1-26 パートナーは、奈月だから

「なので、奈月さんが我慢することはないです。遠慮しないで言いたいことは言っちゃってください」

「うー……ほんとに? マジでいい? そりゃひどかったかもしれないけど、結構長い時間いっしょにいた人でしょ?」


 いい子だな――そう思いながら、誓道は首を振る。


「感謝はしてます。色々タメになることもあったし……だけど、もう昔のことだから。今のパートナーで信じてるのは、奈月さんです」


 目をパチクリさせた奈月が、急に両手で顔を覆った。「――ダメだってそういうの」


「あたしあんま褒められ慣れてないんだから。恥ずかしくて顔とか見せられない」

「ご、ごめんなさい?」

「いや別に謝らなくてもいいけどさー。うー。ちょい待ち」


 そうしてしばし呼吸を整えていた奈月はすっと手を下ろす。それでも顔が真っ赤なので、手でうちわのように風を送っていた。


「話戻すけど……あの斎藤って人が誓っちの言う通りならさ、ぶっちゃけそこまで関係保たなくていいよね? 言うこと真面目に聞く必要なくない?」

「え? 試合、しないってことですか?」

「そーじゃなくて。真面目に試合しなくていいんじゃねってこと。だってゲームの大会に置き換えてみるとさ、ようは国が団体で、あたしらは所属選手ってわけじゃん? てことは、もしあたしらが練習試合でボロ勝ちしたら、相手も警戒して一回戦に強い相手をぶつけてくるっしょ」


 「……なるほど」意図が読めた誓道は頷く。


「練習試合には偵察の意味もある。だから相手を警戒させる必要はない、と」

「そうでしょ? 勝ったってあたしらに良いことはないけど、負けたら相手を油断させられるかもしれないし」


 彼女の言う通りだった。例えるなら、親善試合などは二軍を出しておいて、世界大会では一軍を出しておくということだ。

 初めて彼女を頼もしく感じた。不思議と、安堵に似た気持ちが過ぎる。心のどこかでは年上の自分がしっかりしないとと考えていたが、奈月はこの世界で三ヶ月も一人で過ごしてきた逞しい少女なのだ。


「それがいいかもしれません。人工筋肉の消耗を抑えるためにも、深追いはしないほうがいい」

「だよねー。なんかしゃくぜんていうの? しないんだけどさー」


 そう言った奈月は頭の後ろで手を組み、ニヒヒと笑った。


「まぁ相手が弱すぎて、手を抜いても勝っちゃうかもしんないけどね?」

「はは。じゃあうんと手加減しないと」


 二人で笑い合う。さっきよりも随分と気が楽だった。彼女の言葉がなければ、今もベリル王と斎藤のことで悩み続けていただろう。

 ただ、気がかりはあった。

 斎藤が練習試合を吹っ掛けてきた理由は、ヴァンパイア王国の戦力を測るためだ。しかし、こちらが手を抜けばその目論見はうまくいかなくなる。

 斎藤は、そのことに気づかないような男だろうか。

 もしも、こちらの力量を測ること以外に、別の思惑があるとしたら?


(……考えすぎだ)


 奈月が「さっさと帰ろ」と先に歩き始める。誓道は、今の雰囲気に水を指したくなくて、漠然とした不安を内に飲み込んだ。


 斎藤はオーク達と合流すべく歩いていた。口元には薄ら笑いを浮かべ足早に活気ある街中を進んでいく。


『斎藤さん』


 その途中、声がかけられる。

 彼は薄ら笑いを瞬時に消して物陰に入り込んだ。キョロキョロと周囲を確認し、静かに声を出す。


「……イエリナさんか。ケットシー王国まで入り込んでいいのかよ?」


 返事をした斎藤の周囲には誰の姿もいない。

 いや、一つだけ彼を見ているがあった。建物の屋根に小さな円盤型の物体がポツンと鎮座している。それは明らかに機械でできていた。


『支障はありません。ここはマーケットとして開かれた場所です。中枢なら違うでしょうが、安全だと判断しました』


 円盤型の物体から女性の声が発せられる。しかもそれは、トランシーバー越しのような電子音声だった。


『今日はこの子のトライアルで潜ませていましたが、偶然あなたを見つけたので接触しました。ちょうどいい機会です。私の提案について返答は定まりましたか?』

「おいおい、ついでで済ませる気かよこんな重要なこと」

『時間は待ってくれませんので』


 抑揚のない声に斎藤は眉をしかめたが、すぐに薄ら笑いを浮かべた。


「……まぁいいさ。確かに大会まで時間はねぇしな。それにちょうど、俺の計画の最後のピースが見つかったところだ」

『ほう、ピースですか』

「カモ、とも言えるかもしれねぇがな」


 くつくつと笑う斎藤を、円盤は黙って見つめる。


「受けるぜ、あんたの提案。この馬鹿げた催しを牛耳るために、協力してくれ」


*** 


 練習試合の日はすぐに訪れる。

 指定された場所はヴァンパイア王国を出てからそう遠くない位置にある、だだっ広い荒野だった。周囲に障害物はないため、8メートルはある祭器同士がぶつかりあっても支障はない。

