1-14 祭器の操作は格ゲーに似ている

『ねぇー! なにかわかったぁ?』


 操縦室に大きな声が響く。モニターに映る奈月は、待ちくたびれた様子だった。


「ある程度わかりました。いまそっちに戻ります」

『わっ。誓っちの声、外に出せるの?』


 奈月が拡声機能に驚いている。やはり、ほとんどの機能を教わっていないようだ。

 背部ユニットから降りて奈月の元へ戻った誓道は、わかったことを包み隠さずに伝えた。


「――ということで、まずは人工筋肉を購入する必要があります。ブラド王に頼んでみましょう。後はプログラムされた行動モーションの確認と、実際に二人で操縦したときの操縦感覚の確認ですね。どうも背部ユニットが大きい分、動きにクセがありそうです。人工筋肉をどれくらい動かしたら安定するのか、奈月さんの操縦と合わせて調整しましょう」


 奈月はぽかんとしながら話を聞いていた。思わず彼女の前で手を振ってみる。「奈月さん?」


「――――すっ」

「す?」

「すっごぉい誓っち! めっちゃ頼りになる!」


 奈月が誓道の手をがしりと握りしめ、ぶんぶんと振る。


「あたしだけじゃ全然わかんなかったよ! 書いてる文字とか読めるけど日本語でおkって感じだし。すごいね、そんけーする!」

「い、いや、これはエルフ王国で習っただけで。俺も教えてもらっただけだから」


 そう答えると、手を振る動きを止めた奈月が、不思議そうに小首を傾げた。


「なんで? 教えてもらったことを活かせるのって、凄くない? あたしだったら自信ないな。元から頭良くないし。誓っちはちゃんと次をどうするか考えられてる。もっと自信持ちなよ」


 奈月が微笑む。その表情に、誓道は目を奪われた。

 何かを成し遂げても、注目されることはなかった。父親ですら忙しすぎて気にされなかった。だというのに、できなければ皆から蔑まれ、冷笑される。

 自分はそういう惨めな存在なんだと、呪いのように思い込んでいた。

 だけど、人生の中で唯一。ちょっとしたことでも褒めて、喜んでくれる優しい存在が居た。

 亡くなる前の母親も、こんな風に優しく微笑んでいた。

 こみ上げたものが目の奥を刺激する。堪らず視線を下に向けると、ちょうど繋いでいる手が視界に入った。

 繋いだ手の感触は柔らかくてすべすべしている。女子と手を繋いでいる事実を理解し、急に顔が熱くなる。


「あっ。ごめんつい」


 奈月が手を解く。じーっと見ていたので気にしていると誤解したのかもしれない。そうではないと教えたかったのだが、心臓がバクバクしていてうまく声が出なかった。


(……凄い、か)


 奈月は知らないことが多すぎる。だからこそ、この程度の知識でも驚いてくれるだけだろう。

 そのうちこんなリアクションもなくなるはずだと、誓道は舞い上がりそうな自分をたしなめた。


「それでさっきの話、あたしはどうすればいいの?」


 「――ええと」誓道は咳払いして気を取り直す。


「人工筋肉の補充は後でブラド王に頼むとして。まずはライハーゴを実際に動かしてみましょう。この倉庫にはモーションを確かめる計器はないっぽいので、実際にボタンを押して確認してみないと」


 エルフ王国では祭器のモーションを確認し、更に内部フレームにアクセスしてモーションの変更・新規登録ができるマシンがあった。この倉庫にはそれらしきものは見当たらない。ほとんど埃を被っている様子からしても、今すぐ使えるとは考えられない。


