1-22 オークの王の暴虐
(……まぁ、首の皮一枚ってところだけど)
苦笑いする。決闘祭までの時間稼ぎをしているだけ、なんてことにならないことを心中で祈る。
ズシン、と地響きがあった。
ハッとした誓道は、音のあった方向を見る。街の入口当たりだ。立ち止まる人がいて少し騒がしい。誓道は目を細めて確認する。
(あれって……!)
入口の門の辺りに、巨人が立っている。
8メートルから10メートルほどの、ラバースーツに鎧を装着したような姿のそれは――祭器だ。
しかも見たことのないタイプだった。淡いグリーンの色とイノシシに似た仮面を装着している。あんな見た目の祭器は、エルフ王国では稼働していなかった。となると自分が知らない機種で、エルフ王国以外の国の所有物か。
いや、問題はそこではない。なぜこんな街の往来に祭器が居るのか。
「ねー聞いて聞いてヒーポン最後には折れさせたよ――って、あれ祭器?」
いつの間にか隣に来ていた奈月が、手を額の上にかざして一緒の方向を眺める。
街の入口の方は、祭器が歩いてきたからか土埃が立ちこめていた。直立不動だった祭器は、ゆっくりと膝立ちになっていく。背部ユニットの扉が開き、誰かが出てくるのが見えた。しかし遠目では顔まで見えない。せいぜいが男であることくらいだ。
(誰が乗ってきたんだ?)
「あれ? 操縦してんの誓っちと一緒に居た人じゃね?」
誓道はギョッとして振り返る。
「一緒にって……ていうか、ここから見えるんですか!?」
「うん。あたし視力はすっごい良いんだよね~」
奈月が得意げにピースサインした。視力が良いとかいうレベルを超えている距離のように思うのだが。
いや、いま気にするべきところはそこではない。
「一緒にいたってどういうことですか」
「あーほら、あたしらがこっちの世界に来たとき一緒に居たって意味。誓っち、バスに誰かと一緒に乗ってたよね? その人っぽいなーって」
まさかと思いながら、あり得るとも考える。
奈月が言っているのはおそらく斎藤達のことだ。選考会では最初に引き取られたので、奈月の処遇も、斎藤達がどこの国に引き取られたかも知ることができなかった。エルフ王国でないことは確かであり、そしてエルフ王国所有の祭器ではないことから、自分が巻き込まれたときに一緒に居たビジネス仲間の誰かである可能性がある。
だとすれば、確かめたい。
「あの、奈月さん。乗ってた人を確認してもいいですか?」
「もち! 誓っちの友達なんでしょ? そりゃ心配になるよね。あたしは全然いいから気にしないで?」
気を遣ってか、奈月が一際明るい声を出す。そんな彼女に、誓道は曖昧な笑みで礼を言う。「……ありがとうございます」
友達。そう呼べる間柄だとは思えない。ネットワークビジネスに誘ってくれた恩はあるが、かといって幸せだったかといえば、絶対に違う。儲かるどころか金や時間を献上するばかりで、斎藤の仕事の手伝いやダシに使われる日々だった。あのときは今まで費やしてきた自分の努力が無駄になるのが怖くて離れられなかったが、今思えば、さっさと止めておいたほうがよかったとすら思う。
それでも、一時期一緒に行動していたビジネス仲間だ。どうなったのかは気になる。
「でも、なんで祭器で来てるんでしょう。決闘祭はまだなのに」
「たぶん荷物運び? 前にも見かけたよ。あれだけ大きいと一気にいろいろ運べるしさ、楽だよね」
「なるほど、馬の代わりか」
「そーそー。あ、あたしらも使えばよかった?」
「人工筋肉の消費は抑えたいので、また今度で」
「りょ~。はやく充電? できると良いよね~」
呑気な奈月と会話しつつ、誓道は前方に視線を釘付けにしていた。大通りは一本道なので、入ってくるならこちらへと向かってくるはずだ。
そうして待っていると、ぞろぞろと歩いてくる集団が見えた。
一言で言えば、豚の獣人だ。肌の色は人間とほぼ同じだが、布で覆った肉体は筋骨隆々で横に大きい。そして首の上に鎮座しているのは、豚と酷似した頭部。いや、口元から牙が伸びている様はどちらかというとイノシシに近い。
おそらく、オーク族だろう。召還時の選考会でも見た種属だ。ということは、あの祭器はオーク国のもので間違いない。
先頭を大股で歩く一際大きいオークが、集団のボスのようだった。その隣に目を向けたとき、誓道は息を呑む。
(斉藤さん……!)
