第4話 大きな屋敷
馬車は国境を越え、隣国に入った。院長にも指摘されたが、ビアンカは外国の人間だったようだ。
夜通し馬車を走らせ、夜明け前に目的地に到着した。立派な門扉をくぐり抜けた先には驚くほど大きな屋敷が夜闇に浮かび上がる。使用人が待機しているのか、ぽつりぽつりと窓から明かりが漏れていた。
あの修道院の何倍も大きい。自分がこの大きな屋敷の娘だと信じられない気がする。
玄関が開き、出迎えのメイド達がわらわらと出てきて、ビアンカの世話を焼いた。あれよと言う間に体を清められる。
その後、連れていかれた寝室には軽食のサンドイッチとスープが用意されていた。サンドイッチにはグリルドチキンを薄く切ったものとトマトとレタスがはさまれている。
贅沢で見た目もとても美味しそうなのに、どういったわけか食欲がわかない。修道院の質素な食事にすっかりなじんでしまったようだ。一切れ食べて、紅茶を飲んだ。食べ物を残すのは申し訳ないので、後で残りを食べようと心に刻む。
ここではなんでもメイドがしてくれる。一人でやることになれたビアンカは、かえってそれが煩わしいし、恥ずかしい。
その後、少し休まなくてはと思い。天蓋付きの豪華なベッドに恐る恐る横になる。神経が高ぶっていて眠れないかと思ったが、予想に反してぐっすり寝た。
「ビアンカ、ちょっといいかな?」
昼下がりに兄のサティアスが部屋へ呼びに来た。
「なんでしょう、お兄様」
一晩、馬車で一緒だったが、まだ緊張する。
「屋敷の中を見て回らないか? そうすれば少しは何か思い出すかもしれない。もちろん、疲れているのなら、無理をしなくていい」
にこりとも笑わない兄。しかし、部屋に一人でいるのも不安なので、彼についていくことにした。
兄の説明によるとここは本宅ではなく、領地にある別邸だという事だ。
「普段、私たちは王都にあるタウンハウスに住んでいるんだ。ここは社交に利用する。この別邸は評判がよくてね」
そんな説明を受けながら、大広間に来た。床はピカピカに磨き込まれており、大きなシャンデリアが、昼の日差しを反射している。
「ここの広間は舞踏場だ。お前が行方知れずになったとき、ここで舞踏会が開かれていた」
向かい合う左右の二面がガラス張りになった広間を兄の後について横切った。合わせ鏡が反射して部屋を広く見せる。壮麗で不思議な空間だ。
サティアスはあそこに楽団が来て音楽をかなでていて、ワルツを楽しむ人、話しながらシャンパンと軽食を楽しむひとがいたなど、当時の様子を細かく話してくれた。しかし、記憶のないビアンカにその様子を思い浮かべるのは難しい。
むしろこんな大貴族の家の娘だったという事が信じがたい。狐につままれた気分だ。
「この右手のドアの先はカードルームに続いている」
その日の招待客の話をされたが、誰一人として思い出せない。
それから、兄の後について正面に大きく張り出したバルコニーに歩を進める。
とても良い天気で、爽やかな海風がカーテンを揺らし、明るい色の海の彼方に水平線が見えた。
兄に促されて、広く張り出したバルコニーに出てみた。眺めは最高なのに、なぜか気分が悪くなっていく。足を一歩踏み出すたびに、目の前が暗くなってくる。そして柵の向こうは断崖絶壁だ。それを見た瞬間、すっと血が下がるような恐怖を覚えた。
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