「ボタンって、あの2つのスティックについてるやつ?」

「そうです。左右に5つのボタンがあって、そのボタン一つ一つにモーションが登録されています。更にボタンを押す順番を組み合わせることで――」

「あー待って、答える」


 手を上げて制止した奈月は、ビシリと指をつきつけた。


「必殺技が出せる、でしょ」


 自信満々な奈月を前に、誓道は数秒ほど思考停止する。


「……コマンドパターンのことですか?」

「ほんとはそう言うんだ。でも必殺技のほうがよくない? なんか格ゲーぽいしさ、祭器の操縦って」


 格ゲー。言いえて妙な表現だった。確かに格闘ゲームもボタンと十字キーの組み合わせや順番で、登録された必殺技を繰り出す。近いといえばそうだろう。


「ブラっちが準備しとけとか言うから、とりま動かしてみたんだよね。ボタン押してみたらパンチとかキックしたりしてさ。なんかゲームの操作っぽいなーって思ったからボタンを押す順番とか変えたりしてみた。したら必殺技っぽい動きして。波動拳とか昇龍拳とか、そんな感じ? でも格ゲーより断然、技のレパートリーが多いね。たぶんまだ組み合わせ方法が隠れてると思う。ペダルとも連動してた。スティックの動き自体は方向転換だから関係ないっていうか組み込めないっぽいね。ほら、格ゲーって横向きの画面じゃん? だから方向が関係なくて十字キーの入力がコマンドに入る。祭器はそれをボタン五つだけでやってるって感じかなー」


 流暢な考察に、別の意味で驚く。聞いていると、祭器の操縦というよりは格闘ゲームに詳しい感じだった。


「奈月さん、ゲームとか好きなんですね」

「あ、うん。割と? あたし中学んとき一年くらい不登校でさ。家に籠もっててもやることなかったからずっとゲームしてたんだよね。しかもお兄が買ってくるのが格ゲーとかアクションRPGとかばっかりで。そんなんだから、あたし格ゲー結構詳しいし強いよ? まぁJCがやんなよって話なんだけどさー」


 あはは、と奈月は笑う。ここは笑っていい場面なのかわからず、誓道はぎこちなく笑い返す。


「なんで、あたしが操縦役ってのはむしろ助かるっていうか。コマンドもね、これまで判明したのは書き溜めてるんだ」


 「えっ――」誓道は思わず目を見張る。


「いま見れますか?」

「いまぁ? 部屋にあるから取ってこないと」

「わかりました。あとでいいので、見せてください」


 良かった。コマンドパターンがわからないと、人工筋肉をどう動かしていいかわからない。

 ライハーゴの設定を確かめる機材が使えない以上、ボタンをいちいち押して確かめるしかないだろうと誓道は考えていた。しかし記録されているなら、そのコマンドを覚えるだけで済む。


「それならさ、実際に動かしてみよーか?」


 奈月が事もなげに言う。


「あたしがライハーゴに乗って、必殺技出したほうがわかりやすいっしょ」

「こ、これから?」

「だって、コマンドパターンっての知りたいんでしょ? ノート見るより、実際に近くで見てたほうがわかりやすいじゃん?」


 言われて、そうかもしれないと思う。奈月の操縦センスも見ておきたい気がする。

 ――と答える前に奈月は颯爽とライハーゴに走って行った。「じゃあ乗るねー!」


(なんていうか……猪突猛進?)


 薄々感じていたが、彼女は明らかに自分とは正反対な性格をしているようだ。


『ねー誓っちー。聞こえるー?』


 低い駆動音を奏でながらライハーゴが起動する。仮面の奥の目に緑色の光が宿っていた。

 拡声器機能で、奈月の声が外に発信される。さっき操作してデフォルト設定にしておいたせいだろう。

 「オッケーです。聞こえてます」誓道は手を上げながら答える。


『うわ! マジで声拾ってんじゃん! すげー』


 奈月の純粋に感動している声まで外に漏れていた。誓道が苦笑していると、ライハーゴが動き出す。


『そこにいると邪魔だから外に出てねー』


 誓道は慌てて倉庫の外に出る。眩しい陽の光に目を細めながらある程度の距離を取る。すると倉庫の扉から四つん這いのライハーゴが出てきた。まるで生きた巨人のように器用に、倉庫を傷つけず出てくる。

 こうした動作は、マニュアル操作ではなく祭器が自動的に行っている。どうも周りの状況をセンサーか何かで把握し、しゃがんだり座るという動作を勝手に判断しているようだった。現代でいうAIのようなものが搭載されている可能性があるが、ファンタジー世界の代物なので誓道には調べようもない。それに戦闘時はマニュアル操作するしかない。自動の方を調べる理由はあまりなかった。

 ライハーゴが陽光を受けながら立ち上がる。濡れ羽色の機体色は、鴉のようなつや消しの黒だった。

 その姿を誓道は、歪だと感じた。背部ユニットが一回り大きく、そして長い。ジェンロアはランドセルを背負っていた印象だったが、ライハーゴは長方形の物体が突き刺さっているように見えてしまう。

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