奈月の言うことは間違っていなかった。誓道がよく見知ったあの男は、間違いなくビジネス仲間の斎藤剛だ。オーク国に拾われていたのか。
しかし妙なことに、斉藤は先頭を歩くオークと親しげに会話している。オークは彼の言葉に豪快に笑う。まるで談笑しているみたい――いや、談笑しているのだ。
誓道は困惑した。エルフやヴァンパイアを思えば、あまりにも気安すぎる。なにか特別な関係なのだろうか。それともオークは、ケットシーのようにある程度の有効的な種族なのだろうか。
「ね、やっぱあの人って誓っちの友達だよね?」
奈月が袖を引っ張ってくる。誓道は頷く。「知り合いです」
「そっかそっか」
にこやかに頷いた奈月は、いきなり手を上げて集団にブンブンと手を振り始めた。
誓道はギョッとする。
「ちょ、なにしてるんですか!?」
「え? だって友達に生きてるって知らせたげたいでしょ? 会って話すことはできなくても、誓っち見つけたら安心するじゃん?」
「でもオーク達が……」
慌てて集団を確認するのと、集団が奈月に気づくのはほぼ同時だった。
斎藤達は手を振ってくる彼女を見て衝撃を受けたように立ち止まる。「あーん?」隣に居たオークも立ち止まり、胡乱げな声でこちらを凝視してきた。
「転移者、だとぉ?」
呟いたオークが、大股で奈月に近づく。
「あ、あれ? なんか近づいてくるんですけど」奈月は笑みをひくつかせ、誓道と目を合わせる。
「このベリル王に愚手を見せびらかすとは、どういう了見だ貴様」
「えええ! 違うって!」
奈月はぶんぶんと手を振る。
「あたしはそっちのお兄さん達に手を振っただけで!」
「では、ワシの所有物に勝手に接触しようとしたのか」
ベリルと自身で名乗ったオークは、奈月の手前で立ち止まり、ゆっくりと顔を近づける。 体格差はゆうに二倍以上もあり、奈月は体の影に隠れてしまっていた。
「だ、だって、生きてるって知らせてあげたくて」
「貴様ら、どこの国の決闘士だ」
「……ヴァンパイア王国、ですけど」
「ヴァンパイアぁ?」
長い豚鼻から吐き出された息で、奈月の髪が揺れる。
「あの老いぼれ、いや化石王の所有物とはな。で、その王はどこにいる」
「い、いません、けど?」
「居ないだとぉ?」
オークの目に剣呑さが増える。「まさか転移者のみで他国に来ているのか」
奈月が、袖を握る手にぎゅっと力を込めていた。
隣に立つ誓道は、冷や汗を流す。
(まずいまずまずいまずい……!)
選択を間違えた。謝罪すべきだ。しかしなんと言えばいいかわからない。
だが、この雰囲気は放っておいては駄目だ。
何とかしないと、奈月が危ない。
「くたばり損ないの半死人め、家畜のしつけすらままならんとはな……仕方ない、ここはワシが直々に教えてやるとしよう。感謝しろ」
オークが右腕を振り上げた。奈月が息を呑む音が聞こえた。
「家畜は、家畜らしく地を這いつくばれ」
幹のように太い腕が振り下ろされた瞬間
「協定違反だ!」
振り下ろされた手が、直撃の寸前で停止する。
その指先は奈月ではなく、彼女の前に飛び出していた誓道の額まで、あと数センチのところだった。
「――なんだと?」
「だ、だから、協定違反です……! 各国で所有している転移者の処遇はその国の管轄で、た、他国が介入することはできない、はず」
ギロリと睨みつけられ、誓道はヒュっと息を吸う。心臓が暴れ狂い、膝が笑いそうだ。
咄嗟に奈月の前に飛び出したはいいものの、これで引いてくれるか分からない。協定はエルフ王国に居たときに教わった知識だが、果たしてどれほど実行力があるのか、罰則があるのか詳細まで把握できていない。有名無実である可能性だってある。
「……ふん」
ベリル王は腕を戻し、その手で顎を擦る。
「その小賢しい浅知恵、ブラッドレイから教わったのか?」
「えっ……?」
「国同士の会合すら出てこん怠惰に塗れた男が、やけに甲斐甲斐しく世話をするではないか。そもそもヴァンパイア王国に転移者が二人も居たか?」
ベリル王の目には疑念の色があった。
エルフ王国に誓道が所属していた境遇を知らないようだ。選抜会は担当者レベルだけが来ているので、王には顔が割れていない。それが却って邪推を招いている。
どう切り返すか迷っていると、オークの王が先に声を発した。
「まぁいい。貴様の言葉は、間違いではない」
意外にすんなり引いてくれた。
だがホッとしたのも束の間、ベリル王は事もなげに告げた。
「よって、責任はあの男に取らせる。直々に謝罪に越させろ。それまでそのメスは預かる」
「「は!?」」
誓道と奈月の愕然とした声が重なった。
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