっくり返す方が心配だ。ただし、僕はドアからは入らないから、悲鳴を上げないで」






 その日、寝支度をすませ部屋の明かりを落とし待っていると、音もなく衣装ダンスが横にずれた。危うく悲鳴を上げそうになったが、寸でのところで堪えた。


「お、お兄様、そんなに簡単にこの部屋に入り込めたのですか?」

「簡単ではないよ。家の中を移動するより、少し回り道だし、通路は狭くて歩きにくい」


 サティアスは、まだ起きていたようで、ビアンカのように寝巻ではなかった。


「なんか、すみません。お忙しいのに」

「大丈夫、いつものことだよ。大したことじゃない。それよりもビアンカが家の中をいろいろとうろつく方が心配だ。迷子になられたら、探し出すのに事だ」


 兄は、入ってきた場所から動かない。


「とりあえずこっちへおいで、話し声は漏れないとは思うけれど、万が一の為にね」


 

 まるで、これから冒険でも始まるかのようにビアンカはドキドキしてきた。


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