1-13 足りない燃料

「……えっと、奈月さん。人工筋肉エリキサの充填率はどれくらいですか?」


 疑心暗鬼に囚われると抜け出せなさそうだったので、無理矢理に別の話題に切り替える。

 名前を考えていた奈月は、振り返って言った。


「じゅーてんりつ? なにそれ?」

「えっ」

「えっ」


 声がハモって、そのまま無言になる。

 まさかと思いつつ、誓道は聞いた。


「充填率です、人工筋肉の。それが少ないと補充も考えないと」

「えっ、少ないとヤバい?」


「まぁ……」誓道は雲行きの怪しさを感じつつ頷く。


「人工筋肉は祭器の燃料でもあるんです。内部骨格は人工筋肉からエネルギーを吸収して動いていて、動かすたびに少しずつ消耗していきます。ようは筋肉が痩せ細っていくことになるので、完全にゼロになると骨組みだけになるんです。車でいうとガソリンです」

「あーね。理解した。誓っちの説明わかりやすーい」


 奈月が親指を上げる。それで誓道は確信した。


「奈月さん」

「なーに?」

「ブラド王に教えてもらってないんですか、祭器のこと」

「うん」


 奈月は何の迷いもなく頷いた。


「何も? 何一つ?」

「んー、そんなことはないよ? ライハーゴって名前と、操縦はボタン操作でするってことと、人工筋肉エリキサの操作は別の人がするってことは教えてもらった」

「……それだけ? コマンドの特性やモーションの調整については?」

「わかんない。えっ、普通はそういうの教えてもらえるの?」


 誓道は押し黙る。奈月は強めの舌打ちをした。


「あんのオッサン。マジ適当じゃん。あたしに任せるとか言うからなんかできんのかなーとか思ってたけど、重要なこと全然伝えてないじゃん! あっちが怠けてるだけかよ! ちょっと面がいいからってふんぞり返りやがって!」


 怒りが再燃したかのように奈月は目尻を釣り上げる。

 誓道が何も言えないでいると、奈月は我に返ったようにハッとして、苦笑いした。


「……ごめん、呆れたっしょ。何も知らなくて」


 どこか困ったような表情は年相応にあどけない。だからこそ気づく。

 明るい態度で忘れかけてしまうが、彼女は自分より年下で、まだ学生なのだと。


「――いえ、奈月さんは悪くない、と思います」


 誓道は、彼女が責任を感じないよう、努めて笑ってみせた。


「ただ、ブラド王はなんで重要なことを教えてくれないんだろうって」


「よくわかんないんだよねーブラッち」奈月は幾分かホッとしながら答える。


「あたしってさ、えふぴー値ってのがまるでないらしいじゃん? だから操縦に専念しろって言われてて。そのうち後ろの席の人を連れてくんのかなって思ってたけど、あの人ら寝るか部屋にこもってるかだけでさぁ。マジで何していいかわかんないから、あたしなりに色々試しててさ。偉くない?」

「そ、そうなんですね」

「凄くない?」


 強調されたので、誓道は頷き拍手する。「すごい」

 奈月は満足気に頷く。


「まぁそんなわけで、ぜーんぜん何も教えてもらってません。あ、でも動くのは確認してるよ? 自主練してたから」

「自主――え? 自分一人で動かしてたんですか?」

「そうだけど、あれ? だめだった?」

「駄目というか……それだと姿勢制御できなくないですか? 人間の身体と同じで、人工筋肉は激しい動きを補助する役目があります。筋肉操作ができない状態だと、モーション中に踏ん張りが聞かずに姿勢が崩れることが多くて。どうやって操縦を?」

「どうって、転びまくってたけど?」


 奈月は袖をまくる。確かに肘あたりに青い痣ができていた。


「はー、それであんなに倒れるんだ。でもよかったかも。あたしの操縦が下手くそなのかなって凹んでたからさぁ」


 そう言って奈月は笑う。何度目かの驚愕で誓道はポカンとするしかなかった。何も聞かされていないが故の暴挙なのだろうが、彼女自身のウジウジ悩まない性格も拍車をかけている。

 ただ、どこか清々しさすら感じた。自分は一回転倒しただけでトラウマになるくらいショックを受ける。誰一人頼れる人が居ない中でめげずに自主練を繰り返していたのは、根性がある証拠だ。


(とりあえず、やることは山盛りだな)


 事態は深刻だったが、さりとて手遅れというほどではない。練習してくれていたのなら一から教える時間は必要なさそうだ。基本が分かっているなら、エルフ王国で培った経験と知識が彼女のために役立てられるかもしれない。


