1-21 ケットシー王国で食料調達
賑やか――そんな言葉がよく似合う光景だった。
巨大な国の領地を真っ直ぐ突っ切るような大通りの左右には、様々な露店が並んでいる。元の世界では見たこともないような肉や野菜や果物が店先に広げられたり吊されていて、誓道は目を奪われながら歩いていた。
「……まさかこんな、市場があるなんて」
「ねー? なんか綺麗で面白いでしょ?」
隣で歩く奈月はどこか自慢気だ。エルフ王国で色々学んでいた誓道でも知らないことを先に知っていたことが、単純に嬉しいようだった。
誓道は今日、奈月に連れられてヴァンパイア王国の隣の国――「ケットシー国」に買い出しに来ている。
ケットシーとは、ようは猫の獣人だ。確かにそこかしこに二足歩行の猫達が闊歩している。三毛猫だったりキジトラだったり黒ぶち猫だったりが会話している姿は、どこか愛嬌があった。
森と城だけしかないヴァンパイア王国とはまるで景色が違う。エルフ王国とも様相が違う。あの国は栄えていて綺麗だったが、静謐という言葉がよく当てはまる国だった。対するケットシー国は、綺麗さや整然ではエルフ王国に劣るものの、活気という面では上回っている。上流街と下町くらいの違い、といえばわかりやすいだろうか。
だからこそ余計に、自分たちが場違いな気がしてくる。
「あの、本当に大丈夫なんでしょうか。他国に、転移者が踏み込んで」
今日ケットシーに来た理由は、食材の買い出しのためだ。ヴァンパイア王国は見ての通り領民がおらず、生産物が何もない。ヴァンパイアの二人は頻繁に食事をする必要がないらしく、調達という頭がない。ちなみに彼と彼女の
なので転移者である自分たちの食材は自国では入手できない。どうするのか聞いたところ、奈月はケットシー国で調達していると言った。そこでなんとかしろとブラド王が言ったらしい。
だが、誓道にとっては理解に苦しむ話だった。
「だいじょーぶだって、心配性だね誓っち。あたし何度も来てるけど、ヤバいことなんてなかったよ?」
奈月は大手を振って往来を闊歩している。対する誓道は縮こまってキョロキョロと当たりを見回しながら歩いていく。どこかで自分たちを監視していたり、排除しようと企む輩がいないか気になってしょうがない。
だが、街を歩くケットシー達は、まるで誓道達に興味がない様子だった。しかも街に居るのは猫の獣人だけではない。腕に羽根を生やしたハーピー、二足歩行するトカゲのリザードマン、木に手足が生えたようなグリーンマン、石の体を持つトロル達が平然と、ケットシー達と会話している。
他種族の交流を容認する国、それがケットシー国の特徴だというが、まさにその通りだった。
(客なら転移者でも問題ないって、ほんとなんだな……)
奈月曰く、ケットシー達は誰もが商売が好きな種族なのだという。自分たちで何かを売買することに喜びを見出すため、国民のほとんどが商人だ。そのため交易が盛んで、商売に関することであれば他種族も入ることができる。さすがに住むことまではできないそうだが、それでもエルフ王国で培った常識からすれば驚嘆だった。
「それにさ、人も結構見かけたことあるんだ、あたし」
「え、転移者を?」
周りを観察していた誓道は、思わず振り返る。
「たぶん飼い主の人たちに同行してたのかなーあれは。窮屈そうだったけど、なんか買い物を手伝わされてたよ。ま、さすがにあたしみたいに一人なのは見かけなかったなーあはは」
奈月は笑い飛ばしているが、誓道は半笑いだった。正直そんな軽い話ではない。
転移者は奴隷で、対等に話すことも自由に歩き回ることも許されない。奈月が見かけたという人たちの境遇のほうが、この世界では当たり前だ。こうして転移者だけで出歩くのは、逃亡の可能性をみすみす見逃すことになる。
だからこそ、こうして出歩けていることに疑問を持つ。なにせブラド王は、逃亡防止のためにゴーレムを作ってけしかけている。訓練中は駄目で買い出しは許せるなんて矛盾にも程がある。ついていくのが億劫とか領地でしかゴーレムが作れないなんて理由があるにせよ、言っていることとやっていることが真逆だ。
(……やっぱり、ブラド王は俺達の練習台になってくれてるのか?)
