1-16 意思疎通は、掛け声で
「さ、さっきのことなら……原因ははっきりしてます。祭器の操縦と人工筋肉のコントロールがバラバラだったせいです。モーションの途中で発生する負荷がそのままかかってきて、運動エネルギーを円滑に伝えられていなかった。それにライハーゴは背面ユニットに重量が偏ってるので、元々安定感がない。だから姿勢制御を怠ると、後ろに傾いてしまうんです」
「つまりどゆこと?」
伝わらなかったか。難しい単語をチョイスするとよくないらしい。
誓道はもう少し説明を頭の中で再構築する。「ええと」
「大きくて重いリュックサックを背負ってると考えてください。背負ったまましゃがんだときって、踏ん張らないと後ろにこてんと倒れますよね? さっきライハーゴが行ったモーションはしゃがみこんだ動きだった。そこで足にもっと人工筋肉を集中させないと駄目だったんですが、それができていなかった。なので倒れたんです」
「なーる」理解したように手を打った奈月だが、すぐに小首を傾げた。
「でもさ、途中まではちゃんと動かせてたじゃん?」
「それは、最初に見せてもらった回し蹴りまでは発動するのがわかってたので……そこから先は知らなかったから」
「あ、あたしのせい、か」
再び振り返った奈月が、すっと手を伸ばす。誓道はビクリとしたが、彼女が頭を優しく撫でてくるので、されるがままになった。
「ごめんね……あたしが盛り上がって次を言わなかったせいだね。痛かったよね」
「だ、大丈夫です」
細く柔らかい指に撫でられているとくすぐったい上に、少し恥ずかしい。
そこでふと、思う。奈月は異性に触れることにあまり抵抗感がないようだ。慣れているからか。自分だから緊張していないだけなのか。どちらなのだろう。
「どする? ちょっと休憩する?」
「――いえ、どうせならもうちょっと練習しましょう」
「お、そうこなくっちゃ」
ニコリと笑った奈月は前に向き直り、手元でスティックを操作しペダルを踏む。転んでいたライハーゴはゆっくりと起き上がり、直立不動の態勢になる。時間をかければ、こうした動作は人工筋肉の補助がなくても安定したまま実行できる。人間が立ち上がるとき、ゆっくり少しずつやれば安全なのと同じだ。
しかし戦闘のときはこうはいかない。相手と互いに猛スピードで移動し、攻撃を繰り出す動作はあまりにも苛烈だ。8メートルほどの巨人だからこそ、かかってくる負荷や遠心力は凄まじいものがある。やはり人工筋肉を使うことは必須条件になるだろう。
問題は、モーションに対して適切に人工筋肉を移動させられるかどうかだ。次に発動するモーションがわからなければ、誓道がその部位に筋肉を移動させることができない。
次に発動するモーションは奈月にしか分からない。超能力者じゃあるまいし、頭の中を覗くことなどできはしない。なにかいい方法はないものか。
「わかった! じゃあさ、掛け声するよ!」
奈月が、名案を思いついたとばかりに声を上げた。
「掛け声?」
「そー。たとえば、右弱パンチ」
そう言った奈月はコマンドを入力する。ライハーゴがブンと右の拳を繰り出し、背部ユニットが振動した。
「こんな風にあたしが押すボタンを先に教えてたらいけんじゃない?」
「声で知らせる……ってことですね」
考え方は間違っていない。頭の中が覗けない以上、後席に指示を伝えるには音声か文字情報のどちらかで伝えるしかないだろう。
しかし、果たしてそれでうまくいくのか。
「ね? じゃーやってみようよ。まず右中パンチね」
奈月はカコカコとボタンを打つ。誓道も真剣な面持ちになる。やってみるしかない。
ライハーゴが腕を引き絞る。同時に、誓道は人工筋肉へ思念を送った。踏み出す足に三十パーセント、繰り出す右腕に四十パーセントのエリキサを集中させる。
ゴウ、という音と共に右の拳が空を殴る。
正確かつ安定して、右のストレートパンチが放たれていた。
「いま! いま出来てたっぽいよ!」
「です、かね」
「もーケンキョ! できてたよ絶対!」
後ろを振り返った奈月が楽しそうに笑う。言われるとそんな気がしてきた。
「次いくよ! 左弱パンチ!」
すぐに思念を送る。人工筋肉が左の腕に集中し、放つ正拳突きが一回り大きくなる。
「右中キック!」
奈月の声と共に人工筋肉にイメージを伝える。ライハーゴの放ったローキックは、動きを阻害することなく綺麗に決まった。
「左回し蹴り!」
