1-4 奈月が召喚されたとき
誓道が眉を上げると、女子高生――奈月は得意げに笑う。
「実はおにーさんのこと覚えてたんだよね。ほら、たくさん種族が並んであたしらを品定めしてたときさ。一番目がおにーさんで、数値呼ばれたとき皆すごく驚いてたでしょ? あと名前もちょっと変わってたから、それで顔と名前はなんか覚えちゃって」
「な、なるほど」
自分が一番目だったことだけではなく、この変な名前も役に立ったわけだ。
「誓道」という名前は亡くなった母親が「どんな道も自分の誓いを立てて進めるように」と考えて名付けてくれたそうだが、読み方がそのまま「近道」なので小学生時代はよく馬鹿にされた。近道しろよと草むらやゴミ捨て場に追い立てられたりもした。名前関連は嫌な記憶ばかりだが、こうして女の子に覚えてもらえるという事実がプラスされると、正直ありがたく思ってしまう。
「あっ、もちろん良い意味でね!? 良い意味で覚えやすいってこと!」
奈月が慌てたように手を振る。どうやら黙っていることを、名前をからかわれて押し黙ったと勘違いしたようだ。
「気にしてないです」と言うとホッとしていた。見た目の割に、案外優しい子なのかもしれない。
「あの、俺はどうしてここに? 森に入ったところまでは覚えてるんですが」
「そうそれ。あたしが見つけなかったら危なかったんだよ? ヴァンパイア王国の森は魔獣とか住み着いてるらしくてさ、人間が一人で居たらあっという間に食べられちゃうって、マリアちゃんからも注意されてるし」
「――いまなんて?」
「マリアちゃんからも注意されてるし」
「その前。ヴァンパイア王国って言った?」
奈月が頷く。目の前が暗くなった。
異世界転移してはや二ヶ月が経過しようとしている。その間、誓道はエルフ王国の「人舎」という転移者専用の施設に入り様々なことを学んだ。この世界の国々についてもある程度情報を得ている。
この世界には十二の種属がそれぞれ国を作り統治している。国々は定期的に転移者を使って祭器を戦わせる催し――
だが、ここ百年くらい序列の一位と最下位はおおよそ固定化されているという。
一位は「エルフ王国」。見目麗しい長命種だけで作られたその国には強力な祭器と
最下位とは、すなわちその逆。保有する祭器や決闘士が少なく、出場してもすぐに敗退するために序列が上がっていかない。
最下位の国の名は「ヴァンパイア王国」。飼われても意味がない、むしろ死を早めるだけだと人舎で揶揄されていた曰く付きの国。
「誓っちさ、確か最初はエルフ王国に連れてかれてたじゃん? どうしてこの国にいたの?」
「それは、たぶん偶然で。放り出された場所から真っ直ぐ歩いてきたらここに……」
言いながら頭の中でこの世界の地図を広げる。エルフ王国とヴァンパイア王国は地理的には直線上だが、2つの国を結ぶ道はない。原理的にはつかないはずだったのが、色んな種族に目撃されたくなくて整備された道を使わなかったことで、結果的に辿り着いてしまった。なんて不運だ。
そこで、ふと気づく。
「――誓っち?」
あまりにも自然だったからスルーしてしまった。
「それ、俺のこと?」
「ほかに誰がいるっての。変なこと聞くよねー」
奈月がコロコロと笑う。
「あたしさ、変にかしこまって苗字呼びするの苦手なんだよね。だからいいっしょ? 誓っちで」
そう聞かれても誓道は戸惑うばかりだ。ほぼ初対面なのに、こんな距離感でよいのだろうか。ギャルだからか。よくわからないが、なんとなくむず痒い。
「それでさっきの話なんだけどさ――あっ」
奈月が急に自分の腹を押さえた。
「誓っちお腹空いてない? あたし朝ご飯まだでさ。とりま朝ご飯にしよ」
「俺も……?」
「なんでそこ確認? あたしだけ食べて誓っちは放置とか悪人じゃーん」
笑い飛ばした奈月は「待ってて」と言って部屋を出て行った。
誓道はあまりの勢いの良さに呆気に取られる。本当に持ってきてくれるらしい。
エルフ王国に居たときは、いや、何なら元いた世界でも、自分に手を差し伸べてくれる他人はそんなに居なかった。付き合う価値がない、と思われる人間だったから。
ましてやここはヴァンパイアの国。外から流れ着いた人間に無条件に優しくするのはおかしい。何か裏があるのかもしれない。
そう考えて、先程の彼女の笑顔が脳裏に浮かぶ。あんなに屈託ばなく笑う子が、果たして隠し事をするような人間だろうか?
