1-27 オーク王国との練習試合①

「いつもどおりね、誓っち。いくよ! ダッシュ!」


 ぐんと加速がかかる。誓道はすぐに脚部に人工筋肉を集中させる。

 ライハーゴがバンジックまで肉薄した。


「右中パンチ!」


 指示に合わせて人工筋肉を右腕に集中させる。放たれた右のストレートパンチは――空を切った。

 着撃寸前、バンジックが消えたのだ。


(なっ!?)


 敵の姿を追いかけたとき、コクピットが衝撃に揺れ動く。死角から攻撃を受けていた。


「左中段蹴り!」


 奈月がすかさず叫ぶ。指示と共に人工筋肉を操作。ようやくモニターに映ったバンジックめがけてミドルキックを放つ。

 誓道は目を見開く。

 バンジックの両の太ももが、膨張していた。

 それが何を意味するか、すぐに分かった。蹴りが激突する寸前、バンジックの姿が消える。

 人工筋肉を集中させた脚力によって、凄まじいスピードで回避されたのだ。

 奈月が慌ててライハーゴの視線を移動させると、目と鼻の先にバンジックが出現。

 敵機が拳を突き出す。一撃がライハーゴの胴体に直撃。ガクガクと背部ユニットが揺れる。すぐに二撃目、三撃目と続いて嫌な軋みが響く。


「防御!」


 奈月が叫びコマンドを打つ。ライハーゴが両腕を交差させて拳を受け止めた。もちろん両腕に人工筋肉を集中させておく。

 「裏拳!」奈月がコマンドした裏拳が発動。しかしバンジックは、至近距離だったにも関わらず即座に後方へと飛び退り、回避した。

 奈月が舌打ちする。両者の距離がまた開いた。


「――ねぇ、あの足ってさ。普通の祭器と違うよね」


 彼女も気づいているようだ。翡翠色の機体の両脚が、不自然に盛り上がっていることに。


「はい、人工筋肉を集中させてますね……常時」

「あれって攻撃するときに移動させるんでしょ? 普通は」

「おそらく、ですが。脚部に集中させることで常に移動速度、回避速度を高めてるんだと思います。それで相手の攻撃を躱してこちらに攻撃を当てに来てる」

「で、攻撃のときも人工筋肉はほとんど移動してない?」


 初の対人戦闘であっても奈月に気負いはない。むしろ普段より冴えている。決闘士向きの性格だと言えた。

 誓道は、操縦を担当しないが故に状況を観察する余裕があった。だから同じ結論を導き出せていた。

 おそらく斉藤の戦法は、ヒットアンドアウェイ。

 脚部に大量の人工筋肉を固定する利点は、敵の攻撃を躱しやすく、距離を取りやすく、そして相手のモーション発動後の隙に反撃できることだ。

 この戦法を成立させているのは、という思い切った判断。つまり拳には人工筋肉が移動していないため、攻撃力が低い。かなり打撃を受けてもライハーゴが動けているのがその証拠だろう。

 人工筋肉を適切な量で適切に移動させることが基礎であり奥義、と源四郎は言っていた。逆に言えば、それがおぼつかなければ欠点になる。本来はその欠点を最小化するために訓練しているが、どうしても操縦者の技量に依存する。

 それを斎藤は攻撃力を捨てるという手段で、欠点の最小化を図ったわけだ。


「ようはパラメータを回避に全振りして攻撃力は捨てたってことっしょ? だったらそんなに怖くないじゃん」

「でも、こちらの人工筋肉の充填率も少ないです」


 誓道は後部座席から、計器類の数値を確認する。人工筋肉の充填率は30%程度だ。


「筋肉量が少ない分、防御力も下がってる。相手の攻撃力が低くても、今のライハーゴには危険です」


 人工筋肉は攻撃力でもあり防御力にもなる。人間の筋肉と同じで、筋量が多ければ骨や内臓を守る鎧になる。それが薄くなっているということは、当然内部フレームへのダメージも大きくなる。

 「――オッケー」奈月が後ろの誓道に向けて親指を上げる。


「どのみち食らい続けるつもりないんで。戦い方がわかれば対処できる!」


 奈月がフットペダルを踏み込む。ライハーゴがバンジックへ突撃した。


 ***


「って、思ってるんだろーなぁ、あいつら」


 バンジックの背部ユニットの中で、斉藤はほくそ笑んでいた。

 濡れ羽色の祭器が突撃してくる。放たれたストレートのパンチをギリギリで回避。左側面に移動してジャブを打つ。

 相手は読んでいたようで、腕を掲げて防御しようとしてきた。

 しかし、それも予測済みだ。

 斉藤はフットペダルを踏み込む。バンジックは相手の背後に回り込み、更にジャブを放つ。攻撃を受けたライハーゴが慌てたように裏拳を振り放ってくるが、これも回避。そうして相手の死角に回り込み、常に短い間隔で攻撃を打ち続ける。