薄っすらと考えていた可能性に真実味が出てくる。あの王は口では辛辣なことを言っておきながら、自分たちに協力しようとする意思があるのかもしれない。
ならばなぜ、人工筋肉の補充には動いてくれないのか。表立って協力する姿勢を見せないのか。あまりにも思考が読めない。
「あ、ヒーポンのとこやってるじゃん」
奈月が店を指を差したことで、誓道の思考は途切れる。
黒猫が切り盛りしている露店で、色とりどりの果実が置いてあった。
「ちょっと寄るね。あそこの美味しいんだ」
奈月が駆け足で露店に寄っていく。この様子だとブラド王の態度にはまるで気づいていないだろうな、と誓道は密かに思いつつ、彼女の後を追う。
「やっほーヒーポン。久しぶりじゃん。なにしてたん?」
「よぉ、ナツじゃねーか。まーたてめー一人か。ニャ」
応対した黒猫は前足、もとい右手を軽く挙げる。まさに二足歩行する猫なのだが、あまりにも人間ぽい挙動で、しかも声がオッサンだ。
「一人じゃないよ。相方も一緒だから」
誓道はぐいと奈月に引っ張られる。黒猫の金色の目が誓道に向けられた。
「誓っちって言うんだ。一緒に祭器に乗るんだよ」
「へ、二人でか? ニャ」
値踏みされるような視線に、誓道は萎縮しながらぺこりと頭を下げる。
「おめーがいるのってヴァンパイア王国だろ。二人も転移者取れるのか? ニャ」
「誓っちはちょっと訳ありで、ウチに遅れて来たんだ」
「ふーん」
黒猫のヒーポンとやらは曖昧に返事をして前足、もとい右手で長いヒゲを撫でる。
「まぁオイラにゃどうでもいいことよ、お前ら転移者のことなんざな。あぁ、決闘祭は歓迎するぜ、出張販売が潤うからな。お前らも生きて客になってるうちは歓迎するぜ。短い時間だろうがな。ニャ」
「まーたそういう冷たいこと言う。あたしら死なないからね?」
「ヴァンパイア王国に拾われた時点でたかが知れるっちゅうもんだ。向こう見ずだよおめーはよ。だが、オイラは暗い奴と回りくどい奴が嫌いだ。じめじめ泣き言吐くよりよっぽどいい面してる。だからオイラはおめーにも新鮮な果物を出してやろう。ニャ」
「おっ、いまあたし褒められてる? やっぱヒーポンわかる猫だよね好き~」
「猫? オイラはケットシーだが」
「うんうんわかってるって。そいでどこほっつき歩いてたのさ」
「西の海岸沿いが暴風竜のせいで壊滅しちまってな。北の仕入れルートもヒュドラが毒吐いて通行止めになっちまったから、入荷がなかったんだよ。それも大体片付いたんで、久々に店開いてる。どうだ、これなんかいいぞ。今が旬だ。ニャ」
「マジ~? 前に買ったのとどう違うん?」
「なんだおめー果物の種類もわかんねぇのか。まぁ転移者だから仕方ねぇな。ニャ」
誓道は唖然としながら奈月とヒーポンの会話を眺めた。現地人と普通に喋っている。これが日本のギャルの実力なのか。
というか、奈月が凄いのかもしれない。ヒーポンは、別に転移者に同情的なわけじゃない。どうせすぐ死ぬと言い放つくらい淡白だ。それでも奈月は、ケロッといなしてみせる清々しさというか、メンタルの強さがある。だからヒーポンは一目置いているのだろう。まさに彼女の人徳だ。
「えー! 高いじゃん! もっとまけてよ!」
「人の話を聞いてたのかよおめーは。手に入りにくいつってんだろ。ニャ」
「そこをウチらのよしみで! ね?」
奈月がウインクするが、ケットシーに色仕掛けは通用しない。黒猫は鷹揚に首を振る。それでもめげない奈月は値引き交渉を重ねた。こんな転移者ほかに居ないだろうな、と誓道は苦笑いする。しかし転移者であっても優劣をつけないケットシーも大胆というか、商魂たくましい猫、いや種族だ。
誓道は、交渉が長引きそうだったので少し離れたところに移動する。ぼんやりと眺めた大通りは本当に多種多様な種属が歩いていた。がやがやと騒々しくて活気がある。
(この国に流れ着いたら、どうなってたかな)
ふとそんなことを思う。ヴァンパイア王国の隣だから、少し方向が違っていればケットシー国に流れ着いていてもおかしくなかった。
もしケットシー国に迷い込んでいたら、この猫の獣人達の寛容さから、色々と世話を焼いてくれただろうか。エルフともヴァンパイアとも違って、まともな待遇になれただろうか。
(――いや、そんなことは、あり得ない)
ケットシーが求めているのは「客」だ。通貨を持っていない状態でふらっと現れたところで、今の奈月のように相手をしてくれた可能性は低い。決闘士として使い物にならなかった自分が、損益を重要視するであろうケットシー達のお眼鏡に叶うこともない。
だとすれば、結果はきっと野垂れ死にだ。この視界の中に、自由に動いている転移者が自分たち以外に居ないこともそれを裏付けている。引き取られた彼ら彼女らは、今もこの国のどこかで隔離され、ただ特訓だけを続けている。それだけが必要で、それ以外は求められていない。
誓道は、ヒーポンと笑いながら話している奈月の横顔を見る。
もしかすると、彼女と出会うことだけが生き残る唯一の道だったのかもしれない。
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