1-15 奈月、最初から全力を出してしまう
『じゃあいくよー。最初は右弱パンチ』
弱?と疑問符を浮かべた誓道の前で、ライハーゴが拳を突き出す。
『右中パンチ』
腕を戻したライハーゴは、更に腰を落として拳を突き出す。さっきよりも動作が速い。
『右強パンチ』
再び腕を戻したライハーゴが、踏み込みながら拳を突き出す。ゴウッという音と共に空を切る徒手空拳が放たれる。さっきの中パンチよりも更に速い。
『こんな感じだけど、どう? 合ってる?』
なにが合っているかはわからないが、奈月が言いたいことは理解できた。
「コマンドモーションの出し方を弱中強っていう風に分けてるんですか?」
『そーそー。名前つけてたほうがわかりやすいじゃん?』
正鵠を射ている意見だった。エルフ王国でもコマンドパターン一つ一つに「型」という呼び名をつけて区別していた。弱中強という区別はきっと格ゲーを意識してのことだろう。
『あとさ、コマンドを繋げればコンボ攻撃もできるよ』
コンボとはなんだ?
誓道が疑問に思う間に、ライハーゴが屈む。次の瞬間――
右掌底、左ローキック、左肘鉄、そして回転蹴り。
ライハーゴは一連の動作を、流れるように発動させてみせた。
(早……っ! ほとんどラグもない……!)
コンボ攻撃、すなわちコンビネーションと呼んでいる理由が分かった。奈月のコマンド入力が早すぎて、行動が終わるタイミングで次のモーションの指示が入っているのだ。だからこそ、まるで一つの攻撃モーションのように動かせている。
それは、とてつもないことだった。
合計十個のボタンの組み合わせパターンは、押す順番も考慮すると9,860,410 通りもあるという。もちろん人間が全て覚えられるわけがないのでもっと少ないパターンしか登録されていないが、それでも組み合わせの数は膨大だ。それを正確に覚え、精密に入力する指捌き――そんなこと、自分なら到底できない。
いや、あのローランですら、ここまで早いコマンド入力ができるだろうか?
そう考えて、はたと気づく。ライハーゴは複座型だ。奈月は人工筋肉の操作に意識を持っていかれることがない。人工筋肉へ思念を送るタイミングを考慮しなければ、コマンドも連続入力しやすい。だから早いのだろう。
それは逆に、人工筋肉が一切追随していないことを意味している。
『わぎゃ!』
奈月の素っ頓狂な声と共に――ライハーゴが仰向けに倒れた。
ズシンという重低音と共に土煙が舞い上がる。誓道も思い切り被ってしまう。げほげほとむせ返りながら呼ぶ。「だ、大丈夫ですか?」
『……頭打った。いってー』
弱々しい声だが、どうやら無事なようだ。誓道がホッとしていると、ライハーゴが上体を起こす。
『コンボ攻撃してるとき、ぜったい転ぶんだよね。これって人工筋肉が動いてないから?』
「そうだと思います。あれだけ早く動くと、機体が大きいから遠心力や回転力で振り回されるんです。だから人間みたく足腰に人工筋肉を集中させて踏ん張るんですけど……奈月さんだけだと人工筋肉の操作ができないので、仕方ないかと」
『そっかー。ならさ、おいでよ! 一緒にやってみよ!』
言うや否やライハーゴが膝立ちになり、背部ユニットのハッチが開く。
急な誘いに誓道は度肝を抜かれた。
「い、いきなり、ですか?」
『なに言ってんの。何事も試してみないと。ほら早くはやくー』
初日から二人乗りを試すなんて思っていなかった。あらゆることが急展開すぎて、こちらが奈月に振り回されている。
だが、渋っていても仕方がないことは確かだ。
強引さを受け入れた誓道は、ゆっくりとライハーゴに歩み寄って足から腰を登り、背部ユニットの操縦席に入る。
「お邪魔、します」空いているハッチからそろりと入る。
「なに言ってんの誓っち? 二人で乗るんじゃん」
振り返った奈月がおかしそうに笑う。
「そ、そうですね」
誓道は苦笑いしながら後部座席に座る。狭いが、我慢できないほどではない。
それより――
(……近い)
股の間に前席の背もたれが入りこんでいるので、ともすれば奈月を後ろから抱きしめているような格好になっていた。
(しかも何だか良い匂いが)
彼女の後頭部が近いせいか、女子特有の甘い匂いが鼻孔をくすぐる。無駄にドキドキしてくる。
「なんか後ろと結構近いんだね。誓っちに抱きしめられてるみたい」
「す、すみません! もうちょっと後ろに寄るんで!」
「は? 別に嫌って言ったわけじゃないんですけど」
少しムッとしたような奈月は、髪をかき上げて二つのスティックを握りしめる。その際にまたふわりと甘い匂いが漂って、誓道は無駄に緊張してしまう。
「とりま練習しよ」
奈月がスティックを操作し、フットペダルを踏む。立ち上がったライハーゴが構えを取る。
「まずはさっきと同じコンボでやってみよっか」
「ちょ、まだ額当てが」
誓道は慌てて背もたれにある額当てを装着した。
ほぼ同時に奈月が、スティックのボタンをカコカコと連打する。
(待て待てコンビネーションて最初はどうだったっけ!?)
