第24話 夜会2

 ビアンカがフローラに気をとられていると、果実水が差し出される。目の前には銀髪の王子、存在自体忘れていた。端整な容貌と優雅な佇まいは完璧だ。


「ちょっと風にあたらないか?」


 二人きりにはなりたくない。助けてほしくて、思わず近くにサティアスがいないかと探してしまう。しかし、彼は珍しい事にご令嬢と一緒だ。相手は栗色の艶やかな髪のスラリとした女性。後ろ姿しか見えないが、二人は随分と親しいように見えた。兄が女性と二人でいるなんて初めてだ。誰だろう?

 

 ビアンカは王子に促されてバルコニーへ向かう。あまりバルコニーには行きたくない。そこには大きなドレープ状のカーテンが邪魔をして、会場から少し隠れた感じになっている。つまり人目につかない。

 

 そんなところに二人きりで行くのは嫌だと思った。それに以前ビアンカが落ちたといういわくつきの場所だし……。


 もう一度助けを求めるように長兄を見ると、令嬢と笑い合っていた。とてもお似合いの二人……ヘンリエッタ? 二人は仲がよかったのだろうか?


「ビアンカ、サティアスが気になるんだろう?」


 ビアンカは首をふる。


「そういうわけではありませんが、兄が女性と二人でいるのを初めて見ました」

「彼女はヘンリエッタといって、サティアスと付き合っていたんだ」

「え? 付き合って……いた?」


 時々図書館で会う親切なヘンリエッタは、そんな事、一言も言っていなかった。ただの知り合いのような口ぶりだった。


「でも親の反対があってね」

「親の反対?」


 兄もヘンリエッタもなぜ話してくれなかったのだろう。そうしている間にもスチュアートにエスコートされ、バルコニーに出ることになる。吹き込んでくる風が心地よく眺めも良いが、やはりこの場所はあまり好きではない。


 外はちょうど夜のとばりが落ち始め、海の色が暗く沈んでいく。


「父は、どうして兄の交際を反対したのでしょう?」

「違うよ。反対したのはヘンリエッタの家、ベリル家の方だよ」

「え? なぜですか」

「そうか君は記憶喪失だったな。面白い」


 そう言って楽しそうに笑う。


「ちっとも面白くないです。お兄様は素晴らしい方なのに反対するだなんて信じられません」


 はっきりと言い過ぎて不敬とは思ったが、我慢ならなかった。


「そりゃあ、ケスラー家の跡取りではないからだろう?」

「……」


 スチュアートは残酷なことをさらりと言う。これはビアンカだけが知らされなかった周知の事実だったようだ。


「君は相変わらず『お兄様』が大好きなんだね。そこだけは記憶を失ってもぶれない。

 そんな事より、これからのことを考えよう。サティアスから、僕の良くない噂は聞いていると思う。君からは、随分嫌われてしまったようだからね」


 サティアスは王子に取り合うなとは言ったが、別段悪口は言っていない。王子が公然とフローラと付き合っていることの方が問題だ。


「君とはいろいろあったけれど。初めからやりなおさないか」


 その言葉を聞いて結局この人と結婚することになるのだろうかと、落胆する。父の様子から、覚悟はしていた。


 しかし、それならば、フローラを招待してほしくなかった。いい加減にしてもらいたい。家長の言う事は絶対だとしてもあの無神経さには怒りを覚える。



「フローラは、もうすぐ伯爵令息と婚約が内定する。近々発表があるだろう」


 ビアンカの考えを察したように王子が言う。


「殿下はフローラ様と結婚したくて、私との婚約を解消したかったのではないですか?」


 単刀直入に問うた。


「驚いた。君は見た目とともに性格も変わったんだね。随分率直だ」


 品よく綺麗な笑みを見せるスチュアートを見て、以前聞かされた噂を思い出す。

 

 王子とフローラの仲の良さに嫉妬し、思い余って、このバルコニーから、海に身を投げたと。彼は確かに見目麗しく素敵だ。そのことを思い出すとなぜか心臓がどくどくと脈打つ。


 日暮れの海は、昼間の明るいマリンブルーと違い、暗く沈んだ色だ。ふと恐怖を覚える。


「スチュアート様」


 突然、後ろから声をかけられた。振りむくと、そこにフローラが立っている。彼女は「殿下」と敬称をつけない。そして大きな瞳には涙をためている。


 ビアンカとの婚約を考えているのならば、まずは、恋人との関係を清算してほしい。スチュアートをチラリと見るが悪びれた様子もない。


 確かにこれは記憶の一つも失いたくなる。イレーネの言う通りだ。この過去は思い出したくないし、できれば永遠に葬り去りたい。


「殿下、お二人で、お話もあるでしょうから、私はこれで」


 ビアンカはさっさとその場を後にしようとした。するとスチュアートがビアンカの腕をとる。


「ビアンカ、行かないで。フローラ、君はもう婚約が決まるのだろう? こんなところにいてはいけないよ」


 スチュアートはあくまでもビアンカを巻き込むつもりだ。


「そんな、スチュアート様! 私は」


 フローラが声を振り絞る。何だか場が盛り上がって来てしまった。後は二人でやってほしい。手を振りほどいて逃げてもよいだろうか? 今日はサティアスの助けもなさそうだし、さてどうしたものか……。ビアンカは身の置き所に困る。


(ほんと、やめて欲しい)


 この王子が婿入りしてケスラー家は大丈夫なのか、はなはだ疑問だ。フローラはさきほどジュリアンに近づいていたが、王子と結婚するともれなく彼女がセットで付いてくるのだろうか。だとしたら、両方いらない。それに、家を管理するのがサティアスなら、彼の負担が増えるだけだ。


 辛いことがあるたびにビアンカはきっと兄に泣きついてしまう。フローラ、スチュアート、ビアンカの三人がそろって長兄に迷惑をかける将来しか想像できない。


 「もう、僕と君とは無関係だよ。行こうビアンカ」


 フローラを振り切るように言うとスチュアートがバルコニーの奥へビアンカの背を押した。その瞬間、ビアンカをめまいが襲う。ふらりと足元が揺らぎ、冷や汗が止まらない。


「ビアンカ!」


 動悸が激しくなり呼吸が苦しくなる。スチュアートの声が次第に遠のき、意識が闇に沈み込んだ。




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