1-34 VS バンジック

 蔑称を吐き出した斉藤は、動かないライハーゴを見据えながら、鼻から息を吐く。


「――クソ、しかたねぇ。作戦変更だ」


 八百長が成立しない可能性も、考えなかったわけではない。だからこそ練習試合を組んで、勝てそうな実力かを見定めた。実力を隠すなんて姑息な真似をしてきたら、そのときは試合当日に有利になるようボコボコにしてやる計画でいた。最底辺のヴァンパイア王国でまともな整備ができるわけもなく、誓道の精神もへし折れる。

 後者は上手くいかなかったようだが、前者は達成している。その証拠に、ライハーゴの筋肉量は練習試合のときより減っているように見えた。

 100%、勝てる。

 斉藤はスティックを操作しフットペダルを踏む。軽快なステップでライハーゴの周囲を飛び回りながら相手を翻弄する。


『バンジックが脚部に集中させた人工筋肉で高速移動を開始! これにはライハーゴもついていけない!』


 実況通り、ライハーゴは構えたまま突っ立っている。練習試合と違って棒立ちだ。


「さっさと終わらせてやるよバカ道ぃ。二人とも後悔しながら死ねや……!」


 抱き心地の良さそうな女子高生を掴まえられなかったのは残念だが、今となってはむしろ惨めに死んでもらうほうが清々する。ヴァンパイア王国の崩壊と共にどこかで野垂れ死ねばいい。

 計画自体も軌道修正できる。二回戦の相手には既に弱体化の裏工作をしかけている。三回戦の相手は、順当に行けばイエリナだ。八百長で勝利して約束通りイエリナを接収し、無線通信技術を手に入れる。次の四回戦はシード権を持つエルフ王国の準優勝者が相手なので、そこは敗北するだろう。だが、決闘士自分が接収されることはまずない。あの国はいま人材が豊富で召喚の儀式も独占しているから、自国で保有していないタイプの祭器を間違いなく取りに来る。

 祭器一体と引き換えにはなるが、必要な人材と無線通信が手に入る。そして転移者のネットワークを構築すれば、ベリル王も認めざるを得なくなるはずだ。決闘士ではなく、軍師として傍に置くべき人材だと。


「生き残るのは俺だっ!」


 ライハーゴの背後を取ったバンジックはジャブを繰り出す。振り向いたライハーゴの胴体に拳が叩き込まれる。濡れ羽色の機体は無様に態勢を崩した。


「あのときの俺が本気だったと思うなよ?」


 練習試合に本気を出す馬鹿はいない。ある程度セーブしていたに決まっている。バンジックの戦法は、もう一段上がある。

 何とかついていけたと思っているなら、大間違いだ。


「死ねっ!」


 バンジックが距離を詰めてライハーゴに拳を放った。

 よろけたライハーゴは回避出来ない。

 攻撃は当たった。

 ――相手の拳に。

 ライハーゴが繰り出した拳に防がれ、ジャブの威力は相殺された。

 続く二撃目、三撃目も相手の攻撃によって防がれる。


「なっ――」


 瞠目した斉藤の視界に黒い塊が映る。

 慌てて緊急回避。バンジックの頭をかするように蹴りが通り過ぎる。

 斎藤はライハーゴから離れ、高速移動しながら相手を観察する。ライハーゴはさっきと同じで棒立ちだ。こちらの動きを追いかけている素振りはない。


(まぐれに決まってる……!)


 過る不安を振り切り、斎藤はフットペダルを踏む。

 バンジックは真正面からライハーゴへ接近。相手には動きが丸見えだが、それでいい。フェイントだ。

 予想通りライハーゴが迎撃の体勢に入った。バンジックは相手が攻撃を放つ寸前に真横に逃げ、着地と同時に跳び蹴りを放つ。

 高速移動からの全力飛び蹴りはまだ披露していない。回避できるはずがない。

 ――のに、ライハーゴと目が合った。

 バンジックの全力の跳び蹴りが、ライハーゴの放った上段蹴りによって防御された。

 背部ユニットの中がビリビリと揺れ、空中に浮いている状態だったバンジックは後方に弾かれた。

 闘技場の広場を一度バウンドし、着地する。バンジックはそのまま動かなかった。斎藤自身が、驚きのあまり操縦できなかった。


『おおっとぉ! ライハーゴまさに攻防一体! 攻撃を攻撃で返すとは何という精密な操縦でしょうか! 相手の動きを完全に捉えないとできない芸当です! にゃ!』


 聞こえてきた実況の声に、斎藤は奥歯を噛みしめる。

 その通りだった。相手に動きを読まれている。まぐれや直感で防がれたわけではない。

 なぜなら、だ。

 脚部に80%以上の人工筋肉を集中させたバンジックの飛び蹴りに対抗するには、相手も相応に人工筋肉を集中させておく必要がある。でないとパワーで競り負ける。

 つまりライハーゴの操縦者は、跳び蹴りが来ることを完璧に予測し、それに対応してみせた。


(あのギャルが……? んな馬鹿なことがあるか……!)


