第41話 そこが嫌い
「なるほど、ビアンカもちょっと邪魔だったわけだ」
「え、まさか、ビアンカは邪魔なんかじゃないよ。特に記憶喪失になって戻ってきてからは可愛いじゃないか。ちょっとした悪戯だよ。おもしろかったから」
ジュリアンは薄っすらと笑みを浮かべる。
「お前……最悪だ。こんなタイミングで当主の証など。僕の不手際で、ビアンカが先走ってしまった」
サティアスの言葉をうけ、ジュリアンの目がギラリと光る。
「へえ、どこかにあなたが、この家の跡取りだって、証拠の文書が残っていたの? おかしいな、この家の中はくまなく調べたつもりだったけれど……。
それに随分ビアンカと仲がいいんだね。二人で僕に秘密にしていたんだ。あなた達は子供の頃からそうだよね。
僕、あなたのそういうところが嫌い。もちろんビアンカと仲良くってとこじゃなくて、『自分のせいだ』っていうのが、思いあがっているよね。それって自分で状況をコントロールできると思っている驕った人間の口から出る言葉だ。傲慢なあなたらしいよ。
だって、今回、兄上をこの状況に追いやったのって、僕なわけでしょ? なら、僕のせいでしょ? それとも認めるのが嫌なの? いつも涼しい顔しているけれど結構負けず嫌いだったりする?」
「そうやって人を翻弄したり、操ったりして楽しいのか?」
「なにそれ同族嫌悪? あなただって、状況を支配下に置きたいタイプでしょ?」
緊張を伴った視線がしばし交錯する。先にジュリアンが目をそらした。
「考えてみたら僕らお互い観察し合いながら、避けていたよね?」
しかし、サティアスはそれに応じることなく弟に言い渡す。
「ジュリアン、お前は今を以てこの家の人間ではない」
「やっぱり、当主の座を手に入れたんだ。じゃなきゃ、こんなに城から早く帰って来られるわけないよね。
早速手に入れた権力を行使するんだ。まずは僕の放逐か。次は父上かな?」
ジュリアンが煽るように、にやりと笑う。
「フローラをたきつけ二度もビアンカを殺そうとした。命があるだけ温情だと思え。フローラがすべて供述した」
サティアスの冷たい声が響く。
「だから、僕はあの日、フローラを屋敷に入れて、薬渡しただけだって。というか兄上は城で取調べ受けていたんじゃないの? なにフローラの供述って」
ジュリアンが不思議そうに首を傾げる。
「お前がフローラに温室の鍵を渡して指示したんだろ。お前の話とフローラの供述はところどころ食い違っている。まるで息をするように嘘をつくのだな。僕が間に合っていなかったら、ビアンカは死んでいたかもしれない」
あの日、いつも冷静なサティアスが、見当たらないビアンカを慌てて探していた。温室でフローラを見かけた瞬間、走り出した。証拠はないもののあの時すでにフローラが犯人だと気づいていたのだろう。それから躊躇なく池に入りビアンカを水の中から助け出した。
だからこそジュリアンは出立を急いだ。あの時サティアスはビアンカを優先しただけで、ジュリアンはすでに自分が疑われていると気づいた。
サティアスはビアンカがバルコニーから転落したあの夜会の晩も、彼女がいないことにすぐに気が付いた。最初にビアンカを探し始めたのも彼だし、二ケ月間、ほぼ学園に通う事もなく捜索し見つけたのも彼だ。
ジュリアンはくすくすと笑う。
「フローラには驚いたよ。女の子ってかわいい顔していて残酷だね。本当に怖い。機会さえ与えれば、道具さえあれば、人を簡単に殺すんだ。そしてとても愚かだね」
ジュリアンが無邪気な笑みを浮かべる。
「そそのかしておいて何を言う」
サティアスは今すぐすべてを破壊してしまいたい衝動を抑えた。
「ビアンカは水の精霊の加護を受けているから、水では死ににくいって分からなかったのかな。重ねていうけど。僕はビアンカの死を願ってなんかいないよ。そうだな。強いていえば、いつも澄ましている兄上が、無様に慌てて必死になったり、してやられて悔しがったりしているところが見たかったのかも。
ふふふ、でも残念、慌ててはいても無様ではなかったね。ずぶぬれになって池からビアンカを抱き上げる姿なんか格好良かったよ」
「お前は異常だ」
サティアスの青い瞳が威圧するように鋭く光る。
「知ってる。ずっと前から。でも異常って言葉は嫌いだな。切り捨てられるみたいで。ただちょっと他の人たちと物の見方とか、自己表現法が変わっているだけだよ」
ジュリアンは場違いにも、和やかな笑みをうかべ、サティアスに一歩近づく。
「僕はね。退屈がとても苦手なんだ。だから、ちょっと波風を立ててみただけ。
で、兄上はその物騒な浄化の炎で、僕を跡形もなく焼き殺すつもり? 簡単に人を殺せるし、なんの証拠も残らない。便利だね。でも優雅さに欠けるうえに、野蛮だ。なんの知性も感じられない」
「この家で人を殺すのは本意ではない。ビアンカが悲しむ。
一時間だけ待つ。今すぐここから出ていけ。そしてビアンカの前に二度と現れるな。
ああ、それから、お前は一両日中にこの国の人間ではなくなる」
ジュリアンが目を見開く。
「今度は随分仕事が早いね。僕は国外追放なのか。ああ、先手打たれちゃったよ。フローラにちょっと、知恵を貸しただけなのに随分と重い罪だ。割に合わないよ。
それに公爵家の人間にそれ申し渡せるのって国王陛下だけだよね? もう手をまわしたんだ」
ジュリアンは感心したようにいう。
「何が割に合わないだ。だいたい、お前の友人や周りの人間には事故や不審死が多すぎる。馬術部の落馬事故だけでも何件あった?
社交の場に参加して毒を売りさばいていただろう。もうすぐお前を迎えに憲兵が来る。早く公爵邸の敷地から出てくれないか? ここから連行されるなど迷惑だ」
「もう、当主気取り? まいったね。兄上がこの家の跡取りとか……計算違い。頼まれて薬を作っただけなのに。需要と供給ってやつさ。新しく開発した薬って、動物で効き目を確かめるより、人で確かめる方が確実じゃない?
はあ、兄上も薄情だね。仮にも弟だったのに、無一文で放り出されるとは思わなかったよ」
ジュリアンがやれやれと言うように肩をすくめると、サティアスが眉を吊り上げる。
「無一文ではないだろう。玄関にあった高価な壺が消えている。お前が換金したのだろ。今だって逃げる支度をしている。準備は万端ではないか」
ジュリアンがきょとんとする。
「全部、お見通しってわけか。そろそろ兄上にバレるころかと思っていたから逃げ出す算段をしていたんだ。
兄上を城にしばらく足止めか、上手く行けばこの家から放逐かと思っていたのに、早々に帰ってきて、鉢合わせするとは思っていなかった。
そうそう、別れの前にひとつききたいことと、謝りたいことがあるんだけれど」
「謝りたいだと? 何を企んでいる」
サティアスが警戒する。
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