1-17 VS ゴーレム
奈月の訴えと同時にゴーレムが突進してくる。奈月はスティックとフットペダルを操作して回避。着地と同時に機体が揺れる。エリキサを操作していないので安定性がない。倒れなかったのは運が良かっただけだ。
ゴーレムの攻撃は森の入口辺りに激突した。生えていた木々が軋みながら倒れていく。まともに受けていたらと想像し、誓道はゾッとした。
ゴーレムが振り向き、こちらに向かってくる。今度は両手を広げて掴みかかってきた。
ライハーゴは回避しなかった。代わりに腕を伸ばし、相手の両手をつかんで受け止める。プロレスでいうロックアップの格好だ。こんな細かいモーションまで登録されていたのか、と別の意味で驚いてしまう。
「念じて誓っち!」
誓道は我に返り、即座に思念を送った。ライハーゴの腕がボコリと盛り上がる。人工筋肉を五十パーセント集中させ、膂力を強化した、
ゴーレムをぐぐっと押し返していく。
「左中キック!」
誓道は無意識に反応していた。
左足に人工筋肉を移動。手を組んだままのライハーゴがゴーレムの胴体に左ミドルキックを食らわせ、ゴーレムがよろける。
「右強パンチ!」
カコカコとボタンが連打される。誓道は指示に従い右拳にエリキサを五十パーセント、踏み込む足に三十パーセントほどの量を集中させた。
ゴーレムに対し、勢いを乗せた右の正拳突きがまともにぶつかった。
土塊の化け物が鈍い音を立てて横転する。ズシンと地鳴りのような音が鳴り、森から鳥達が飛んでいった。
しかし、ゴーレムは立ち上がった。拳を食らった腹部がぼっこりと凹んでいたが、それも一瞬で元の形状に戻る。まるで粘土細工を直すみたいだ。
「攻撃が効いてない!?」
「っぽいね」
奈月の声には恐怖も動揺もない。むしろ余裕で、ゴーレムを見据えている。
「ああいうのってさ、ゲームだと弱点を突くと崩れるんだよね。そんで、わかりやすい目印が一個あるじゃん?」
彼女が指さすのはゴーレムの一つ目だ。
「あそこ叩いてみよっか」
「そんな都合よく……!」
「ついてきて、ダッシュ!」
言うや否や、席に身体が押し付けられる。奈月がフットペダルを踏み込み、ライハーゴが急加速していた。誓道は慌てて脚部に人工筋肉を集中させる。安定性が増し、更に加速。
ゴーレムが腕を振り上げるが、それを下ろす前にライハーゴが懐に入った。
「右肘鉄!」
奈月がコマンドを打つ。誓道が指示に従って肘に腕部に人工筋肉を集中させる。
放たれた肘鉄はゴーレムの腹部にめり込んだ。ゴーレムが怯む。
「右裏拳!」
間髪入れず指示が飛んだ。誓道は即座に反応。右拳に人工筋肉を集中させる。
ライハーゴは肘鉄を打った状態からゴーレムの顔面にむけて裏拳をたたき込んだ。攻撃はゴーレムの一つ目に見事に命中。巨体が尻餅をつき、顔面を手で押さえた。
すると、黄土色の身体がボロボロと崩れていく。そのまま元の土塊に戻っていく。
ゴーレムが消えた。奈月の言ったとおりだった。
「よっしゃぁ! みたかー!」
前部座席で奈月がガッツポーズを取る。後ろの誓道は目を見開き、驚愕していた。
弱点を見抜いたことが、ではない。彼女の操縦センスに衝撃を受けていた。
肘鉄をたたき込んだ後、普通は体勢を戻して別の攻撃をコマンドする。だが奈月は、右腕の攻撃をそのまま連続で展開させた。いわゆるコンビネーション攻撃というやつだ。
マニュアル操作に専念しているからこそできる芸当だが、それでも、これはゲームではない。ハイスピードで移動しているため視点も方向感覚も常時振り回される。そんな状態で的確に攻撃を当ててみせた。機体の位置、打撃の方向と距離、そしてモーションの動作を全て正確に把握していなければできない。
ましてやこれは自分の身体ではなく、肉体感覚に頼ることはできない。8メートルの巨人を自由自在に操ることがどれくらい難しいか、エルフ王国で辛酸を嘗めてきた誓道にはよく理解できた。
(FP値が高かったら凄腕のパイロットになってたんじゃないか、この子……)
前席で喜んでいる奈月は、きっとこちらの脱帽など気づいていない。その天真爛漫さをどこか可愛らしく感じて、誓道はふっと笑う。
それから、モニターの土塊を見て眉をひそめる。
違和感があった。お誂え向きな弱点の設置に、戦闘に特化した体型。逃亡防止ならもっと他にやりようがあったのではないだろうか。
(ブラド王は、もしかしたら――)
考えは、地響きによって中断させられる。
モニターには盛り上がる土塊が二つ。それらは見る見るうちに一つ目巨人の形を成していった。
「うーわ、連続バトルかよ」
辟易と呟いた奈月が、スティックを握りしめる。
生まれたゴーレム二体が突進してきた。
「あんの性悪ヴァンパイアぁ!」
奈月の叫びが響き渡る。誓道も同じ気分だったから、代わりに叫んでくれてちょっとスッキリした。
結果的に二体のゴーレムを退治できたのは、夕暮れ時だった。
操縦室の中では二人とも肩で息をする。高速で動くロボットを制御し、しかも複座型という操縦を合わせるやり方では、疲労が桁違いだった。
「……だるぅ。汗まみれじゃんほんと最悪だわ。パワハラだよパワハラ」