ぐぅと腹が鳴った。誓道は自分の腹を押さえて、信じてみようかという気になっていた。
***
「でさー、あたしだけ置いてけぼりなわけ! ひどいと思わない!?」
朝食を運んできた奈月は、この部屋で一緒に食べようと提案してきた。その間に質問攻めに遭うと思っていた誓道だったが、
「あのとき皆が続々と連れてかれてさー、えっ? えっ? あたしは? って周りを見渡しても鬼無視! 呼んだのはそっちじゃんふざけんなよマジでさ」
奈月は部屋唯一の椅子に腰掛け、膝に乗せた皿からスープをすくって口に放り込みつつ、ほとんど途切れることなく愚痴をこぼし続けている。色んな意味で圧倒された誓道は、ぽかんとしながら聞いているしかなかった。
「あたしどうなっちゃうわけ? って周りの騎士みたいな人に聞いてもお前に発言権はないとか言うわけー! あー思い出しても腹立つ! ただ聞いてるだけなのになんでそんな失礼なん!? 挙げ句の果てに何にも言われず連れ出されて、城の奥の牢屋に入れられてさ」
「ろ、牢屋!?」
「マジありえないっしょ?」
誓道が反応して嬉しかったのか、奈月は大袈裟に頷く。
「使えないって判断された転移者はそこに入れられて、出られなくなるって後から聞いた。外に放り出したら変なこと企んで悪さするかもしれないからって。知らないっつうの、そんなこと。まるでこっちのこと道具か何かだと思ってるわけ」
道具。その例えは正しいように思えた。いくらエルフ王国で重宝されたとしても、自分たちはあくまで代理戦争の道具であり、交換可能なパーツ扱いだったろう。
「それじゃ、ずっと牢屋に……?」
「二日か三日くらいかな? あたしいつか出られるって思ってそこに居たんだけど、ご飯とか全然来なくて。あれこれヤバくね? って超焦ったよねーあはは」
笑い事ではない気がするが、奈月は失敗談を打ち明けるみたいにケロっとしている。能天気なのかメンタルが強いのかわからないが、少なくとも誓道にとっては初めて接するタイプだった。
「そんで牢屋で出せーって騒いでたのね?」奈月は、この世界のパンにあたる食品を齧りながら話す。
「そしたらブラッちがふらーっと来て、うちの国で祭器に乗れとか言ってきたの。なんか小難しいこと色々言われたけど、ここよりはマシだと思ったから、OKした。ブラッちヴァンパイアらしいけど血とかいらないって言うし。でもさーここに来ても結構大変だったんだよ。見ての通りズタボロじゃん? ご飯作れる場所も壊れてて。ベットだってなかったんだよ? だからあたしが苦労して作ったんだ」
「え? これ作ったんですか?」
誓道は座っているベットを触る。これを彼女が作ったとは思わなかった。「すごいっしょ」と奈月は得意げに胸を張る。思ったよりも結構大きい。
「てか、さっきからあんま食べてないんだけど、もしかして不味かった?」
奈月の視線は、誓道に膝に置かれたスープ皿に注がれていた。確かに一度も口にはしていない。
「あっ、これは違う、違うんです。まだぼーっとしてて」
奈月に圧倒されて食べるのを忘れていただけだ。誓道は慌ててスプーンでスープを口に運ぶ。
「…………美味しい」
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