ライハーゴが大きく動く。軸足に人工筋肉を集中させていたおかげで動きは安定し、操縦室の揺れも許容範囲だった。
それからも奈月の声に合わせて人工筋肉を操作していく。彼女の掛け声がパンチだとかキックという部位がわかりやすい指示なので、イメージしやすい。格ゲーの表現はどうやら理にかなっている。
一通りのモーションを終わらせた後、ライハーゴが構えのポーズで停止した。
「――やれんじゃん、あたし達……!」
奈月は感動したように呟き、ぐっと拳を突き上げた。
「やれるよ誓っち! 戦えるよあたしらで! なんとかなるかも!」
「は、はい」
息を切らせながら誓道は頷く。掛け声という原始的な方法ではあったが、モーションの成功率はかなり高い。
(偶然だけど、このやり方は俺達に合ってるんだ)
誓道はそう実感していた。掛け声の後に念を送ってからでも人工筋肉の移動が間に合うという事実が、それを物語っている。
本来の祭器は、スティック操作の直後、1秒と経たない間に思念を送って人工筋肉を追随させる。そうしないとモーション中に移動を始めた人工筋肉が内部フレームを邪魔するからだ。1秒も掛かっていたらまともな動きはできない。
掛け声方式だとタイムラグが1秒は発生してしまうが、それでもまともに動いているのは、おそらく自分のFP値が高いおかげで反応が速いからだろう。
さすがにコンビネーション攻撃ほどの連続行動は掛け声方式だと隙が生じてしまう可能性はあるが、まるで戦えないよりは随分とマシだった。
「よーし、これで特訓して本番に――」
『ほう、本戦に間に合うのか。それは重畳』
操縦席に第三者の声が響いた。驚いた誓道と奈月は声の方向へ目を向ける。
聞き覚えのある声は、ブラド王のものだ。しかし前面モニターに映っているのは、城の屋根からぶら下がっている一匹のコウモリだった。
確か部屋に呼ばれたときもコウモリが喋っていた。使い魔と奈月は言っていたが、ヴァンパイア固有の能力なのだろうか。
「なに? 興味なさそうにしてたのに監視だけはしっかりするんだ?」
奈月が嫌味を含めながら言うと、コウモリがキキキと声を上げる。
『もちろん興味などない。だふぁ監視は当然であろう。貴様たちが祭器を操れる以上、逃亡の可能性があるからな』
「誰が逃げ出すなんて――」
奈月が抗議した途中、地響きと共に振動が来た。「なに? なに?」奈月が慌ててスティックを握りしめる。
「違います! ライハーゴじゃない!」
誓道はモニターを指さす。ライハーゴの正面にある地面がボコボコと盛り上がり始めていた。その黄土色の土が次第に人の形になっていき――一つ目の巨人が出現する。
「ちょ!? なにあれ!?」
『権能により使役したゴーレムである。我が領域の物体はたとえ土塊であろうと容易く人形にすることができる』
一つ目巨人が両腕をあげ――急に突進してきた。
真正面から体当たりを受けて背中から転倒。振動が操縦室を襲う。「うあ!」「きゃああ!」
『これより祭器に搭乗している間、一定時間内にゴーレムを発生させる。命じたのは敵の破壊。安々と逃げおおせられると思うな、奴はどこまでもついていく』
「だぁから! あたしら別に逃げようって話してないっての!」奈月の怒りの声が胸元から聞こえた。誓道は確認し、ひぇっと声を上げる。また投げ出されたらしい奈月を、今度は後ろから抱きとめる形になっていた。
「ていうかあんなのに襲われたら大会出る前に壊されちゃうじゃん!?」
『ゴーレム程度も始末できぬような腕では、どのみち勝利など見込めぬ。過度な期待で舞い上がっても仕方あるまい。ここで死んでおけ』
キキキ、と笑ったコウモリが空へと羽ばたいて消えた。
「ちょっと、なんなのその理屈!?」
奈月が手足をバタバタして吠える。痛いのと柔らかいのと混乱で誓道の視界はぐるぐる回る。下半身もまた熱い。
モニターでは、ゴーレムが近づき、大木のような腕を振り上げるのが映った。
奈月が慌てて席に戻り、スティックを掴む。
腕が振り落とされ、地面が爆発したように抉れる。だがそこにライハーゴの姿はない。奈月が操作して回避し、殴打を逃れていた。
ライハーゴが立ち上がる。黄土色のゴーレムは威嚇するように両腕を振り上げた。
「誓っち! あいつぶっ倒すしかないみたい!」
「ま、マジっすか」
「マジよマジ! あの変態ヴァンパイアに殺されたくないでしょ!?」
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