1-19 二人で考えれば何とかなる

「どうしよう……どうしよう……」


 奈月の部屋に戻った誓道は、腕組みしながら部屋をうろうろと歩き回る。色々と考えを巡らせてみるが、妙案は浮かんでくることはない。エルフ王国で見聞きした経験はあくまで決闘士という範囲で得たもので、整備と補給という面では圧倒的に情報が不足していた。


「まーまー、落ち着きなって」


 ベットであぐらをかいた奈月がひらひらと手を振る。


「ブラっちあんな感じだからさ。ほんとサイアクだけど、無理なもんは無理なんだよ」


 誓道は立ち止まり、ベットの奈月に振り返る。さっきまで不機嫌そうにしていた彼女は普通に戻っていた。


「……もう怒ってないんですか?」

「そういうわけじゃないよ。マジダルいし。でもどうにもなんないんだって、相手があのブラッちじゃ。そんな奴のためにこっちがずっとイライラしてんの、損じゃない?」


 その意見はとても大人な考えに聞こえた。


「すごいですね、奈月さん。俺より年下なのに」

「えっ! そう!? すごいかなぁ?」


 奈月はにへへと笑って照れる。その様子からして、根が楽観的で深く考えていないだけかもしれない。

 だが、彼女の言う通りだ。焦っていたって何も解決しない。深呼吸して、逸る気持ちを抑える。


「正直、状況は悪いです。このままじゃライハーゴは決闘祭に出る前にエネルギー切れになるかもしれない。なんとかブラド王に動いてもらう方法はないでしょうか」

「無理じゃーん? あの王様が言うこと聞くと思う?」

「……ですよね」


 溜息を吐いてうなだれた誓道は、奈月がこちらを見てニコニコしていることに気づく。


「あの、なにか?」

「あ、ごめんね。一緒に怒ってくれたり話を聞いてくれる人が居るのは嬉しいなって思って。ずっと一人だったからさ。今だって誓っちがいなかったら不貞寝してたよ」


 奈月は腕組みしてうんうんと頷く。


「状況悪いって言うけどさ、実はそうでもなくない? あたしは一人じゃない。誓っちも一人じゃない。それに誓っちはエルフ王国での経験もある。二人で考えれば何か思いつくって、きっと」

「……ですかね」

「ですよ-!」


 奈月が明るく答える。その言葉に、少しだけ安堵している自分がいた。

 考え方は詭弁のようでも、奈月の言うことは理解できる。きっと自分一人だったら、絶望して動けなかった。誰かが居てくれる、聞いてくれる、考えてくれる。それがとても頼もしくて支えになることを、捨てられた今だからこそ実感する。

 考えてみれば彼女も一度は捨てられた身だ。こんな自分でもありがたがってくれるのだから、運が良い。


「とりま、うだうだ悩んでてもしょうがないし。やることやろっか」

「というと?」

「忘れたの? 誓っちの部屋を作ろうって言ってたじゃん」


 「あっ」誓道はぽんと手を打つ。すると奈月が意地悪そうに笑った。


「あー、もしかして忘れたふりしてまたあたしの部屋で寝ようとした?」

「っ!? ちちちっ違います! ほんとに忘れてて!」

「どーかなぁ。まぁ今度は義理とかないから、甘いこと言わないけどね」


 奈月はニヤニヤしながら靴を履いて部屋を出て行く。「誤解です!」誓道は弁解しながら慌てて後を追った。


***


 奈月の証言通り、城の中に住める部屋はなかった。部屋という部屋に大きな風穴が空いている。天井や床は剥がれ、どこかから漏れたであろう雨水が壁をつたい、床は変形して平行を保てず、ネズミみたいなよくわからない生物が我が物顔で走り回っている。外見はまだ城としての威厳を保っているが、内部は崩壊一歩手前だ。

 その有り様を見て正直、奈月の提案を断らなくて良かったと心底感じていた。


「うーん、やっぱここかな」


 奈月と歩き回って、結果的に候補に残った部屋は一つだけだった。その部屋は水漏れはなく、床も盛り上がったり凹んだりしていない。ある程度の汚れはあるが許容範囲だ。

 唯一にして大きな問題があるとすれば、部屋の四隅の一角に巨大な穴が空いて外から丸見えなこと、だった。


「あたしが今の部屋の次に良さそうって思ったとこなんだけど」

「穴、空いてますね」

「そーなんだよねー」


 部屋に入った奈月は天井を見上げる。穴からは綺麗な青空が覗いていた。角部屋になっているので隣に構造物がなく、外界と直に接している。


「ここ以外は綺麗だからさ、何とかなるかなって思ったんだけど。雨降ったら凄いことになるじゃん?」


 奈月の隣に立って穴を見上げていた誓道も頷く。「でしょうね」


「だから今の部屋に決めたんだけど……ごめん、やっぱここしかないっぽい」

「いえ。大丈夫です」


 誓道は苦笑いして手をかざした。自分の掌を元に、穴の大きさを推測する。


「なんとか補修できそうな大きさっぽいし」

「あーね! あたし一人じゃめんどくてできなかったけど手伝うから!」


 「やっぱり二人いると違うわ」と感慨深く言った奈月は、それから城の外にある木材や藁が置いてある場所に連れて行ってくれた。というか、単なる廃材置き場のようだった。城内が壊れた際に出てきた木材や煉瓦などを運び出した形跡がある。