「同感。初日からなにさせてくれるんだよ、くそったれ」
空気が止まった。
ぼうっとしていた誓道はそこで、自分の口が悪くなっていたことに気づく。
「あ、いや、これは」
「あはっ。誓っちって実はそういうキャラ?」
振り返った奈月がニヤニヤと笑っている。
「す、すいません。変でしたよね」
「いいじゃん。あたしは気にしないよ。むしろそんくらいの方がやりやすいって」
そう言った奈月が手を差し出してくる。
「あたしたちパートナーってことだよね。よろしくね、誓っち。がんばろ」
パートナー。その響きは誓道の胸を震わせた。かつてそれに値する言葉をかけられたことはなかった。
「――はい。よろしくお願いします、奈月さん」
「あー! まーた敬語に戻ってる! さっきのどうしたんだよ!」
「い、いやぁ、やっぱり慣れなくて」
「あたしが慣れないっつうの!」
抗議した奈月は頬を膨らまし、そこでぷっと吹き出す。「まーいいや」
つられて誓道も笑う。
夕暮れの光が差し込む操縦席で、二人は手を取り合った。
***
ライハーゴを倉庫に格納して奈月の部屋に戻ってくる頃には、すでにとっぷりと夜になっていた。
「誓っちが目覚めて、あたしと組むことになって、土のバケモノを3体倒して。ほんと今日は色々あったねー。あーつっかれた」
ベットに座った奈月がローファーを脱ぎ散らし、生足をぱたぱたと動かす。ずっと女子校の制服を着ているので太ももがむき出しだ。
誓道は気まずさで目を逸らしつつ話しかけた。
「お疲れのところ申し訳ないんですが、ブラド王に話にいかないと」
「話? なんかあったっけ?」
「……
「あー、あったねそういや」
奈月はぼふんとベットに寝転がった。「いいんじゃん明日で?」
焦りがあった誓道は出鼻を挫かれたが、確かに彼女の言う通りでもある。今日は疲れた。人工筋肉の補充だって夜にはできないだろう。
そう考えた誓道はきょろきょろと辺りを見回す。ここは奈月の部屋だ。さすがに同じ場所で休むわけにはいかない。
「あの、奈月さん」
「なーにー?」
「僕の部屋はどこでしょうか」
返事がなかった。
しばしの沈黙の後、奈月がのそりと上半身を起こす。珍しく苦笑いを浮かべていた。
「やっべー」
奈月が自分で額をぺしりと叩く。そして、バツが悪そうに切り出す。「あのさぁ……」
「案内したとき見たと思うんだけど、このお城って、かなりボロボロだったじゃん?」
「はい」
「ほとんど住めるような部屋がなかったんだよね。ここが一番マシだったくらい。ほかは全部ヤバい。エルフ王国の牢屋の方がマシ」
「……はい」
「んでブラッちはあんな感じでしょ? 自分で何とかするしかなくてさ。ここもあたしが結構リノベってやつ? したんだよねー。下手くそだけどマシになったつうか。穴とか家具で塞いで、ベットも自分で作って……ね、わかるっしょ?」
要領を得ない話し方だが、誓道は嫌な予感と共に薄々察し始めていた。
ここは最底辺の国。エルフ王国の人舎のような綺麗さとは真逆の環境。加えて、ブラド王のあの放任主義。
総じて導き出される結論は。
「うっかりっつうか何つうか……いやさ、これからどうなるかわかんなかったし、急に祭器のことになったからほんと頭からすっぽ抜けてたっていうか。悪気はないんだよ? なんか運命的に? あなたのお部屋があれな状態っつうか?」
「ないんですね」
「ほんとごっめーん!」
奈月がベットに正座して両手を合わせててへぺろする。
かわいい。ではない、これは厄介な状態だ。
しかしどうすることもできないのも確かで、奈月が悪いわけではない。
「仕方ない……です。今日だけでかなりのことがあって、部屋の準備だって間に合わなかった。そもそもこの国に居るって決まってたわけじゃないから」
誓道はそう言いながら立ち上がり、ドアに近寄る。扉を開けて廊下を見回してみる。
「とりあえず適当な部屋を見繕ってそこで休みます」
「えっ、やめなよ」
ベットの上であぐらをかいた奈月が、慌てたようにぶんぶんと首を振る。
「さっき言ったじゃん。どこもかしこもボロ部屋だよ? 穴も空いてるし斜めになってたり床が崩れてたり。雨漏りもしてるし、なんかちっさいネズミみたいのがうろちょろ入ってくんの。ベットだってないし、たぶん寝れないよ?」
「でも、さすがに一緒には」
苦笑いしながら廊下から顔を出し、奥を確認する。隙間風が吹いているのか、妙な音鳴りがする。真っ暗でどこに何があるのかもよくわからない。
「――だ、大丈夫です。硬くても寝れますから」
正直、夜通し起きていることも覚悟した。寒くて暗くても隅でじっとしていれば耐えられるだろう。屋根もないところでビクビクしながら野宿していたときと比べれば、幾分かはマシだ。
そうして部屋から出て行こうとすると「待って」と呼び止められる。
「うーん、やっぱ可哀相だしなぁ。こうなったのあたしのせいでもあるし」
ぶつぶつ独り言を漏らしていた奈月は、不意に膝を叩く。「じゃあこうしよ!」
「今夜はあたしのベットで一緒に寝よ?」
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