1-24 斎藤との再会②
「なるほどな」
斉藤は神妙な顔で、誓道の肩に手を置く。
「そいつは大変だった。よく生きてたもんだ」
「奈月さんのおかげなんです。森で彷徨ってたところを偶然見つけてくれて。そうでなければ死んでました」
隣の奈月は得意げにピースしていた。
「でもさ、あたしとしても助かったからお互い様だよ。ライハーゴは二人じゃないと動かせないんだもん」
「さっき言ってた複座型の祭器ね」斎藤は軽く頷く。
「ヴァンパイア王国にはもうそいつしか残っていない、と……エルフ王国から追い出されたってのに災難だな君も。どう考えても無理ゲーだ。逃げ出した方がマシに思える」
現実主義の斎藤らしい発言だった。
すると奈月が「そーでもないんで」と強めに否定する。
「あたしと誓っちは割と良いコンビっす。二人乗りでも戦えるから」
ね? と同意を求められ、誓道は頬を掻く。斉藤の手前頷くほどの自信はなかったが、さりとて彼女を否定したくもなかった。
斎藤は驚いたように眉を上げる。
「え、なに、マジで勝てる気でいる? うそー。俺だったらこんなハンデありの勝負に賭けたりせず、別の方法考えるけどなぁ」
露骨に可能性などないと言われて、奈月がムッとしていた。
「……でも、どこにも行き場なんてないですし」
斎藤の扱いに慣れている誓道は苦笑いで返す。どうせ何もできないことが分かっていて、軽口を叩いているのだろう。
「まぁ確かに? ろくに祭器を動かせないんじゃ、もし他の国に辿り着いても変わんなかったろうな。そういう意味じゃキミ、運が良かったんじゃないか。なんとか大会には出れるんだから。可能性1%はあるじゃん、ははは」
奈月の目尻が更につり上がっていく。誓道は内心ハラハラし始めたが、しかし当の本人はまるで気にした風もなく、桟橋の柵に寄り掛かった。
「俺もさ、運は良かったつうのかな。オーク王国に引き取られたときはマジで絶望したんだけどね。なんせ豚人間だぜ? 豚小屋とかマジで勘弁だと思ったよ」
「いや、斎藤さん、そんなこと言っちゃ……」
周囲を気にする誓道を見て、斎藤は笑い飛ばす。「心配すんなって」
「キミも相変わらずビビりだな。そんなことだから大事なビジネスの商談を取り逃がすんだぜ? クレバーになりなよ」
誓道は閉口する。こんな風に説教じみた会話でマウントを取られてばかりだったことを思い出す。
慣れているとはいえ、こんな姿を奈月に見られるのは癪だった。
「あーでも、普通ビビるのが当たり前か。さっきみたいなことがあるしな。でも俺はちょっと違うんだよ。信頼されてるっていうか、色々あってボスに気に入られてさぁ。この通り今も少しだけなら単独行動を許されてる。オーク王国は俺と馬が合うっていうの? だから今は、引き取られてラッキーだったって思うんだ」
「そ、そうなんですね」
誓道は奈月をチラチラ見ながら相槌を打つ。彼女は極端に無口になっている。自分はいいにしても、奈月が不機嫌なままなのは心臓に悪い。
「斎藤さん、あの、話っていうのは?」あまり長引くとよくないと判断した誓道は、先を促す。
「ああ、そうそう、それな。オークに欠点があるとすれば、怒りの沸点が低いところだ。特にベリルの旦那はマジで手が早い。それで殺された転移者もいるらしくてよ。話してみると頭の良い方なんだけど、種族の本能ってやつだ。おっかない方だよ。特に恨みは忘れない厄介なタイプでさ」
まるで脅すように言いながら、斎藤は値踏みするように誓道を見つめる。
「ベリル王に無礼を働いたこと、ハッキリ言ってやべぇ状況だから。何とかしないとキミのとこの国まで火種が飛ぶぜ」
「あのさ、マジで何なん? 手を振っただけなのに、おかしくない?」
奈月が堪えきれないように愚痴る。斎藤は軽く笑った。「ここ異世界なんだけど?」
「キミの常識って通用しないんだよね。もう結構な時間経ってるから、いい加減慣れたほうがいいよ」
