第46話 兄の幸せ
公爵邸は以前に比べてガランとしている。父の命で監視などをしていた使用人たちに兄は暇を出した。結果半分に減ったが、そのほとんどが上級使用人だった。
そのためビアンカは時々自分の物を整理する。修道院で身の回りのことはしていたので慣れているし、かえって気楽だ。
アクセサリーを片付けているときに、ふとケースの二重底に気付く。何か隠してあるのだろうか? アクセサリーをすべて出し、ふってみるとかたりと音がした。ケースを壊さないように気を使いながら、底の板を外す。
すると日記帳が出てきた……。過去の自分が書き残していたもの。きっと思い出したくないような不快なことが書かれているのだろう。
ビアンカは覚悟を決め、恐る恐るその日記を開く。
それから、ゆっくりと時間をかけて読んだ。
♢
最終学年になり、ビアンカは卒業制作に専念していた。選択科目により研究論文を書く者もいるが、ビアンカは魔道具を作ることを選んだ。父がいなくなり、ここ数年、人にやらされるのではなく自分の為に頑張った。
父の息のかかった家庭教師はとっくに辞め、ビアンカは好きなように勉強をしていた。すると不思議なことに成績は上がってきた。サティアスといえば、ビアンカをほめるばかり。
危ない事やよほど突飛なことをしない限り、兄に叱られることはない。
時々からかわれることもあるが、大抵はくすぐったく感じるくらい可愛がってくれる。
いよいよ学園を卒業する日がやってきた。卒業式にもその後のパーティにもサティアスはビアンカに付き添った。兄の面倒見が良すぎて、ビアンカは心配になる。
自分のせいで婚期を逃すのではないかと……。しかもいつも忙しくて遊んでいるところなど見たことがない。
「お兄様、私はもう学生ではありません。お兄様は私の面倒を見なくていいんです」
サティアスが驚いたようにビアンカを見る。
「何を言いだすんだ。まだ独り立ちは無理だろう? それにお前にはこの家を一緒に支えてほしい」
などと言うのは口だけだとわかっている。相変わらずビアンカは甘やかされている。お茶の時間にはなぜか、最近話題になっている人気のカフェのケーキがあったり、ひそかな好物であるキュウリのサンドイッチが置かれていたりするのだ。高価だから、好物だなどと言ったことはないのに、不思議とバレている。
ゴドフリーが派手に茶会夜会などを催したせいで、切迫して来た財政を立て直すべく兄は倹約している。それなのに、この国では高価なキュウリが、さり気なく用意されているのだ。ビアンカは戦慄を覚えた。
そして大好きなスコーンには、ビアンカが愛してやまないクロテッドクリームが必ず添えられている。わざわざ取り寄せてるようだ。イレーネがいた頃には考えられないかわりぶりだ。
一方、あまり表情のない兄の好物は分かりにくい。なんとなくだが、カモ肉を好んで食べているような気がする。
サティアスはビアンカが喜んで食べる姿を、いつも目を細めて眺めていた。
このまま、兄に甘やかされ続けていたら、もしも縁談が来たとしても、どんな男性に出会っても粗が見えてしまうだろう。どこにいても家がいいと思ってしまうに違いない。
贔屓にしている店が王室とほとんど同じなので、時々うっかりスチュアートと出会ってしまう。「いまだに『私のお兄様は』などと比べたら、縁談相手が逃げ出すぞ」などとからかわれる。つい言ってしまいそうで怖い。
このままではいけないと、ビアンカは危機感を持ち始めた。
「この家を一緒に支えてほしいだなんて! お兄様ったら口ばかり、私、家のお仕事なんて手伝わせてもらったことなどないですよ? いつもお兄様が一人で片付けているではないですか」
「それはビアンカが学生だったからだよ。じゃあ、少しずつお願いしようかな。ビアンカ、もちろん無理強いする気はないよ?」
ビアンカは疑わしい目で兄を見た。やはり、これは計画を実行に移すしかない。自立できるところを見せて兄を安心させなければならないのだ。そして、苦労の多かった兄には必ず幸せになってもらおう。
毎日、恐る恐るページを繰って何とか読み終えた昔の日記。自分はやはりこの家にいてはいけないと感じる。
卒業式がすんでから、ちょうど三週間後、サティアスは自領の視察のため旅立った。そのため二週間近く家を空けることになる。それほど二人が長く離れるのは行方不明になって以来だ。兄を見送り、十日間留守を守るとビアンカは旅装に身を包んだ。何も言わないで出て行くのは、また兄に説き伏せられてしまうからだと自分に言い聞かせる。
もちろん、兄に心配をかけないように置手紙も忘れない。修道女になることへの強い思いを綴った。
――お兄様、たいへんお世話になりました。ビアンカは十分に幸せです。だから、お兄様、これからはご自分の幸せを第一に考えお過ごしください。私も新たな幸せに向かって歩んでいきます――
そんな言葉で別れの手紙を結んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます