第14話 カフェでお茶を

 その日の放課後に兄を待ちながら、学園の図書館で勉強をしていると、いつもより早い時間に兄がやってきた。


「ビアンカが思い出すまで、負担になるだろうから、余計なことは話すなと父上に言われているんだが、少し知っておいた方がいい」


 そういって、図書館の三階に併設されているカフェに連れていかれた。ここでは会話をしても注意されることはないし、図書館の本を持ち込んで読むこともできる。

 ビアンカは一度は入ってみたいと思っていたが、一人ではなかなか勇気が出なかった。早速メニューを開くと軽食やケーキもある。


「お兄様、私、ベリータルトが食べたいです!」


 瞳をキラキラと輝かせる。


「ビアンカ、別におやつ休憩にきたわけではないんだよ」

「……紅茶だけでいいです」


 ビアンカが途端にしょんぼりしたので、結局サティアスはタルトも頼んでやった。しかし、その結果タルトに夢中になってしまう。


「……ビアンカ聞いている?」

「はい、お兄様、このタルト絶品です! なぜ家で食べるデザートより美味しいのでしょう?」


 ビアンカが目を丸くする。


「家の食事は母上の舌に合わせているからな」

「まあ、お母様は味音痴なのですか!」

「ビアンカ、口を慎め」

「はい。お兄様も一口食べますか?」


 にこにことご機嫌なビアンカのその言葉に、サティアスは首を横に振り、彼女がタルトを食べ終えるのを待った。気づけば、いつも妹の独特のペースに巻き込まれている。ちょっと疲れを感じた。


「先ほどのスチュアート殿下の事なのだが……」

「お兄様のお陰で助かりました。いきなり知らない人がレジーナの為に取っておいた席に座ってしまうから何事かと思いました」


 ビアンカが憤慨しながら言う。


「そこか? いくら記憶がないとはいえ、自分の元婚約者が恋人を連れて目の前の席に座るなど腹が立たないのか?」

「そういえば、レジーナも私の為に怒ってくれました。でも、やっぱり他人事のような気がして」


 ビアンカの反応にサティアスは呆れるも、気を取り直して話を続ける。


「殿下が連れていた女生徒はフローラといって、ペネロープ伯爵家の令嬢だ」

「全く存じませんが、私と同じ学年のようですね」


 兄はこくりと紅茶を一口飲む。


「さっきも言ったが、殿下はお前がバルコニーから転落した後、三日もしないうちに婚約解消を申し出た。

 父も最初は渋っていたが、一ヶ月たってもお前が見つからなくて、解消を受け入れたんだ」


 ビアンカは兄の話になるほどと頷いた。


「そういう話はよくわからないけれど、殿下と私の婚約は当然政略的なものですよね? それならば、私がいなくなった以上、すぐに別の方と婚約を結びなおさなくてはならないのでは? それに普通に考えてあそこから落ちて助かるなんて驚きです。死んでいると思いますよ」


 けろりと言い切った。


「普通ならそうかもしれないが、お前には精霊の加護がある」

「う~ん、実感ないですね」


 情けなさそうに眉を下げる。


「魔法は使えるようになったではないか」


 サティアスはどこまでも頼りない妹が心配になる。


「まあ、風や水を揺らす程度なら」


 また話がそれた。


「話を戻すが、お前と婚約しているときからフローラ嬢と殿下は付き合っていた」

「まあ、それはひどいですね」


 そうは言いつつも、ビアンカはあまり興味がなかった。


「そうだ。だから、お前はあんな奴に取り合わなくていいんだ」

「えっ、でも、この国の第三王子ですよね」


 ビアンカはそれだけで怯んでしまう。


「側妃の子だ。たいした地位じゃない。気にするな」


 兄が差別的なことをいっている気はするが、よくわからないので、ただ頷くだけにしておいた。意外に口が悪いのかもしれない。


「お兄様、思ったんですけど。私、随分皆さんに嫌われていたんですね」


 そんなことをしみじみと言うビアンカに、サティアスは少しぎょっとした。


「記憶がなくなってから、初めて学園登校した日、遠巻きにされているというか、何か視線が冷たい気がしたんです。


 それに殿下もすぐに婚約解消を申し出たという事は、私が嫌いなのでしょう。私に我慢ならなくて……。だから、フローラ様と付き合っていたのではないですか?」


 ビアンカは思ったことを素直に口にだし、淡々と語る。


「……今はいい友達がいるではないか。レジーナ嬢はお前を心配して僕をわざわざ呼びにきたんだ」


 ビアンカが、ふわりと微笑む。


「そうですね。私、今は素敵なお友達がいます」

「ああ、そうだ。殿下とはあまりかかわらないように、あの方はお前に随分な仕打ちをしているのだから、過去に嫌われていただのと卑屈になることはない」


 ビアンカは、兄の言葉にこくりと頷いた。






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