 攻撃力が低いことなど承知の上だ。この戦法は相手を翻弄しダメージを蓄積することが本質。

 狙い通り、ライハーゴは為す術なく、あらゆる箇所に打撃を受ける。まるで下手くそな踊りを踊っているようにフラフラしていた。


「くっくく、雑魚だな」


 ヴァンパイア王国なんて最底辺に拾われた転移者だ、ろくに訓練されてもいないと踏んでいたが、どうやらその通りらしい。あまつさえ二人乗りなんてハンデそのものの祭器なら当然の結果だろう。

 このまま押し切ってしまおうとしたが、ライハーゴが大ぶりの蹴りを放ってくる。人工筋肉の薄い腕で受け止めるとダメージは大きいから、後ろに跳躍して回避しておく。

 バンジックは距離を取りながら構えた。さすがに、無抵抗とはいかないようだ。


『おい斎藤、もっと離れて戦え。汚れるだろうが』


 バンジックの集音機能が、ベリル王の苦言を拾う。「申し訳ありません、注意します」慇懃に返事をして、外部音声機能を切っておく。


「クソ豚野郎め」


 斎藤はぞんざいに舌打ちした。


「あの野郎、偉そうに見下しやがって……短絡的な判断しかできないクズが。今に見てろ。化け物の分際で俺に命令したことを、死ぬほど後悔させてやる」


 散々愚痴をこぼしていると、ライハーゴが体勢を整える時間を与えてしまった。斉藤は再び舌打ちしたが、まぁいいと考え直す。


(バカ道と会えたのはラッキーだったぜ。あのクソ豚に俺の有能さを示すことができる……そうすれば、俺は自由に近づけるんだ)


 斎藤はこの世界に来てから今まで、決闘士になるつもりなど毛頭なかった。

 決闘士は死の危険と隣り合わせだ。大会のルールでは、決闘士の生命など何も保障されていない。死ななくても大怪我をする可能性は高い。あるいは別の国に引き抜かれ、今より不遇な環境に陥るかもしれない。

 いま祭器に乗っているのは、そうしなければ生きられないからだ。誰が好き好んで劣悪一歩手前の環境や、化け物に従い愛想笑いする日々を受け入れるというのか。

 勝てばいい、なんて短絡的な考えに自分の運命を委ねるつもりもない。勝敗という不確かなものに頼ることなく、自分の生命を保障する道があるはずだ。

 それは決して決闘士などではない。戦わずして重宝される身分――そう、軍師や参謀なんて地位が最適だ。


 決闘士から開放されることを目標にした斎藤は、手始めに技量が低くても相手を圧倒出来る戦法――人工筋肉を脚部に固定させたヒットアンドアウェイの戦い方を考案した。訓練なんてまどろっこしいことをせず、かつ危険の少ない戦法として想定したものだったが、思いの外ベリル王にはウケた。従来の転移者と違う視点を認められた斉藤は、徹底した媚びもあってベリル王に急接近する。

 ケットシー国でのいざこざを利用して練習試合を持ちかけたのも、オーク国にとって有利な状況を引き出せる策略家の側面、そして自分の編み出した戦法が有効であることを示せる絶好の機会だったからだ。練習試合なら死ぬ危険性も薄い。

 しかし、これでもまだ祭器を降りるには足りない。せいぜい頭の回る決闘士程度の扱いに留まるだけで、否応なく大会に出場させられるだろう。

 だからこそ斎藤は、次なる計画を虎視眈々と進めていた。

 偶然発生した星野誓道との再会は、そのための第一歩になるだろう。


(あともうちょい、軍師としての才能ってやつを演出してやりゃ、あのブタ王も理解すんだろ……しっかしほんと、バカ道が相手でよかったぜ)


 気弱な青年の顔が脳裏に浮かぶ。星野誓道は自分にとってのカモの一人だ。ネットワークビジネスのために商品をたらふく購入させ、利益を吸い取っていた。フリーターで目標もなく、稼げるようになりたいという漠然とした考えしかない男だったからこそ、夢を見させて制御するにはちょうどよかった。

 そんな影でバカ道と侮っていた男が歴代一位のFP値を叩き出し、引き取られたエルフ王国も最高の生活水準だと知ったときは運命を呪ったものだ。

 だが、誓道の愚図はどこに行っても変わらなかったようで、エルフ王国を追い出される始末。本人から聞かされたとき斎藤は爆笑するのを必死に堪えながら、やっぱりな、と納得していた。人間、そう簡単に変わるわけがない。

 世の中はよくできている。愚図な男が持て囃されるなんて不公平がまかり通るわけがない。あの男はきっと、自分が踏み台にするためにここに居るのだ。

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