思い出す。右掌底だ。
ライハーゴが右腕を引いた。誓道は
放たれた右掌底は安定していた。足腰にも十パーセントほど集中させていたからだ。
その後はなんだったか。確か左ローキック。誓道はすかさず脚部に人工筋肉を集中させる。
ライハーゴは右掌底を放った姿勢から、間髪入れずに左ローキックを繰り出した。姿勢は、崩れていない。
「おお-!」
奈月が感動の声をあげながらまたカコカコとボタンを連打した。続きは左肘打ち。左腕と踏み出す右足に人工筋肉を集中させる。左肘打ちが無事に決まる。
「すごいすごい! なんかビシッと決まるし全然揺れないよ!」
確かな感触があるのは誓道も同じだった。しっかり力の伝達が出来ている。
源四郎は、人間の武術と要領は同じだ、と言っていた。溜めと正しい動作、そして踏ん張りによって攻撃のエネルギーは正しく伝わり、安定する。
(こういうことだったのか……)
自分の操縦ではついに感じられなかった手応えに、誓道は少し複雑だった。
ライハーゴが回し蹴りを放つ。操縦席がぐるんと横に揺れ動くが、足腰にエリキサを集中させているので姿勢は安定している。
「いいよ誓っち! この調子で次ね!」
「――あれ? 次?」
モーションはここで終わりではなかったか? さっきは回転蹴りの後に姿勢を崩して倒れたから、次なんてなかった。
(あるなら言って!?)
焦った誓道は、足腰に集中させた人工筋肉を維持する。どんな動きだとしても、自重を支える踏ん張りが効いていたほうがいいはずだ。
放たれたのはハイキックだった。偶然ながら脚部に集中させていたのは正解だった。
カコカコ、とボタンが連打される音が聞こえた。
「いや終わりじゃ――!?」
驚きで声を上げた誓道は、人工筋肉の操作を怠った。奈月が指示していたのはしゃがみ込みの足払いだったが、そのしゃがみ込むタイミングで踏ん張りどころか姿勢の維持すらできなくなる。
結果、ライハーゴはしゃがみこみながら後ろにぐらりと傾いた。
「あえ?」
「うわ!」
――背中から地面に激突する。
操縦席がガクガクと振動し、モニターにノイズが走り、背中と胸元に鈍痛が走った。肺から空気が抜けて、目の前が明滅する。
「っ……いてて」
仰向けの誓道は、背もたれに押し付けられたような状態で、何とか前に手を動かす。前席の奈月が無事かどうか確認しようとした。
なにかに触れる。柔らかい感触。温かいが――触っている距離がやけに近い。
「いったー。くっそ、またコケた」
声は自分の胸元から聞こえた。誓道はギョッとして胸元を確認する。
腕の間に、奈月がすっぽりと収まっていた。彼女は頭を打ったのか、掌で自分の頭部を押さえている。
「ななな奈月さん!?」
「ごっめーん誓っち。投げ出された。重かったっしょ? いまどくね」
「うんしょ」と掛け声を呟いた奈月は、誓道の胸を支えにしながら細腕で身体を離す。それからもぞもぞと前席に戻っていった。
唖然としていた誓道は、ハッとして自分の手を見る。
(ど、どこ触ってたんだ俺?)
椅子越しに肩を触るつもりだったのに。もしかすると、もっと別の場所だったかもしれない。あんなにも柔らかかったなら、ヤバい箇所だったかもしれない。どうしよう。
「あ、あの奈月さ――」
「やっぱこのベルト使わないと駄目かぁ。胸が締め付けられて痛いんだけど」
前席に座る奈月が、自分の手でバストを持ち上げる仕草をしていた。さっきの柔らかさが蘇って、色んなところが熱くなる。
「まーいいや。それより人工筋肉を動かしたのにまた転けたんだけど、これって操縦が――なにしてんの?」
後ろを振り返った奈月が胡乱げに呟く。誓道は必死にうつむき、太ももを閉じて手でギュッと押さえていた。
「い、いや、何でもないです」なんとか取り繕う。今の状態がバレたら絶対にキモがられる。それは避けなければ。
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