「おかしいって思ったことを素直に言ってなにが悪いわけ? てかあんたさっきから、まるで自分がオークの仲間みたいに言ってるけど、あたし達さらわれたんだよ? あいつらのせいなんだってこと忘れたの?」
「はは、そうか。高校生って子どもだもんな。世の中には仕方ないことが山程あるんだよ。いかに順応できるかが大切なの。お兄さんがそういう世の中の渡り方、教えてあげよっか?」
斎藤が奈月の頭に手を伸ばす。撫でようとしたようだが、奈月は露骨に嫌そうな顔で身を引いた。
誓道は瞠目し、ビキリと頭の中で音が鳴った。
「キミねぇ」斎藤が面白くなさそうに笑みを消した。
「早く要件を言ってください」
誓道の声が割り込んだ。
自分でも驚くほど低い声を出していた。奈月に触れようとしたことが、なぜか物凄くムカついた。
斎藤は鼻白んでいたが、すぐに薄ら笑いを浮かべて話し始める。
「まぁいいけど。んで、どこまで話したっけ。そうそう、今は俺が場を取り持って一時しのぎしてるだけだから。何も誠意を見せないでケットシー王国から出られることはないと思ったほうがいい」
「……誠意、とは」
「そりゃやっぱ、キミらの王様が謝罪することかな」
誓道は渋面を作る。こればかりは奈月も反論できず黙り込んだ。
正直、あのブラド王が謝罪に行くなど考えられない。必死になって動くくらいなら亡国を選ぶとのたまう王だ、他国の王に頭を下げるなんて死んでもやらないだろう。だからこそ誓道は奈月がオーク王国に連れ去られることに焦った。もしそうなったらブラド王は、奈月を助けに動かないどころか、厄介な事態を招いた自分を殺す可能性だってあったのだ。
「その顔じゃ無理そうだな。そうだろうなとは思ったよ。一国の主がそんな安々と頭を下げるわけねぇもんな? ベリル王もそれを分かってて吹っ掛けたんだろう。ほんと頭は切れるからなあの方は」
青い顔で黙り込む誓道の肩を、斎藤が強めに叩く。「心配するなって」
「俺は仲間だったキミのことを助けたいんだ。何とかしてやれる。そのために会う時間を貰ったんだ」
困惑に眉をひそめる誓道に、斎藤はビジネススマイルで頷いてみせる。
「方法は一つ。ヴァンパイア王国とオーク国で、練習試合を組むことだ。これでキミらは助かる」
「練習試合?」誓道と奈月は揃って顔を見合わせる。
「ベリルの旦那は少しでも得しないと気が済まないタイプでよ。逆を言えば、メリットを提示できれば手打ちにしてくれるお方だ。メリットってのはヴァンパイア王国王直々の謝罪だったけど、それが無理なら別のメリットを与えればいい。それが誠意になる」
「そのメリットが、練習試合なんですか?」
「ああ。ちょうどオーク国とヴァンパイア王国が一回戦で当たるだろ? 君たちと練習試合を組むことができれば、ベリル王にとっても利が生まれるってわけ」
そう言われても誓道にはまるで理解できなかった。奈月は言うまでもなくついていけずポカンとしている。斉藤はやれやれと首を振った。
「エルフ王国に居たってのにわからねぇのかい、誓道クン?」
「す、すいません……」
「そんなんじゃ追い出されても仕方ないって言われるぜ? もっと勉強しろよな」
いちいちグサリとくることを言いながら、斎藤は口元を吊り上げ、得意げに語る。
「決闘祭はスポーツの祭典じゃない。代理戦争だ。どういう祭器を保有していて、どういう決闘士が居るか。前の大会からどう変わってきたか。軍隊と一緒で、各国の戦力を把握しているのとそうでないのでは結果に雲泥の差がある。だから各国は自分達の情報は隠すし、相手国の情報を得ようとする。この時期に練習試合を組むなんてどこの国でもやりたがらない。なぜなら、決闘祭まで時間がねぇからな。この短期間で戦法を変えられる奴はそういない。となると、本番で対策を立てられる可能性が高くなる」
誓道はそこでピンときた。
「つまり、ここで練習試合を組むことでヴァンパイア王国の戦力が分かる。それがメリットってことですか」
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