第42話 ジュリアンのいたずら
「相当な言われようだね。泣いて跪いて許しを乞うかも知れないじゃない」
サティアスに冷たい視線を返されただけだった。ジュリアンは消し炭にされる前に口を開くことにした。
「まず聞きたいのは、いつ自分が当主だって知ったの?」
「ビアンカが、行方不明になってからだ」
「それ、嘘でしょ? ビアンカなら、素直に信じそうだけれど」
「……」
「だんまりか……」
幾らゆすぶっても、サティアスの冷徹ともいえる表情は揺るがない。ジュリアンは諦めて別の話を切り出す。
「そうそう、謝りたいのはこれなんだけれど」
ジュリアンが一枚の手紙をひらひらとふる。その瞬間サティアスが目を見開いた。
「お前……」
「ああ。ごめん、誕生日の花束に手紙なんて添えられているから、でぶのビアンカを思う物好きな紳士でもいるのかと思って手紙だけ失敬したんだ。
ふふふっ、読んでみたけれど、結構かわいいところあるんだね。まるで好きな子に冷たくされて困惑している男の子みたい。それにこれちょっと重いよ。兄としてって本心?
ともあれ思いが通じて良かったね。また、ビアンカにとっても懐かれ……」
みなまで言い終わる前に、ジュリアンは部屋の異常に気付く。急激に温度が上がり、息苦しい。熱くて喉と肺が焼けそうだ。青白い炎が大きく膨れ上がる。
「……って、ちょっと待ってよ、兄上! 命までは取らないんじゃなかったの? 冷静なふりして最後は暴力にうったえるのかよ」
ジュリアンが驚いたように目を見開く。
「貴様に兄上などと呼ばれる筋合いはない!」
部屋は煮え立つように熱くなり、ベッドの掛布をじりじりと燻る。次の瞬間、ガシャリと窓ガラスがはぜ、ドアが吹き飛んだ。
ガラスが割れドアが吹き飛ぶ大きな音を聞きつけた使用人達が、慌ててジュリアンの部屋にやってくる。人払いがされていたのだ。
「サティアス様……どうなさいました」
爆発音を聞き、やってきた執事のジャクソンが、恐る恐るという感じで声をかける。
部屋の中はまるで暴風が吹きすさんだような状態になっていた。そして少々焦げ臭い。ベッドもタンスも一部損壊している。
がらんとした広い部屋の中央にサティアスが一人立っていた。彼は、何事かと続々と集まって来る使用人達を見渡すと口を開いた。
「ジュリアンは、ただいまを以て、ケスラー家の人間ではなくなった。また一両日中に国外追放となる。もし国内で見かけるようなことがあれば速やかに役人に届けてくれ」
サティアスの言葉にジャクソンが驚いて目を剥く。そこへメイドが慌ててやってきた。
「大変です。旦那様が城に連れていかれました」
「なんだと!」
それを聞いたジャクソンは慌てて、走り去ろうとする。
それをサティアスが制する。
「ジャクソン、慌てることはない。父上は、もうこの家の当主ではない。今日から、僕がこの家の主を代行する」
どよめく使用人達の中にあって、おどおどと目を伏せる者達がいる。ほとんどが古参の使用人だ。
「どうやら覚えのある者がいるようだな。父の不正に加担していた者たちには、追って沙汰を出す」
ケスラー家の若き主の言葉が凛と響いた。
♢
サティアスは混乱する使用人に指示を出しつつ、ジュリアンから奪い取った……過去の手紙を後ろ手に、そっと跡形もなく燃やした。十四歳のビアンカに届くことのなかった思い。
――それがいやなら、ほんの少しでいい、毎日会話をしないか――
そんな結びで終わる手紙を書いた。読まなくとも全部全部覚えている。我ながら恥ずかしい。
結局、消し炭にすることなく、暴風で屋敷の外にジュリアンをたたき出した。彼がどれほどのけがを負ったのかは知らないが、手負いでこの国から一両日中に出るのは難しい。
二度と会うことはないだろう。もしも、次に目の前に現れることがあれば、そのときは消すだけだ。
壊された窓の向こうには青空が広がり、呆れるくらい、からりとした明るい午後の陽が差し込んでいた。
「ビアンカを帰してもよいと城に使いを出さなければ……」
♢
ビアンカはじりじりとしながら、第三王子が来るのを待っていた。もうずいぶん待たされている。日が傾きかけてきたころガチャリと扉が開いた。
「ビアンカ、待たせたね」
「スチュアート殿下! お兄様は?」
「まったく……また、お兄様か。サティアスは無罪放免で家に帰ったよ。もともと罪などないけどね」
「え、帰った?」
「君の父上と入れ替わりでね。いま、ゴドフリーが事情を聴かれている。陛下がご立腹でね」
「……そうですか」
ビアンカは自分のやってしまったことにあらためて震えた。しかし、間違ったことをしたとは思っていない。
「ほら、早く帰れ。君の大事なお兄様が待っているよ。あんまり遅いと僕がサティアスに叱られる」
「遅いと叱られるのですか?」
「ああ、いや、何でもないよ。こっちの話、馬車を出すから、早くお帰り」
スチュアートは慌てて首を振る。
ビアンカはスチュアートに素直に礼を言うと慌てて帰っていった。彼女を送りながら、王子は独りごちる。
「これって、サティアスに貸し一つ、ってことでいいのかな? あいつ子供の頃からちょっと怖いんだよな」
スチュアートは城から帰るサティアスから頼まれていたのだ。屋敷の掃除をするから、ビアンカを王宮に引き留めておいてくれと。いずれにしても、これでビアンカと自分との結婚は完全になくなったと苦笑する。
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