第36話 そんな事どうでもいい
「なぜ、お兄様が、連れていかれてしまったのです!」
納得できないビアンカが、次兄に噛みつくように聞く。
「それが……」
ジュリアンが困ったように言いよどむ。
「どうしてですか? 言ってください。ジュリアン兄様!」
「招待客の管理は兄上がやっていたんだ。王室は、スチュアート殿下は、フローラの出席を望んでいなかった。父上もそれは同じだ。それで兄上が今回の件に加担していたのかと疑われて、ついさっき、城へ連れていかれたんだ。フローラの方は、昨日あの場で拘束された」
「まさか、そんな!」
サティアスだけは、ビアンカの気持ちをわかっていてくれていた。
「ビアンカ聞いて、今回も前回も招待状はすべて兄上の指示で出されたんだ。それからフローラにはビアンカをバルコニーから落とした嫌疑もかかっている」
「え……」
事故ではなかったことにショックを受けた。
「いまになって、目撃したと言いだす者がでてきたんだ」
「どうして?」
フローラは、スチュアートを愛していたのだ。だから、ビアンカにとられたくなかった。ビアンカの瞳に涙があふれる。苦しくて胸が張り裂けそうだ。
「父上はスチュアート殿下との縁談をすすめたがっていたから、招待状の事でとても怒っている。しかも兄上は王室の意向を無視したわけだし。父上は兄上を公爵家から放逐するといいだして」
ジュリアンが困惑した表情を浮かべる。
「だめよ! お父様を止めなくちゃ」
ビアンカがふらつく体でベッドからはい出そうとする。きっと何かの間違いだ。長兄を助けなければ。
「待って、ビアンカ、落ちついて。兄上にやましいところがなければ、すぐに解放されるはずだ」
それは公爵家の子息だった場合だ。もしも、父が放逐を決めたら……。ビアンカはいてもたってもいられない。止めるジュリアンの手を振りほどいた。
「ビアンカ、落ちついて、いまやみくもに動いても事は良くならないよ。ほら、これを飲んで少し落ち着いて」
ジュリアンが果実水を差し出す。その時になって、ようやく咽の渇きに気付いた。
そうだ。少し落ち着かなくては、救える者も救えなくなる。ビアンカは素直にグラスを受け取り一口含む。
冷たい液体が咽を通ると少し頭が冷えた。今は何より、体に残っている薬が抜けるのを待つしかない。
♢
夜会は昨日、そしてビアンカは翌朝目覚めた。まだ体にしびれが残っていたので小一時間ほど横になる。少しだるいが、そろそろ自由に動けそうだ。ベッドの横ではメイドがビアンカを見張るように番をしている。
「お嬢様、如何されましたか?」
むくりと起き上がったビアンカにメイドが声をかける。
「あの、お茶を持ってきてくださらない。それから、少し軽食を。おなかが空いたの」
メイドはビアンカのしっかりとした様子に驚いた。しかも食欲まであるようだ。
間もなく、ハムとレタスが挟まれたサンドイッチと紅茶が出された。ビアンカはそれをメイドの前で完食した。
「心配をかけてごめんなさい。私はもう大丈夫ですから。あなた方も休んでください。もう少し眠ってから、昼食を頂きに食堂へ降りて行きます」
ビアンカがそう告げるとメイド達は安心したように下がった。
「ふう」
ビアンカはため息を一息つくと、そろそろと起きだし、着替え始めた。考えた末、服はドレスではなく学園の制服にした。その方が動きやすいからだ。
そして、音を立てずに、衣装ダンスを横へずらす。抜け道が出現した。魔法の明かりを手に、ビアンカは秘密の部屋へ急いだ。兄の部屋には行けないが、一度通った道なら覚えている。
「お兄様、いま、助けに行きます!」
♢
ビアンカは狭い通路を歩きながらも大切なことを思い出していた。
兄と一緒に行った地下の大きな部屋に、家族を描いた絵がかけられていた。若い夫婦と小さな子供達。ビアンカの記憶が正しければ子供は三人描かれていた。父ゴトフリーにその兄ユージン、そしてあと一人。
せくような気持ちで、転びそうになりながら、魔法の明かりを頼りに薄暗い通路を進む。果たして無事に地下の部屋に到着した。
ビアンカは広間を通り、中二階への階段を駆け上がる。目的の絵には三人の子供達が描かれていた。二人の男の子に、小さな女の子が一人。
(そう、私には叔母がいるはずだ!)
ビアンカは隣の姿見に手をかざす。鏡面がゆらりと揺れた。父は言いだしたら聞かない人だ。サティアスのことを話して、説得するだけ無駄どころか、火に油だろう。ならば、兄が嫡男だという証拠を城へ持ち込むまで。父にはもともとサティアスを放逐する権利などない。
犯人とか犯人じゃないとか、この際関係ないし、そんな事どうでもいい。いつも困ったときにそばにいてくれたのはサティアスだ。かけがえのない人……。
それならば、やることはただ一つ、ビアンカはサティアスを救うべく「魔力無し」を拒むこの屋敷の本当の執務室へ足を踏み入れた。
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