 さすがにブラド王が木材を運んでいる絵面は想像できない。きっと以前、城に住んでいた誰かの仕業だろう。しかしこの城には今、誰も居ない。王だけが居て、従者が誰も居ないのはおかしい。

 何より、ここまで自分たち以外の転移者の気配がないことも妙ではあった。人間が召喚されれば選抜会が開かれ、各国が転移者を獲得しに来る。そうしなければ決闘士を補充できない。窮地に立たされているヴァンパイア王国にとっては死活問題だ。ということは、従者が居なくても転移者が居るという状況は起こり得る。

 なのに、誰も居ない。

 そもそも、ライハーゴが最後の祭器ということは、それ以前に別の祭器が合ったことを示している。その祭器は、前の大会で奪われたのだろうか。だったら転移者は残っているはず。逆の話だったら、残った祭器を使えばいいのでライハーゴに頼る必要はない。

 まさかとは思うが、ブラド王は選抜会にすら出ていないのだろうか? 確かに自分のときは居なかったが、それは単なる自殺行為だ。国がどうでもいいなら話は別だが、決闘祭に出ろと命令してきたことの辻褄が合わない。後で奈月を引き取りに来ていることも説明がつかない。

 従者どころか国民も居ない状態。転移者を引き取ってきた経緯があるのか、ではその人間達はどこにいったのか。あまりにもこの国は謎が深すぎる。

 ――などと考えながらせっせと使えそうな材料を城の中に運んでいると、既に日が傾き始めていた。部屋の穴から覗く空模様を見て、奈月が「あっ」と慌てたように言う。


「やっべ、薪を取ってこなきゃ」

「薪?」

「調理するのに火使うじゃん? ここ電気もガスもないから、暖炉使ってんの。だから燃やせる枝とか集めて来ててさ」

「でも、木材ならここに」


 誓道は部屋に置いた、使えそうな廃材をチラと見る。


「誓っちキャンプとかしたことない? そういうのって火の付き具合が悪いんだよ。細かく折れる枝や乾燥した葉っぱがいいの。藁はすぐ燃えるけど、木と違って長くは燃えないからコスパ悪い」


 彼女の口からつらつらと出てくる知識、というか知恵に、誓道は感心した。こっちにきて三ヶ月経過しているとはいえ、普通にこの環境に順応し工夫できている。そういえば調理も普通にこなしていた。

 ギャルの容姿から文明機器に頼り切りなイメージがあったが、生活力はかなり高いようだ。


「ってことであーしは森に行ってくんね。夜になると魔獣ってやばいのがウヨウヨ出てくるらしいから、日が昇ってるうちに行かないと」


 「魔獣……」誓道はゴクリと唾を飲み込む。そういえば夜の森も何かの動物の鳴き声や気配があった。この世界には確かに、本能で生きる獰猛な獣がたくさんいる。


「そういうことなら俺も手伝います」


 夜ではないとはいえ、奈月を一人で行かせるのは心配だった。


「誓っちはベットの準備してなよ。ほんとに今夜寝る場所なくなるよ?」


 ジト目で見られる。もしかして、これを言い訳に部屋に転がり込もうとしてる、と邪推されてしまったのだろうか。


「二人で集めた方が早く終われますから!」


 咄嗟に弁解する。そう考えたのも本当だ。

 「そーお?」誓道の言葉を受け、奈月は人差し指を顎に当てて考える。


「んー、じゃあ二人で行こっか。誓っちに薪を集めてもらうこともあるかもだしね」

「よろしくお願いします!」

「はーい。じゃあついてきて」


 疑いが晴れたことで誓道はホッとしつつ、彼女の後をついていく。同時に、どこか不思議な気分だった。

 日本で過ごしていた頃は、こんな雑用を押し付けられる立場だった。彼女みたいに、一緒にやろうと手伝ってくれる人は居なかった。

 決闘士の片割れとして必要な存在だから対等に扱ってくれている、と言えば終わりかもしれない。だとしたら、エルフ王国みたいに、化けの皮が剥がれて使えないと烙印を押されとき、奈月の扱いは変わってしまうのだろうか。

 そんなことを想像してしまう自分が嫌で、誓道は頭を振って考えないようにした。


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