 荒野には二機の祭器が並ぶ。

 一つは濡れ羽色の機体――ライハーゴ。既に誓道と奈月は搭乗している。

 対面には、ケットシー国で見かけた翡翠色の祭器が立っていた。猪のような仮面の奥に二つの目玉が灯っている。斉藤決闘士が既に搭乗していることを示している。

 二つの機体の他に、離れた位置ではオークの集団が見物していた。オークの王、ベリルは神輿のような高い台座に座ってふんぞり返り、家臣らしきオーク達が周囲を警備している。

 他に見物人はいない。つまり、ヴァンパイア王国からは誰も来ていない。当然のように、ブラド王は城に残ったままだ。


 無断で来たわけではない。領地を出ようとすれば国外逃亡とみなされゴーレムが襲ってくる。したがって事情を話して、警戒を解いてもらう必要があった。

 誓道は、ブラド王に包み隠さず説明した。聞き終えたヴァンパイアの王は頭痛を催したようにこめかみを指で押さえ、苦悶するように一言。


『――あの豚め』


 とこぼしていた。初めてと言えるほど感情を表していたので、王も動いてくれるかもしれないと期待したのだが、その後は『好きにしろ』とぞんざいに言われて終わる。あまりにも予定調和なので、誓道はもう天を仰いだりはしなかった。

 放任の状況は変わらなかったが、しかし練習試合の許可は下りた。

 あとは今日をうまく乗り切ればいい。


『それではこれより、オーク国とヴァンパイア王国との親善試合を開始する』


 オークの一人が大声で告げる。奈月が首を傾げる。


「しんぜん? 練習試合じゃなくて?」

「たぶん、友好的な試合ですよって建前で言ってるんだと思います」

「なにそれ。喧嘩ふっかけて無理矢理こうしたんじゃん」


 奈月が愚痴をこぼす。まさにその通りだったので、誓道も深く頷く。


『オーク王国より、祭器はバンジック。ヴァンパイア王国からは……その方、祭器の名称はなんだ』


 審判らしきオークがこちらを向いて聞いてくる。

 「ライハーゴでーす」奈月が軽く答えたが、外部音声機能はオフになっていた。「奈月さんスイッチ」誓道が指摘すると、奈月は機能をオンにしてもう一度言い直す。


 『では、ヴァンパイア王国より、祭器はライハーゴ』


 言われた名前を繰り返す審判の様子で誓道は気づく。どうやらオーク王国は複座型の祭器を知らないらしい。

 祭器には固有名称、つまり機体名がある。翡翠色の機体は「バンジック」というらしい。誓道が知らないのはエルフ王国で保有されていなかったからだが、異世界人なら大会に出たことのある祭器の機体名は把握しているだろう。

 つまりライハーゴが知られていなかったということは、大会で使われたことがないことを示していた。


(まぁ二人乗りだもんな。一人乗りがあるなら、そっちで出るか)


 別に深い意味はないのだろう。しかし知らない祭器が出てきたという状況は、なるほどオーク王国にとって調査の理由にはなる。

 誓道が一人で納得している間に、オークの口上が続く。


『試合形式は決闘祭に準ずる。一方の祭器が戦闘不能に陥った時点で勝敗を決する。ただし親善試合であることを考慮し、相手方決闘士に直接の危害があった場合は試合を中断する』

「あ、そっか。頭は守んないといけないね」


 前部座席の奈月が気づく。戦闘不能にもいろいろな状態があるが、特に頭部破壊が一番わかりやすい。なにせ映像を映す装置が頭部に集約されている。そこを破壊されると真っ暗闇で戦うことになる。そんなことは不可能なので、戦闘不能と同義だ。


「です。頭部が潰されたらもう大会には間に合わない」

「そうなったらブラっちに殺されちゃうねー、はは」


 冗談ぽく言っているが、奈月の声には真剣味があった。あえて負ける段取りとはいえ、それなりにダメージは抑えておくべきだと理解している。


『では双方、構え』


 審判の言葉に従い、ライハーゴとバンジックが構える。


『――はじめ!』

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