第23話 夜会1
この家の兄弟格差は大きい。いつもジュリアンばかりが優遇されている。彼はたいてい令嬢と優雅に茶を飲んでいるか、乗馬を楽しんでいた。ちなみにジュリアンの乗る馬は、欲しがる人も多い外国から取り寄せた駿馬だそうだ。
だからと言って、ジュリアンが嫌な兄かと言うと、そういう事もなく、穏やかで人当たりがいい。彼は、社交的で楽しいことが大好きだ。それにイレーネと同じでサティアスやビアンカにさほど興味を示さない。
ビアンカはしばらく軟禁されていたせいか、夜会の準備も全くあてにされておらず、やる事といえば、笑顔でお客様を迎えるだけだ。長兄は相変わらず父の補佐で忙しいし、ジュリアンは続々と別邸に到着する淑女たちに囲まれ、相変わらず女性受けがいい。
父は本当に仕事をしているのかと最近では疑う事もしばしば。領地経営など実は長兄に投げっぱなしなのではないかと。
ビアンカは大人しくいわれた通りにお客様をお迎えする。さすがにこれ以上父を怒らせるわけにはいかない。しかし、残念な事にあの第三王子スチュアートも招待されている。
父には、先ほど、スチュアートと踊るように言われたばかりだ。彼の女癖の悪さは聞いているし、学園でフローラとべったりとくっついている姿を見ているので、再び婚約するのは抵抗がある。
「ビアンカ、無理しないでね」
ずっと立ったままでゲストを迎えしているビアンカに、ジュリアンが気遣いの言葉をかける。そう、悪い兄ではない。むしろ良く気付いて親切。なぜか、ビアンカとは距離をとって付き合おうとするが……。家族は、他人より面倒くさいと感じた。
勧められるままに冷えた果実水を飲み、少し休憩した。しかし、それも束の間スチュアートが着いたというので家族全員でお出迎えした。
その後やっと長兄を掴まえる。
「お兄様、私、最初にどなたと踊れば良いのでしょう? また、ジュリアン兄様ですか?」
「いや、ジュリアンじゃない。今日は僕だ」
「お兄様と踊るのは初めてですね」
ビアンカが喜ぶ。そういえば記憶を失っていらい彼が踊るのを見たことがない。
「今日のジュリアンには相手がいるんだ」
「え? ジュリアン兄様、婚約者が決まったのですか?」
「まだ、内定の段階だが、いろいろと難しい。今日踊ったからといってお披露目と言うわけではない」
「なんで、サティアス兄様が、まだ婚約者もいないのに、ジュリアン兄様が先なのですか?」
それがひどく不満だった。しかし、本当に聞きたいのは、なぜサティアスがこの家の後継ぎではないのかという事だ。
「僕は女性に人気がない。だが、ジュリアスはもてる。そういう事だろ」
なんだか納得できない。兄は見た目も能力も完璧だと思う。ただ、なぜか女性を寄せ付けない。
「ねえ、ビアンカ」
長兄と話していると、いつも娘に無関心な母がやってきた。彼女から話しかけるなど珍しい。イレーネは別にビアンカを嫌っているわけではない。ただ娘に興味が持てないだけのようだ。
「今日殿下がいらっしゃるけれど。ダンスを踊った後は、無理に一緒にいなくていいのよ」
母の言葉に目を見開く。
「え?」
「だって、嫌でしょう? 一度解消した相手とまた婚約を結び直すなんて。それに婚約者の候補なんて他にもいるわ」
「はい……」
イレーネがそんなことを言うとは思っていなかったのでびっくりした。少しはビアンカのことも考えてくれているらしい。やはり母親なのだ。ちょっぴり気持ちが温かくなる。
しかし、ちらりと隣のサティアスを見上げるとぞっとするほど冷たい視線をイレーネに注いでいた。
♢
ビアンカは父の決めた婚約者候補と踊った後、さっさと壁際へ引き上げる。第三王子とも踊ったが別にどうという事もなかった。これは義務だ。
意外なことに長兄が一番踊りやすかった。きっと兄は何をやらせても一番なのだろう。
初めは負けず嫌いなのかとも思ったが、ギラギラしたところはなく、やらなければいけないことを淡々とこなし、それでたまたま一番になってしまうという感じだ。
そこらへんが父の癇に障るのだろうか? 父が優秀な息子に嫉妬しているとしか思えない。魔力がないのが高位貴族にとってどれほど大変なのかは、なんとなくわかる。だからと言って、魔力が強く才能あふれる子供が生まれたら自慢ではないか?
兄が以前、記憶がなくなる前のビアンカと交流がなかったと言っていたが、そのころのビアンカはサティアスに嫉妬したのかもしれない。
常に兄と比べられると正直息苦しくなってくることもある。
だからといって、今は父にどんなにはっぱをかけられても兄と競おうとは思わない。彼を尊敬しているし、勉強もわかりやすく教えてくれるし、見かけと違い優しい。そのうえ、ビアンカの愚痴にも付き合ってくれる。唯一家族らしい人だ。
だから、先ほどのイレーネに対する冷たい視線が気になる。まだ、この家には何かあるのだろうか? 少しうんざりする。
「ビアンカ、ちょっと話さないか?」
馴れ馴れしく声をかけられ、顔を上げるとこの国の第三王子スチュアートだった。ちなみに、今日はフローラも来ていた。
なぜ、彼女を招待するのだと言いたい。貴族の関係は好き嫌いでどうにかなるものではないということは分かる。しかし、父はナチュラルに人の気持ちが分からないようだ。
そしてそのフローラはというといつの間にか、ジュリアンと一緒にいる。二人は楽しそうだ。嫌な予感がした。
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