第3話 連れ出される

 母の名はイレーネで、マリアあらためビアンカは公爵家の長女だと兄のサティアスが教えてくれた。そんな大貴族の娘などといわれても全く実感がわかない。嬉しいというより、ただただ怖い。



 兄の説明によるとビアンカは王立魔道学園の生徒だという。兄はその二学年上にいるそうだ。自分はそこでどんなことを学んでいたのか皆目見当もつかない。

 海辺の街では、貴族や魔法などとは無縁だった。



 兄は落ちついているが、母は先ほどからそわそわしている。ビアンカは彼らとどう接したらよいのか分からない。




 院長室で話が済むや否や、ビアンカは彼らに外へ連れ出された。

 修道院の少し朽ちた門扉の前にとまる立派な四頭立ての馬車に度肝を抜かれる。ここら辺りでは見たことのない代物だ。早くも腰が引けて修道院に戻りたい気分になった。



 「朝まで待っては?」という院長の厚意をすぱっと母が断り、その日の晩に出立した。もちろん修道女見習いのビアンカは所持品などなく。身一つで出てきた。


 走り出す馬車のなかで、母イレーネの隣に座ったビアンカはひたすら緊張する。



「ビアンカ、途中の街で服を買いましょう。その恰好ではみすぼらしいわ」


 突然、イレーネが言いだす。


「母上、父上から、ビアンカを見つけしだい寄り道せず速やかに戻るように言われています」


 淡々とした口調の兄に母が大袈裟に反応する。


「このような格好で屋敷に入らせるというの? まるで田舎の庶民じゃない。使用人達に示しがつかないわ。ねえ、ビアンカどう思う」


 どう思うと言われても……、ビアンカは自分の服装を見る。修道院でもらったものだ。街でよく見かけるスカートに簡素なシャツ、それに薄手の外套を羽織っている。何が不足と言うのだろう。


「私は、これで十分です」

「まあ、記憶を失うと性格も変わるのかしら」


 イレーネが驚いたように言う。


「さあ、元がどんな人間だったのか分からないので」


 ビアンカは困ったように眉を下げる。母親と言うこの人がよくわからない。そのうえ、向かい側に座る兄は先ほどから無表情だ。機嫌が悪いのか、これが地なのか分からない。



「あの先ほどから気になっているのですが、私は本当にあなた様の娘なのでしょうか? 瞳の色も髪の色も違います」


 不安に押しつぶされそうになり、思わず正直な疑問が口をついて出る。イレーネは金茶の髪と瞳を持っている。


「あら、そんなことはないわよね。顔立ちは似ているわよ。髪の色も少し違うくらいだわ」


 イレーネがむきになり、押し切るように言う。ビアンカが思わずサティアスを見ると彼は無表情なままだった。口を挟む気はないらしい。無口なの?


「あなたのその瞳の色はとても珍しくて、ケスラー家特有のものなのよ。だから、あなたはケスラーの娘なの。」


 

 ビアンカの瞳は夕焼けと同じ、朱色だった。





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