第39話 ジュリアンの回想
――海辺の別邸で開かれた数か月前の夜会
フローラが、ぎりぎりと歯を食いしばり、スチュアートとビアンカが踊る姿を悔し気に見る。最初
だけは必ず婚約者であるビアンカが王子と踊るそれが我慢ならなかった。ビアンカは太っているくせにダンスだけは上手い。それも癇に障る。
「そんなにビアンカが気に入らないの?」
ジュリアンとフローラはイレーネを介してたびたび会っていたので、このころは随分親しくなっていた。
「気に入らないわ。スチュアート様に愛されてもいないのにまとわりついて」
「ふーん、スチュアート殿下が好きなんだ」
「好きよ。でも結局のところ家の為。どうしても王族の血が必要なのよ。それに、あの体格のビアンカ様に負けたくないわ。見てよ、あの太り具合。みっともないったらありゃしない。スチュアート様が気の毒よ」
「いうね。一応公爵令嬢だし、僕の妹なのだけれど」
ジュリアンは気分を害したふうもなく、果実水をコクリと飲む。
「妹とはいっても腹違いだし、ジュリアン様も本当はビアンカ様がお嫌いでしょ?」
「どうして、そう思うの?」
不思議そうに首を傾げる。
「わかっているわ。この国の貴族で魔力なしが、魔力を持つ家族から、どう扱われるか。さぞお辛いでしょう?」
同情を含んだ声音。訳知り顔をするフローラを愚かな娘だと思い眺めた。彼女はケスラー家を何もわかっていない。あの家では魔力を持つ者こそが、父に目の敵にされる。
「へえ、まあ、確かにビアンカは頭の良さを鼻にかけているところはあるね。まあ、時々いなかったらすっきりするかなと思うことはあるよ」
嘘だ。ビアンカは頭の良さを鼻にかけたりしない。それどころか必死に自信があるように見せかけている。一生懸命、公爵令嬢を演じているのだ。
「もしも……もしもよ? もしも事故でいなくなったとしたら?」
フローラの言葉に、ジュリアンがぎょっとした表情を浮かべる。
「怖いこと言うね。それにそんな都合よく事故なんて起きないよ。
そうだ。気分転換にバルコニーに出て、風にでもあたってきたら。そうすれば少し落ち着くだろう。
ああ、でもダメか。ビアンカに会うかもね。妹はあの場所お気に入りだから」
いかにも残念そうに言う。
「……そう、ならば、ビアンカ様が踊っているときにでも行こうかしら」
フローラは俯く。
「もし行くのなら、バルコニーは柵が少し低いから気つけて。あそこは人目に付きにくいしあまり突端にはいかない方がいいよ。以前、転落事故があったんだ」
「まあ、怖い、気を付けるわ」
ビアンカと第三王子のダンスが終わる。スチュアートはすぐにフローラの元にやって来た。二人は楽しそうに連れ立ってダンスをしにいく。
ビアンカはそんな彼らをみて、一瞬何か言いたそうな顔をしたが、ちらりと視線をやっただけですぐにそらす。一所懸命に胸をはり、虚勢を張っている。それを人は健気と言うのだろうか?
その後、ビアンカの視線はヘンリエッタとサティアスに注がれる。そんな彼女にジュリアンは声をかける。
「ビアンカ、どうかした? 兄上とヘンリエッタ、いい雰囲気だよね。もしかしてやきもち焼いてる?」
「ち、違います。何を言っているのですか?」
いつもの落ち着いた彼女らしくなく少し慌てている。そういえば、子供の頃のビアンカは、活発というよりお転婆で、凡そ貴族の令嬢らしくなく、とても無邪気だった。そんなことをふと思い出す。
いつから、ビアンカは変わったのだろう。
「そう、なら良かった。あの二人近々婚約するかもね。兄上もまんざらでもないようだし、お似合いだよね」
「ええ、ええ、そうね」
ビアンカは何度も頷き、目を伏せる。肉に埋まってしまった顔に以前の美少女の片鱗はほとんど残っていない。暴飲暴食のせいか肌もあれ、髪も艶を失っている。醜くなってしまい少し残念だ。それに表情も以前にくらべずっと読みづらくなった。
ダンスの曲が終わるころ合いを見計らってビアンカに声をかける。
「ビアンカ、殿下とフローラ嬢が踊っているところを見ている必要はないよ。こんなところにいても目の毒だ。一緒にバルコニーに出ないか? ああ僕、飲み物をとってくるよ。先に行っていて」
ビアンカは頷き、素直にバルコニーに向った。今の彼女はサティアスのいう事ではなく、ジュリアンのいう事を聞く。
それが、すこし愉快だ。フローラの視線が一瞬ビアンカをとらえたのを確認して、飲み物を取りに向かった。
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