「ちょっとライハーゴに乗ってみてもいいですか?」

「ん? 操縦席見てみたい感じ? いーよー。あたし機械とかよくわかんないから好きにして」


 誓道は一息つき、ライハーゴに近づく。ライハーゴが装着している仮面はどこか「鬼」に似ていて、格好良くもあり、不気味でもあった。

 誓道は腰の当たりから背中によじ登る。こういうときエルフ王国ではハンガーがあるから楽だった。

 背部ユニットのハッチを開ける。ここは乗っていた祭器とそう変わらない。問題は中身だ。果たして二人乗りは内部がどれくらい違うのか。

 入り込んだユニットには、確かに操縦席が二つある。しかしかなり狭い。後席と前席がかなり近くて、後席の股の間に前席の人間が収まるような密着具合だ。あまり広く作りすぎると自重バランスが崩れるといった理由があるのかもしれない。


「人工筋肉との同期は……後席ね」


 誓道はユニットの中を手探りで調べる。後席のヘッドレストのに額当てがあった。人工筋肉の操作担当である誓道は後ろに座る、ということだった。

 そこから前席に座る。スティック型の操縦桿が二つにフットペダルが備わっている。ボタン配置は同じ。前にあるモニターや操作盤、計器類の形も操作方法も、以前乗っていたジェンロアと変わらない。

 誓道はホッとした。エルフ王国での知識が使えそうだ。


(でも、なんで複座型なんかにしたんだろう)


 操作盤を確認しながら、誓道は疑問を抱く。

 祭器の操縦は、マニュアル操作と思念操作を同時にこなすため、難易度が高い。それがどちらかに専念すればいいとなれば、難易度は下がるだろう。

 しかし、ことはそう単純にはいかない。なぜなら、マニュアル操作と思念操作はからだ。パンチのコマンドを打ちながら筋肉を足に集めていては意味がない上に、内部骨格の動きを邪魔してモーションがキャンセルされる可能性だってある。

 つまり操縦者二人が同じタイミングで同じ判断をしないといけないのだが、乗っているのは他人同士。言葉や文字情報を使わない限り、判断を統一することはできない。

 こんなデメリットでしかない設計はどんな思想から生まれたのだろうか。まさかテレパシーを使うのが前提でもあるまいし、開発者に聞いてみたくなる。


「ブラド王……も、わかんないか。千年以上も前だし」


 独白しながら、誓道はライハーゴを起動させる。

 微振動の後、目の前のモニターがつく。頭部に備え付けられたカメラが倉庫内を映し出していた。毎度のことながら、ファンタジー世界なのにこの中だけは物凄いハイテクで、SF世界に迷い込んだ気分になる。

 モニターには奈月の姿も入っていた。彼女は起動したことに気づいたのか、呑気に手を振っている。


『やっほー』


 なんだか楽しそうな声を集音器が拾っていた。

 誓道は無意識に手を振り替えし、ハッとして腕を戻す。見えているわけがないのについ、つられてしまった。なんだか浮かれているみたいで恥ずかしい。

 気を取り直し、操作盤の押しボタンを手順通りに押す。モニターの端に文字が表示された。異世界の用語だが、読める。言語のことは転移してきたときに不思議な力でどうにかなったらしい。面倒臭くなくていいが、いかにもなファンタジー要素と祭器のSF寄りなハイテク技術が混在している現実はあまりに無節操だ。この世界のことを真面目に考察するなんて、土台無理な気がする。


「――っと、エリキサの充填率は」


 誓道は、モニターに映されたエリキサの充填率を確認する。

 そして、眉根を寄せた。


「およそ、五十パーセント」


 呟きながら、ピリッとした焦りが過る。

 人工筋肉は燃料でもある。つまり、使えば使うほど行動エネルギーに変換されて消費されていく。どうなるかというと、筋肉が痩せ細っていく。

 祭器の特性からして、筋肉が減少している状況は致命的だった。移動や攻撃への補助・強化の威力は、筋肉の量と比例する。打撃部位に集中させればさせるほど攻撃力は上がる。痩せ細った状態では、集められる量に限りがある。つまり攻撃力や防御力の低下に直結する。

 かといって無理に集めれば内部フレームを支えることすらできず、戦う前に機体が崩壊するだろう。

 そういえばライハーゴは、ジェンロアより少し肉付きが薄いような気がした。


「これじゃまずいな。どこかで補充させてもらわないと」


 独白しながら今後のことを考える。大会までに、少なくとも一度は補充をしておくべきだろう。

 人工筋肉を増やす方法はただ一つ、人工筋肉を入手して補充させることのみだ。

 エルフ王国に居たときそのあたりの事情も学んでいた。人工筋肉は決闘祭への参加を免れている完全中立国「ドワーフ共和国」のみで製造されているという。そこに行って人工筋肉を補充するなりしないといけない。

 だが誓道はドワーフ共和国に行ったことはない。エルフ王国から外に出たのは、追放されたときが最初で最後だ。行き方も購入方法も分からない以上、唯一知っていそうな人物――ブラド王に頼むしかないかもしれない。

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