1-28 オーク王国との練習試合②

「とりあえずここで勝っとかねーと次の作戦にいけねぇからな。粘らずさっくり倒されろよバカ道ぃ?」


 斎藤はそう独白したが、予想に反して濡れ羽色の機体は動かない。様子をうかがうように構えたままだ。


「ちっ、面倒くせぇ。あのJK、見た目派手なくせに冷静かよ」


 一緒に居た金髪の女子高生は、同じタイミングで異世界転移した女だ。FP値が0.1しかなくて笑われていたことを覚えている。最底辺のヴァンパイア王国は、そんな転移者しか引き抜けなかったのだろう。

 ただ、操縦者として見るなら、少なくとも誓道よりは向いていると言えた。向こう見ずで短絡的で馬鹿な女だったが、相手に萎縮することなく反応できるのは戦闘において利点になる。

 だからこそ混乱せず、こちらの動きに対策を立てられた可能性も、なくはない。


(頭良さそうには見えなかったが……勘が良いってこともあるしな)


 バンジックのヒットアンドアウェイ戦法の要は、カウンターだ。

 相手が距離を詰めてきたところを高速移動で回避し、ジワジワと削っていく。このとき相手にのがポイントだ。祭器は人工筋肉の操作という制御方法から方向転換、コマンド入力に多少のタイムラグが生じる。よほどの熟練者でない限り攻撃の継ぎ目はどうしても反応が遅れる。そこを狙うのが効率的だ。

 逆に言えば、手を出さなければ対応ができる。待ちに徹すればカウンターを叩き込まれることもない。それにバンジックの攻撃はジャブが主体のため、至近距離に詰める必要がある。敵としても読みやすいだろう。


『おい、なにを止まっている。つまらん試合をするんじゃねぇぞ』


 聞こえてきたベリルの苦言にうんざりした斎藤だが、すぐに口の端を吊り上げた。


「仕方ねぇな。じゃあお望みどおりこっちから仕掛けてやるよ」


 斉藤は舌なめずりして、フットペダルをべた踏みした。バンジックが走りだす。

 脚部にエリキサを集中させているため、肉薄はほぼ一瞬。

 ライハーゴは防御の姿勢だ。ジャブを受け止め、逆にカウンターをするつもりだろう。


「こっちも読めてんだよバーカ!」


 斉藤はコマンドを打つ。バンジックは指令を受け、スピードを乗せたを放った。

 両腕を交差させていたライハーゴは蹴りを受け止めるが、バンジックの両足には全体の約80%の人工筋肉が集中している。蹴りの威力はジャブの比ではない。

 満足に衝撃を殺せなかったライハーゴがよろめいた。

 着地したバンジックはすかさず横移動。相手の死角に回り込んでジャブを浴びせる。相手が対応する素振りを見せたらまた距離を取り、攻撃を回避しながらカウンターを浴びせる。そうしてじわじわと削っていく。

 斉藤は愉悦に浸っていた。戦うことは別に好きではない。痛いのも御免だ。

 しかし、こうして格下を翻弄しているときは話が別だ。相手が為す術なく消耗していく様を眺めるのは、自分好みで痛快だった。

 ライハーゴが苦し紛れに拳を突き出してくる。


「おっと」


 もちろん回避は余裕だ。悪あがきなど意味は無い。

 そうしてジャブのコマンドを打とうとしたとき。

 ライハーゴの目が、こちらを向いた。

 敵機の左貫手が迫る。


「うお!」


 慌ててフットペダルを踏み込んで跳躍。寸前のところで回避できた。

 しかし、判断が遅ければ直撃していただろう。


「……なんだ? まぐれか?」


 まさか動きが予測されていた、なんてことはあるまい。

 斉藤は再びフットペダルを踏み込み、相手に接近する。同時にライハーゴは横に飛んだ。飛び蹴りを受け止めるよりは回避したほうが安全、という計算だろう。


「はっ! 無駄無駄!」


 バンジックはすぐにライハーゴが着地した方向へ向かう。更ににステップを踏みながら詰め寄った。この動きなら、左右どちらから襲ってくるか読めまい。

 思惑通り、ライハーゴの動きが一瞬停止した。

 フットペダルを踏んで一気に詰め寄り、ジャブをたたき込む。

 ――鈍い感触。モニターに映るのは、拳が相手の両腕で防御された映像だ。

 まさか、読まれたのだろうか。斉藤は眉をひそめつつ操作。バンジックは真横に跳躍し、着地と同時にライハーゴの背後に回り込む。

 ぐりんと、ライハーゴが後ろを向いた。


「っ!?」


 接近に合わせて放たれた蹴りを、寸前のところで回避する。


(なんで……! あいつら俺の動きが読めるのか!?)


