第33話 茶会
次の日、ビアンカはイレーネについて茶会の手伝いをする。公爵家の使用人達は、優秀なので、あまりすることはないが、何かやっていないと落ち着かない。
そんなおり、事実を知った後兄と秘密の部屋で話し合ったことをつらつらと思い出す。
「お兄様、あやまちはただすべきです」
ひとしきり泣いた後、ビアンカは怒りと恥ずかしさでいっぱいになった。ゴドフリーはサティアスの父ではなくビアンカの父なのだ。放っておいていいわけがない。
「僕は別に構わない。当主にはそれほど執着していないし、それにできれば、このまま勉強がしたい。学園を卒業したら、魔法院の専門課程に進もうと考えている。王宮に仕えて魔導の研究をしたいんだ」
熱くなるビアンカとは逆に、激することもなく兄は淡々と話す。
「そんな……ダメです。ここにはお兄様の出生を証明する書類もあるのですよね? その他にも、念のため当時の使用人を探しましょう。今いる使用人の中にも何らかの事情で口をつぐんでいる者がいるかもしれません。父のしたことを告発すべきです!」
「ビアンカ、落ちついて。あのような人でも育ててもらった恩はあるし、お前の父親だ。ことを荒立てたくない」
サティアスがきっぱりと言い切る。兄の意外な一面を見た気がした。いままで彼をことなかれ主義と感じたことはない。聞く聞かないに拘わらず、父に言うべきことはきちんと言ってきた人だ。それがいったいどうしたという言うのだろう。
「しかし、お父様に、このままケスラー家を任せたら、めちゃくちゃになってしまいます。それに私がスチュアート殿下と結婚したらもっと大変なことになりますよ! お兄様がっ!」
「それなら、大丈夫だ。殿下は女性にはだらしがないが、それなりに計算できる人だ。それにどうしても殿下が嫌だと言うのならば、何か方法を……」
兄が何かを言いかけたが、ビアンカはそれどころではなかった。父の所業がどうしても許せない。それにことを公にしたがらないサティアスにも納得できない。そして何よりも……。
「おかしいです。お兄様だけ犠牲になるだなんて」
サティアスが驚いたように目を瞠る。
「馬鹿なことを言うな。犠牲だなんて思っていない。それに、あやまちをただすとしても時期をみるべきだ。ビアンカ、頼むから、この件は僕に預けてくれないか?」
「絶対に嫌です!」
がんばったが、結局口でも兄にかなわなかった。ビアンカの方が言っていることは正しいはずなのに、兄に言い負かされてしまった。
その後、サティアスとこの件に関する話をできないまま、もやもやを抱え茶会の日を迎えた。何度か自室の衣装棚をずらして、兄の部屋に行こうと思ったが、複雑すぎてどこを通れば、兄の部屋につくのか分からない。
そういえば、サティアスはどうやってあのギミックを見つけたのだろう。偶然だろうか? 最悪通路で迷子になることも考えられるので諦めた。さすがにそこまで兄に迷惑をかけたくない。彼が本当の兄ではないということが思った以上に身にこたえた。
話の内容からして人目につくサロンでは出来ないし、何よりも忙しい長兄が捕まらない。ちらりとみかけるサティアスは少し疲れているようで心配だ。このまま彼に甘え続けてはいけない気がする。
♢
そして、茶会当日を迎えた。
ゲストが着く前、準備を手伝うビアンカのもとにサティアスがやってきた。
「ビアンカ、今日はジュリアンと一緒にいろ」
ビアンカが悶々としているのも知らずに長兄は、いつものように澄ましている。まさかここで話を蒸し返すわけにもいかず、ビアンカは大人しく頷いた。
「はい、わかりました。あの、殿下は来るんですよね?」
「有力候補だからな」
ビアンカは長兄の言葉にそっとため息を吐く。
「そういえば、ジュリアン兄様の婚約の話、どうなったのですか?」
ビアンカのそばについているという事は、婚約は上手く行かなかったのだろうか?
「もうちょっと選びたいらしい」
サティアスが少し呆れたように肩をすくめる。そういう彼の方もヘンリエッタとはどうなっているのだろう。
「ジュリアン兄様の方ではなく、サティアス兄様は、お相手はいないのですか?」
「僕はジュリアンのようにはもてないからね」
「また、そんな事言って」
そう言うと長兄は苦笑しながら去っていってしまった。なんとなく逃げられたような気がする。ヘンリエッタのことは触れられたくないのだろうか?
「随分、楽しそうだね」
声に振り向くと屈託なく微笑むジュリアンがいた。
「楽しくないですよ。サティアス兄様ったら、『僕はジュリアンのようにはもてないから』なんて言うんですよ。お相手もいないようだし、お父様のお手伝いばかりで心配です」
サティアスはこれからどうするつもりなのだろう。本当にこのままでよいのだろうか。ビアンカが困ったように眉尻を下げる。
「それ、冗談でしょ。あの人、もてないわけがないよ。ビアンカ本気にしたの? まあ、妹であるビアンカの耳には入りにくいだろうけれど。
それに僕は別にもてているわけじゃないよ。僕が将来引き継ぐ領地が人気なんだよ」
いつもと変わらぬ笑顔で言うジュリアンに、ビアンカの心がざわりと波打つ。
「引き継ぐ領地?」
「何も聞いていなんだね。相変わらずだな、兄上も。ぼくはケスラー家が持つ子爵領を継ぐことになっている。観光が主軸で風光明媚な場所だよ。小さな領地だし、僕でも務まりそうだ」
「え……」
ビアンカが呆然となる。
「ああ、サティアス兄様は?っていう顔だね。兄上はそんなこと気にしないよ。ビアンカはそんな事にも気づかないんだね」
次兄はにっこりと笑う。本当にサティアスは気にしていないのだろうか?
「ビアンカ、そんな顔しないで、ほら、殿下がご到着なされたよ」
おどけたようにジュリアンが言う。引っ掛かりを覚えたまま、ビアンカはゲストを迎えるためになんとか笑みを取り繕った。
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