1-20 一縷の望み
森の中は人の手が入っていない、まさに天然の領域だった。舗装された場所はおろか、通りやすいように管理された場所はどこにもない。
ただし、獣が歩いたような箇所は草が踏まれていて足場にはなっている。俗に言う獣道だったが、それでも枝や雑草が無造作に伸びていて、歩きやすくはない。
そんな獣道を、奈月は躊躇なく入っていく。
「結構この森に入ってるんですか?」
「んー。まぁまぁ? 薪を拾うくらいだから、そんな深くまではいかないよ」
先導する奈月は辺りをキョロキョロと見回し、慎重に進む。なにか居ないか確かめているようだ。
「やっぱり、そこら辺に魔獣が居るんでしょうか」
誓道がすぐ背後にまで近づくと、奈月が吹き出す。
「あはは、ビビらせちゃった?」
「い、いえ、そういうのではなく」
もし魔獣が現れたら奈月を庇うつもりだった、という気持ちがあったのだが、そんなことは格好つけているようで言えない。
「怖いなら手でも繋いでく?」
「えっ」
「うっそー。誓っちって騙されやすいよね~かわいいー」
誓道は赤面して黙り込む。からかわれたこともそうだが、かわいいと言われたことも恥ずかしい。
「まぁ大丈夫っしょ。襲われたことないし」奈月は目の前に落ちていた枝を拾いながら言う。屈んだ際、制服のスカート丈が短くて危うく下着が見えそうになっていた。
「で、でも、昼間に来ないとも限らないし」
誓道は慌てて視線を逸らし、ふと気づく。
「――日が昇ってるうちは来ないって、誰かから教えてもらったんですか?」
夜は魔獣がウヨウヨ出てくるらしいと彼女は言っていた。その言い方は、自分で確かめた故の発言ではないだろう。
「それね。マリアちゃんが教えてくれたんだ」
その名前がピンと来ない。誰だ。
誓道は少し考え込み、ブラド王の后の名前だったことを思い出す。
「マ……お后様って喋れる人なんですか」
「あはは、そう思うよね。マリアちゃんずっと黙ってお人形みたいだもんね」
奈月は、拾った枝で周りの茂みを押しのけながら笑う。
「なんか夕方くらいに森の近くに居たらさ、いきなり声かけられて。夜は魔獣が出るから城に戻りなさいって言われたんだ。そんで危険なんだーって知って」
「忠告、でしょうか。奈月さんのこと気遣ってとか?」
「どーなんだろ。ぶっちゃけマリアちゃんと喋ったのその一回だけだし。あとなんか変だったんだよね。話しかけられてるんだけど上の空?っていうか。しかもあたしのことミュレットとか別の名前で呼ぶの」
「ミュレット……?」
「最初あたしのこと言ってるって全然気づかなかったよ」
それはそうだ。中村奈月なのだから、どこも合っていない。
「誰かと間違えたんでしょうか」
「どーなんだろね」
奈月はガサガサと枝を探して歩く。そこで会話は途切れて、誓道もしばらくは黙って乾燥している細い枝を拾い集めた。正直気になるが、この国の謎は考えだしたらキリがない。あまり深追いすると、ライハーゴの問題を後回しにしかねない。
「ふー、こんなもんかな」
枝を抱えた奈月が息を吐く。誓道も、それなりに枝を集めていた。
「十分でしょうか」
「うん。良い感じ。やっぱ二人だと早いね」
頷いた奈月は、自分の抱えている枝をじっと見つめ、ぽつりと呟いた。「落ちてるといいのにね」
「落ちて……?」
「うん。
「ドワーフ共和国でのみ生産できるって聞いてます。原料とかも秘密らしくて」
「じゃー無理かー。勝手に取ってったら盗みだもんね」
奈月が残念そうに言ったそのとき、誓道の頭で閃きが起こった。
盗む――その手があった。
「あの、奈月さん。決闘祭のルールって覚えてますか?」
「んぇ?」帰ろうとしていた奈月は、誓道の言葉に振り返る。
「ルール? ってなんだっけ?」
「勝利した側の報奨のことです」
「あーはいはい。確か、勝った方の国は相手の決闘士か、祭器のどっちかが貰えるんだよね?」
誓道は頷き、奈月の隣に並んだ。
「つまり、俺達が勝てば相手国の祭器を手に入れることができます。その祭器に充填されている人工筋肉をライハーゴに移せば、人工筋肉が足りない問題は解決できます」
奈月は目を丸くしてぱちくりと瞬きする。
「移す? できんのそんなこと?」
「できるはずです。人工筋肉は車にとってのガソリンって言いましたよね。他の車に入っているガソリンを自分の車に移すように、祭器同士でも可能なはず」