 脅威を感じ始めた斉藤の頬を、冷や汗が流れた。


 ***


 バンジックが画面からかき消える。


「右掌底!」


 奈月が叫ぶと同時にライハーゴが向きを変える。左側に出現した敵機に向かってライハーゴが掌底を打った。直撃のタイミングだったが、バンジックが蹴りを放っていたため相手の脚部に激突。人工筋肉の充填率が高い相手の攻撃に競り負け、ライハーゴはぐらりと態勢を崩した。


「回し蹴り!」

「えっ、うっ」


 どういうことだ、と聞く暇などない。奈月はもうコマンドを打っている。

 誓道は思念を送り、ライハーゴの軸足と攻撃側の足それぞれに人工筋肉を移動させた。

 結果、ライハーゴは体勢を崩した際の慣性力すらも利用し、背後に現れたバンジックがジャブを放つ前に、蹴りをたたき込んでみせる。

 翡翠色の機体が地面を転がる。


「やった!」

「まだっ!」


 誓道の感激の声を消すように、奈月が苛立ちの声を上げる。戸惑う誓道の目の前で、バンジックはゆらりと立ち上がる。ダメージを受けた様子がない。


「当てる瞬間に後ろに飛んでダメージを逃がした。避けてばかりだ……でも、次は絶対に当てる」


 呑気そうな気配は消え失せている。分析する声は、まるで鋭利な刃物のようだった。

 彼女は人が変わったかのように、攻撃的になっていた。


(ど、どうなってるんだ?)


 少し前の奈月には、いつもの面影があった。一定の距離を保てば対抗できるかもと言い出したのも彼女で、そのときはまだ冷静だったように思う。

 しかし、相手が跳び蹴りというこちらの予想を上回る行動をした段階から、スイッチが入ったように変わった。

 凄まじい速さでコマンドを打ち指令を飛ばしてくる。観念するどころか、むしろ斉藤の考えを先読みするように立ち回り、攻撃を当て始めた。

 まるで戦闘中に進化しているようだ。

 彼女にここまでパイロット決闘士の素質があったとは想像もしなかったし、嬉しい誤算だが、その一方で誓道は急激な不安に襲われる。この練習試合は、負けなければいけない。しかしこのまま勢い任せで押していれば、相手を倒してしまうのではないか?


「奈月さん! そろそろ――」

「右中パンチ!」


 声を遮る指示にハッとする。バンジックが目の前にいた。

 誓道は慌てて思念を送る。タイミングは少し遅くなったが、それでも誓道のFP値によって素早く右前腕に人工筋肉が集中する。

 バンジックはその右拳を回避し、ライハーゴのモニターから消えた。

 次はどこに出る。右か左か後ろか。


「左肘打ち!」


 奈月が速攻で指示を送る。どうして分かるのかまるで分からないが、誓道は言われたとおりに左肘に人工筋肉を集めた。

 彼女の予想通り、バンジックが左側に出現。しかも相手は既にジャブを放っている。

 相手の拳とこちらの肘打ちが激突。ビリビリと衝撃が背部ユニットを揺らす。

 威力はこちらのほうが高かったようで、バンジックの拳が弾かれる。しかし追撃する前にバンジックはその機動力によってすぐに移動していた。


「右裏拳!」


 思念を送る。疑問など無視して従うしかない。コマンドを打ち終えているのだから、人工筋肉を動かさなければエンストしたように動作が固まってしまう。

 右裏拳を放った場所にバンジックが出現した。予想が立て続けに当たっていることに誓道は驚愕する。

 しかし敵機もまたジャブを放っていて、今回も相打ちになった。攻撃タイミングが同じで、致命打を当てられない。


(――違う……! 奈月さんはわざと合わせているんだ!)


 相手の攻撃に自分の攻撃を当てれば、人工筋肉が集約している分ダメージが少ない。それに大きく体勢を崩すこともない。人工筋肉が少ないライハーゴにとって負担の少ない戦法だ。

 しかし、考えたところでそんなこと実践できるか普通?

 誓道は鳥肌が立った。こんな芸当ができる決闘士など、一人しか知らない。

 ローラン・クラウディオ。エルフ王国ナンバーワンの存在が頭をちらつく。


「もっと早く! でないと倒せない!」


 奈月が苛立ちの声を上げた。

 誓道は目を見開く。さっきからおかしいとは思っていたが、もしや当初の目的を忘れてしまっている?


「奈月さん、駄目だ!」


 カコカコ、という打音が聞こえた。

 まだ指示が来ていない。

 完全に抜け落ちている。

 ライハーゴが攻撃モーションを取った。しかしエリキサはそのままだ。どこに集中させればいいのか、わからない。

 当然、モーションはうまく発動しない。


「あっ」


 奈月が小さく呟き、ガクンと機体が揺れた。まるでエンストしたいみたいに。


(この感じ、俺が操縦したときと――)


 エルフ王国の経験がフラッシュバックした瞬間、凄まじい衝撃に襲われ、誓道の思考は中断された。

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