 不意に、練習試合の終盤の光景が蘇る。あのときもライハーゴは驚く反応を見せた。

 ほんの数分のことだったのでまぐれだと思っていたが、まさか真の実力を隠していたというのか。いや、だったら本番で不利になるほどダメージを受けるとは思えない。もっとうまく立ち回れたはず。

 斎藤は苛立ち混じりに頭を振る。相手を翻弄するはずが、こちらがかき乱されているではないか。


(面倒だが、じわじわと削るか)


 時間をかけて追いつめた方が良さそうだ。一撃で葬れないと言っても、相手こそ有効打を与えられていない。有利なのはまだこちら。

 余裕を取り戻しかけた斎藤は、次に眉をひそめた。

 ライハーゴが中腰になり、攻撃の構えを取っていた。

 左手を前に出し、右手を後ろに引いた。まるでだ。

 二機の距離は空いている。届くわけがない。

 なのに、ライハーゴはその場で正拳突きを放った。

 瞬間、


「っ!?」


 濡れ羽色の右手が、


 ***


「音ぉ?」


 ライハーゴを格納している城の倉庫に、奈月の驚きの声が響いた。

 背部ユニットの前部座席では誓道が座り、両手の人差し指でポチポチと、辿々しい手つきでコンソールをいじっている。奈月は後部座席に座ってその様子を覗き込んでいた。中に籠もっていると熱いので、背部ユニットの扉は全開にしている。


「そうです。エルフ王国では、初心者のうちはコマンドを覚えられるように、ボタンを押したとき音が鳴る設定にしてました。それでボタンの違いや押す順番を覚えてたんです。ライハーゴは設定がオフになっているみたいなので、それをオンにします」


 解せぬ顔の奈月に見守られながらコンソールをいじっていると、それっぽい表記を見つけた。ジェンロアに搭乗していたときと同じ画面だ。試しに設定してみる。

 それから誓道は、待機状態のままスティックのボタンを一つ押してみた。

 テン、と妙な電子音が鳴る――成功だ。

 誓道は他のボタンについても設定していく。幸いなことに音の種類は豊富だったので、わかりやすい音をそれぞれつけることができた。


「さっき説明した通り、言葉でコマンドを伝えるのはやっぱり操縦ミスに繋がるし、無意識に忘れたりすると思うんです。なので言葉を使わない意思伝達方法に変更します。ボタンを打つときの音が鳴る順番と数で、ライハーゴにどのコマンドを伝えたか俺が把握できるようになる。これなら合図に頼らなくて済む。ね?」

「ね? って、誓っち……それ、ボタンの音だけで判断するってことでしょ? 格ゲーの必殺技を音だけで言い当てるようなもんなんだよ?」

「そう、ですね」


 振り返ると、奈月が困惑に眉根を寄せていた。いつも笑顔を絶やさない彼女がこうまで表情を曇らせるのだから、よっぽど無茶なことを言っているのだろう。


「ほんとに、できるの?」

「……やるしかない。これから一週間かけて暗記します。食事や寝る時間を削ってでも、覚えます」

「でも……!」


 奈月は何か言いたげだが、ぐっと堪えていた。

 無理だろうと何だろうと、生きるために必要なことをやりきる。悔いを残さないように――互いにそう納得したばかりだ。

 まだできることがあるなら、それを止める理由はない。奈月自身もよくわかっているからこそ、言葉を止めたのだろう。


「奈月さんが戦いに集中できるよう、俺はあなたを全力でサポートする。それがパートナーだと、思うので」


 恥ずかしかったが、無理して笑いかける。

 本当は自信なんて無い。スティック一つにつきボタンは五個。二つのスティックなら十個。組み合わせたコマンドパターンは、それこそ膨大な数がある。それを聴覚だけで聞き取らないといけない。しかも許された時間は一週間だけ。

 それでも、誓道は諦めるつもりなどなかった。

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