もちろん根拠はある。エルフ王国では実際に見たわけではないが、応急処置として祭器同士の人工筋肉の受け渡し方法があると、源四郎から聞いたことがあった。
「推奨はされてないと思うけど、無理じゃない」
これしかないと思った。ブラド王に頼らなくても、ライハーゴの燃料切れ問題が回避できる。
「――そ、それだぁ!」
菜月が声を上げて誓道を指差す。そのはずみで彼女が持っていた枝が地面に落ちた。
誓道は慌ててしゃがんで枝を拾う。と、その手を、同じくしゃがんだ奈月が握った。
「すごいよ誓っち! マジで解決策じゃん! てかそれしかない!」
ぶんぶんと誓道の手を振った奈月は、しかしすぐに腕を止める。「――ん?」
「でも待って。それって勝たなきゃいけないってことじゃん?」
「はい、そうです」
「じゃあ一回戦は補充なしにならない?」
鋭い指摘だ。しかし誓道も気づかなかったわけではない。
「補充はできません。でも一回戦なら何とか保つはずです。今が五十パーセント程度なので、たぶん」
「あ、そっか。よかった」
奈月はホッとしていたが、誓道は続けた。「ただし」
「僕らは練習でもライハーゴを稼働させているので、人工筋肉はじりじり目減りしていくはずです。なのであまり動かしすぎると、大会用のエネルギーが足りなくなる」
「えっ、じゃあ練習しないほうがいいの?」
「それだと実力はつかないので……ぶっつけ本番も怖いですし。なのでギリギリ残るくらいに計算して、大会に臨むしかないかなと」
途端、奈月は眉根を寄せて「計算……」と悩ましげに呟く。
「あたしさ、計算って大の苦手なんですけど。数学マジ無理」
「ええと、じゃあそこは俺が担当しますから。大会までの日数と減少量を計算すれば、一日の練習時間とか割り出せると思うし」
「マジで!? そんなんできるのすごくない!? 誓っちって理系!?」
「一応、ですけど」
「あ~っぽいわ」ジロジロ見られて頷かれる。理系っぽい顔なのだろうか。
「でもすっごい助かる。なんかさ、希望が見えてきたね!」
「ま、まだ、どうなるかわかりませんけど」
「どうなるかわかんないの当たり前じゃん? だったら良い方に転がるって考えようよ」
「ね?」と笑顔を向けられ、誓道は曖昧に頷く。
「よーし、そんじゃ早くベット作って、明日から頑張ろう!」
薪を拾い直した奈月が意気揚々と城に戻っていく。その後を追いながら、誓道は今後のことを考える。奈月はこの作戦の問題に気づいていないようだが、立案者の誓道はよく理解していた。
この状態で一回戦を勝つには、少ない人工筋肉量でも勝てる相手と当たるかどうか、が重要だ。
聞くところによると、決闘祭はトーナメント式になっていて、どの国と当たるかは抽選で決められる。まだトーナメントの発表はされていないから、一回戦の相手国がどこかは分からない。
(エルフ王国と当たったら、絶望的だな……)
正直今の自分達にとってはどの国も強敵だが、エルフ王国に所属する決闘士はレベルが違う。当たればまず勝ち目はない。
相手を選べない状況は不安要素が多いが、もう運に頼るしかない。
この先への不安を抱えながら、誓道は置いていかれないよう早歩きで進んでいく。
その後、誓道の部屋もある程度の形が整い、晴れて自室ができあがる。ぽっかり空いた穴は手頃な布で塞いだだけなので雨はまるで防げないが、そこに目をつむればそれなりに快適だった。
そして、誓道と奈月の本格的な特訓が始まる。
二人乗りの操縦に一刻も早く慣れなれること。それでいて、練習のしすぎて本番中にエネルギー切れにならないよう、決められた訓練時間を遵守する。それが、二人が出した方針だった。
もちろん操縦を行わない時間も訓練に費やした。誓道は奈月が記録していた、コマンドと発動モーションの動きを暗記した。覚えた後は、奈月の掛け声と共にすぐ該当部位を動かせるよう彼女と共にイメージトレーニングを繰り返す。奈月も奈月で、掛け声と共に正確にボタン操作ができるよう、枝で作った疑似操縦桿で練習した。
毎日毎日、逃亡防止のために挑んでくるゴーレムを練習台にしながら、二人は複座型の操縦を身体に叩き込んでいく。
そうして、決闘祭の開催が一週間と少しに迫った頃。
誓道と奈月はブラド王から呼び出され、決闘祭の組み合わせが決まったと告げられた。
ヴァンパイア王国の初戦の相手は――オーク王国だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます