1-25 誓道が受けてきた仕打ち
「そういうこと」
「でもそれだと、オーク国の戦い方もバレちゃわない?」
奈月が鋭い指摘をした。斉藤が指を鳴らして彼女を指差す。
「もちろんその通り、ベリル王は嫌がるはずだ。そこで、この練習試合は俺が相手になる」
「斉藤さんが?」
「俺は新人だからよ、まだ重要な戦力扱いじゃねーんだ。今大会も温存される予定になってる。だから戦法がバレたってそんなに痛手じゃない。むしろヴァンパイア王国の複座型の性能とか、君たちの戦い方を先に知れる方が得なんだ。まぁヴァンパイア王国は弱小国だから貴重じゃないかもしれないけどさ。ほら、勝利したときには祭器か決闘士の接収があるわけだし。先に知っておくのはありじゃん?」
「それ、あたしらが負けるって前提の話っすよね」
奈月が厳しい目つきで聞いた。誓道も同じことを考えたが、物怖じしない彼女の方が口が早い。
「ああごめん、気に触った? あくまでベリル王の視点だからさー」
対する斉藤はへらへらと笑い飛ばす。
「でも君らにとっても決して悪い話じゃないっしょ。だって、初戦の前に対戦経験が詰める。祭器が一機しかないってことは対人訓練だってできてなかった。違う?」
誓道は心中で唸る。ビジネスで一緒に動いていたときからそうだったが、斉藤はやはり勘所が良い。
こちらはゴーレムを相手に戦ってはいるが、単純なロボットと対人戦闘ではやはり得られることが違うことを、エルフ王国の経験で知っている。
彼の言う通り、こちらにもメリットはある。初戦の相手は斎藤ではないだろうが、それでも他国の祭器と戦うことは経験値になる。ぶっつけ本番より少しはマシになるかもしれない。
だが、当然だがデメリットはある。というか、こちらの方が大きい。
斎藤がオーク国のメリットと捉えている通り、オーク国に戦法が漏れる。どれくらいの実力か把握される。大会まであと少しという時期だからこそ、対策される可能性が高い。
加えて斉藤には話していないが、
「どうする、誓っち」
奈月が袖を引っ張り、小声で聞いてきた。彼女としても迷いがあるようだ。
「あのさ」斉藤が語気を強めた。
「迷う必要ある? 受ける以外なくない?」
確かにそうだ。そうだが、本当に受けるしかないのだろうか。
斎藤はため息を吐く。
「なに、やめとく? 別にいいけど。でも俺はオーク王国の決闘士だからさ、正直に報告するしかないんだぜ。キミらをこっそり逃がすなんてことしたら、それこそベリル王に殺される。まぁ自分らでどうにかできるなら、勝手にどうぞ」
斎藤が畳み掛けるように言う。
胃がキリキリと痛む。
(ううっ……)
頭の中に靄がかかったように、考えがまとまらない。
蔑むような視線、否定するような言葉に、焦燥が積もる。迷いはあるのに、それ自体がいけないことのように感じてしまう。
そうして刺すような視線を受け続けた結果、
「――わ、わかりました」
仕方がないと自分に言い聞かせながら、誓道は頷く。
納得していたわけではないが、自分ごときに打開策が見いだせるとも思えなかった。
「そうか!」
一転して顔を晴れやかにした斉藤が誓道の肩をばんばんと叩く。
「良かったよ引き受けてくれて。これで俺の顔も立つしな!」
誓道は曖昧に笑う。
これまでと同じような、苦々しいものが口の中に広がる。
「んじゃ、ベリル様には俺から説明しておくわ。後で場所と時間を書簡で通知すっから。こういうのも俺なら簡単にできるんで」
ばんばんと叩かれる肩が痛い。そのことに文句を言うこともできず、誓道は苦笑いを続ける。
昔から斎藤はこうだった。なにか意見を言ったり違うことをしようとすると不機嫌になるが、折れたり従うと元に戻る。そうしてずっと流されてきた。
決して好ましく思っていないのに、難を逃れたことで安堵する自分自身にも落胆してしまう。
それから斉藤は別れの挨拶をしてそそくさと去って行った。
完全に見えなくなったところで誓道は重いため息を吐く。どっと疲労感が滲んだ。
「……すみません、勝手に決めてしまって」
そう言いながら振り返ると、奈月が居なかった。
誓道は瞬きした後、すぐに彼女がしゃがみ込んでいることに気づく。
「奈月さん?」
「はぁー…………あたしマジだっせぇ」
ひざを抱えた奈月は頭を抱えていた。
「練習試合ってさ、やっぱあたしらには損だよね? 動きとか研究されちゃうし、人工筋肉も減っちゃうし」
「それは――」
「あたしがあそこで声かけなきゃ、こうはならなかった」
誓道は、何と声をかけるべきか迷った。こういうとき気の利いた言葉が出てこない不器用さも恨めしい。
すると、奈月がぷるぷると震え出した。また泣き出してしまったのかと誓道が狼狽しかけた瞬間、彼女は勢いよく立ち上がった。
「ふんがー!」
両手の拳をグーにして天高く突き上げ、顔も不機嫌に歪んでいる。
しかしそのポーズのまま固まって、何も言葉を発しない。
「……あの、奈月さん?」
「おしまい」
「え?」
奈月は鼻からふんすと息を吐き出し、上げていた両手をゆっくりと下げて腰に置く。「だから、おしまい」
「なんか愚痴とか後悔とかたくさん出てきそうだったから、そういうのはこれで一旦おしまいにする。もう何も言わない。あたしのせいなのは変わらない」
「でも、理不尽なのはあっちで」
「やめて、今は優しくしないで」
奈月がぐっと唇を噛みしめた。じわりと瞳が揺れている。
「そりゃね? 言いたいことは山ほどあるよ。ベリルって王様にも斉藤って人にも。だけどさ、それもこれもあたしが招いたことだから。ここで誓っちに慰めてもらったって何も解決しないじゃん? だから、この先のことを真剣に考えようと思って」
そう言い切る奈月の姿は、とても子どもには思えなかった。彼女もまたこの異世界に来て肝が据わってきたのか、あるいは元からこういう気質だったのか。
何にせよ、誓道はホッとした。やはり前向きな彼女の姿は助かる。
「あ! ごめん」
急に奈月が両手を合わせた。
「誓っちの友達なのに、言い返したり失礼なことしたよね。嫌だったよね、ほんとごめん」
「ああ……」
そんなことか、と誓道は苦笑いする。確かに褒められた態度ではなかったかもしれないが、あの斎藤の態度には誰だって思うところがあっただろう。
「いいんです。それって奈月さんが感じた本当の気持ちなんでしょう? それに斎藤さんだって失礼だったと思うし」
「うっ……まぁそうなんだけどさ」ごにょごにょと言い淀む。
「なんか最初っから、自分はもうオーク国でうまくやってますアピールすんじゃん。ちょっと前はあたし達と同じ立場だったのに、他人事みたいで。ちょいちょい自慢話挟むし? そりゃあっちの言い分のほうがこの世界では正しいかもしれないけど、それを押し付けてくるのが大嫌いな社会の教師みたい。ほんとにあたしたちを助けるつもりなのかな……ってほんとごめん! 友達なんだよね?」
「まぁ、元の世界では仕事仲間っていうか」
そう答えながら、誓道は自分の言葉に違和感を覚える。
そういう表現すら正しくない気がした。
「いや……違いますね、きっと。カモだっただけなんだ、俺は」
「カモ?」
「奈月さんは、ネットワークビジネスって知ってますか」
奈月は首を振る。そうだろうと思って、誓道は説明する。
「ネットワークビジネスっていうのは、紹介した人に製品を購入してもらったり、紹介した人とパートナー契約を結ぶと、その人達が購入した売上の一部が自分に入ってくる仕組みです。そうしてどんどんピラミッドみたいに上から下にパートナーが増えていくと、何もしなくても売上の一部がどんどん自分に入ってきて儲かります。俗に言う不労所得っていうやつです」
「へぇーそんな仕組みあるんだね。誓っちもやってたの?」
「はい。俺は斎藤さんに誘われて、あの人の下につきました。斎藤さんは俺以外にも何人もパートナーを抱えていた凄い人で、何もしなくても売上の一部が入ってくるって自慢してました。俺はそんなあの人に憧れて、自分もパートナーを増やしていこうと一時期、頑張ってたんですけど……うまくいかなくて。それに毎月、一定数は製品を買わないといけないノルマもあった。斎藤さんが、人に紹介したり配ったり自分自身に使うため買っておくべきだって……でも、それはきっと建前で、単にインセンティブが止まらないようにしたかっただけで。そうして俺を含めた何人もの人に、夢を見させて貢がせていたんだと思います」
「え、なにそれ」奈月が眉をひそめる。
「ひどくない? てか詐欺じゃん?」
言葉の重みが突き刺さる。
詐欺。そう評されてしまうことを、つい数ヶ月前まで信じていた自分の愚かさに、乾いた笑みが浮かんでくる。
「そうなんでしょう、ね。本人は否定するだろうけど」
「はぁー!? マジ最低じゃん! えっ、てかじゃあ、友達じゃなくない?」
「……少なくとも、俺はどうでもいい相手だったんじゃないかな」
そうして認めていくと、胸の奥がズキズキと痛む。自分が馬鹿だったという事実を他人の前にさらけ出すのはとても恥ずかしくて、辛い。
一方で、どこかスッキリした部分もあった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます