1-12 分からないことだらけ

 ブラド王が告げた言葉に誓道はギョッとした。「死……!?」

 奈月のことといい、なぜ急にそんな話になるのか。第一、祭器の操縦に必要と言ったのはそちらではないのか。

 戸惑う誓道に対して、ブラド王は朗々と語った。


「貴様がエルフ王国に居たのであれば、忌々しい我が国の窮状は知っておろう。この国は滅びに瀕している。大会の規定によれば、参加できない時点で国としての根底が瓦解する。すなわち、国の解体だ」


 誓道は、源四郎から聞かされていた話を思い出した。

 大会への参加は12の国にとって絶対遵守であり、不参加の場合はペナルティが課せられる。これは大会の試合ルールと同じで、祭器もしくは決闘士のどちらかが没収される。しかも自動的に最下位になるため権利も報奨も最低になる。不参加するメリットはまったくない。

 そして、もし永劫に参加できなくなった場合――保有する祭器が0になったとき、その国は国としての効力を失う。

 つまり、国の解体だ。過去に二つの国が解体の憂き目に遭ったという。

 祭器が一体しかいないヴァンパイア王国は、その目前に差し掛かっていた。


「我が国の祭器は残り一つ。今大会に出場できぬ場合、それは没収される」

「ち、違う祭器を手に入れるというのは?」


 掠れ声で聞くと、ギロリと睨まれる。


「無い」


 ヒュっと息を吸って、誓道は黙り込む。

 確かに、大会を通して入手する以外の方法を知らない。エルフ王国も、新しい祭器を製造する素振りはなかった。祭器が今までどうやって造られてきたのかまるで分からないが、ブラド王の口ぶりからして、新規製造の手段はないのかもしれない。


「さて、考えろ侵入者。貴様が出場を拒んだ場合、我が国は終わる。終焉を決定づけた貴様を、果たしてそのままにすると思うか?」


 誓道は喉を鳴らす。


(死ぬって、そういうことか……)


 ちらと隣の奈月を伺う。不機嫌な表情はそのままだが、ショックを受けた感じはない。おそらく以前に同じことを聞かされていたのだろう。


「……では、俺があの黒い祭器に乗るしか、生きる手段はないわけです、か」

「違うな。敗北も死だ」


 困惑しかけて、すぐに気づく。敗北すれば祭器か決闘士が接収される。

 普通はどちらになるかその時まで分からないが、しかし今のヴァンパイア王国はとても読みやすい状況だと言えた。


「他種族は必ずや祭器を奪いに来る。我が国を終焉させるためにな」


 ブラド王の言う通りだった。最弱とはいえライバルを一つ消滅できるのであれば、決闘士を二人も用意しなければいけない高コストな祭器だろうと、喜んで選ぶだろう。搭乗する決闘士も、一人はFP値がゼロ、もう一人はエルフ王国に捨てられた無能と来れば、選ぶ理由がない。


「わかったな? 貴様の命は我が手にある。祭器を奪われおめおめと帰還しようものなら、骨になるまでその血を吸い尽くし、我が人生の最後の糧としよう」


 血よりも濃い紅の視線がねっとりと絡みつき、誓道の背筋は粟立った。やはりヴァンパイアは他者の血を吸って生きている。不死身だとか太陽に弱いとかの話が一緒かどうかはわからないが、少なくとも自分は奴隷であると同時に、餌の一つなのだ


「……」


 誓道は迷った。いや、本当は迷う必要などない。選ばなければ死ぬだけだ。

 ただ、自分で自分の運命を決める勇気が出なかった。

 二人乗りなんて勝手が分からない。パートナーはついさっきまともな会話をしたばかりの女子高生。実力も何もかも未知数だ。

 選んだところで死期が少し変わるだけ、なんて気さえする。

 手が震える。


「……はぁ、なんか難しい話でイミフだけど、どうしようもないのはわかったわ」


 黙っていると、奈月が口を開いた。

 彼女は頭の後ろで手を組み、こちらを見て苦笑いを浮かべる。


「やるしかないっぽいよ、誓っち。こんなはずじゃなかったって思うかもしんないけどさー、あたしも一時期もう駄目かもってヤバいときあったけど、諦めなかったからなんとかなったもん。だから生きてるわけだし。もう少しだけ、あたしと粘ってみない?」

 

 最初、何を言われているかわからなかった誓道だが、じわりと理解していく。どうやら不幸な境遇を励まし、一緒に戦おうと言ってくれている。

 そういえばさっきも奈月は、自分のために怒ってくれた。

 ただの他人なのに。一緒に乗るよう誓道に迫ってもおかしくない立場だというのに。

 彼女の気持ちが分からない。

 それでも、一人じゃないというのは、存外に心強かった。


「……わかりました……乗ります」


 誓道は静かに継げる。

 ブラド王は表情を変えず、鼻を鳴らす。


「ならば試合に備えよ。成果を期待する」

「が、頑張ります。それであの、肝心の祭器ですが――」

「余に聞くな。くだらん児戯のことなど知らん」

「え? でも」

「全てその娘に任せている。その男をライハーゴの元へ連れて行け」


 「はーい」奈月が適当に答える。驚きもしない。


「いこ、誓っち。あの人まーじでなに聞いても駄目だから」


 ぷらぷらと手を振った奈月が扉へと歩き出す。

「えっ、えっ、でも」困惑する誓道はブラド王の方を向いた。源四郎のような先輩が居ない以上、祭器のことを聞けるのはブラド王しかいない。祭器の状態や整備環境など把握しておきたかった。

 「早く出ていけ」突っ立っていると更に冷たくあしらわれる。


「いやあの、祭器のことなんですが」

「必要なものは己で準備しろ。金なら城の物を売れ。分かったなら去れ」


 ぶっきらぼうに言われる。その口調からは、これ以上は関与しない、という拒絶の態度が透けていた。

 国の存亡がかかっているのに、まるで他人事みたいだ。


「もー、行くよほら」


 手に柔らかい感触があった。気づけば奈月が自分の手を握っていた。彼女はそのまま早足に進んでいく。誓道は玉座を振り返る暇もなく、奈月に手を引かれるままその場を後にした。


***


 場所は再び、城に隣接した倉庫の中。

 誓道は、膝立ちで待機している祭器――ライハーゴを見上げていた。

 薄暗くて細部はしっかりと見れないが、背部ユニットはこれまで見てきた祭器よりも大きい気がした。複座型であれば二人分の人間を乗せるから、通常よりも大きく設計されている、ということか。


「奈月、さん。ここ照明つけられますか? よく見えなくて」

「それがさー、ないんだよね。てか城の中ぜーんぶ照明なっしんぐ。ロウソクしかないんだよ? マジ料理するときちょー不便」


 隣に立つ奈月は、頭の後ろで手を組みながら嘆息した。この放置具合からしてあまり期待していなかったが、やはりまともに稼働していない。祭器のメンテナンスが行われているかも怪しかった。


(色々教えてもらいたかったんだけどなぁ……)


 エルフ王国では整備番という、エンジニアや施工業者などの経歴を持つ転移者を選び、祭器のメンテナンスや改修を担当させる制度があった。誓道も操縦方法や各種の機器、計器類の見方を彼らに教わった。

 ライハーゴが同じ設計であればその知識が活かせるだろうが、なにせ複座型という聞いたこともない新しい種類だ。色々と勝手が違う可能性はある。

 だからこそ、保有していたブラド王に現在の状態と、単座型の祭器との違いを聞きたかった。なのにブラド王は取り付く島もなかった。楽観主義なのか放任主義なのか知らないが、国の存亡がかかっているこの状況では不自然に感じる。


「そういやさ、ライハーゴってあのロボットの名前じゃん? エルフ王国で乗ってた祭器にも名前ってあったの?」


 奈月からの何気ない問いかけで、誓道は物思いから脱する。


「えっと、はい。僕が乗っていたのはジェンロアって呼ばれてました」

「へー、やっぱり名前あるんだね。でもさ、ライハーゴって可愛くないよね? 可愛い名前にしちゃ駄目なのかな」


 奈月は腕組みをしてむむむと悩む。名前を変えたいなんて発想がまるでなかった誓道はポカンとしてしまう。


「その名前って誓っちがつけたん?」

「え? いえ、違います。ジェンロアっていうのはコードネームです。祭器はほとんど外見一緒なんですけど、ちゃんと種類があるらしくて。その種類ごとにコードネームがあるらしいです。同型機体が複数ある場合は、ジェンロア一号機、二号機っていう風に読んでて」

「ん? は? ちょっとよくわかんないんだけど。コード? どゆこと? もっと簡単にプリーズ」


 奈月が柳眉をへこませて首を傾げる。そんなに難しい説明だったろうか。

 簡単に、ということで誓道も少し考え、改めて説明する。


「車と同じだと思ってください。車でもフィットとかクラウンとか、種類ごとに名前ありますよね? 祭器にもそういう名前がつけられています。で、この世界には同型機の祭器がいくつかあるらしくて。それら全部がジェンロアって呼ばれてました」

「あー、そゆこと! シーマとかセルシオとかそういうのね。りょ」


 奈月はうんうんと頷き、「じゃあやっぱ名前つけよーかな。ラブリーブラックとか」などと考え始める。ラブリーブラックはやめてほしいかもしれない。

 そんな彼女の表情はどこか無邪気で、さきほどまでの怒りはない。


(なんで、怒ってくれたんだろう)


 誓道は奈月の横顔を盗み見ながら、不思議に思う。正直なところ、ここに迷い込んだのは誓道の自業自得であり、奈月にとっては赤の他人を気遣う理由はない。それなのに、あんなにも国の王に対して突っかかった。

 考えられることは、異性として気になっていたから、とか?


(いやいや! ないない!)


 ぶんぶんと頭を振る。自惚れにも程がある。彼女に気に入られる魅力なんて自分には皆無だ。

 別の視点で考えたほうがいいかもしれない。例えばそう、操縦技術がド下手くそなあまり追放されたダサい男と組まされるのが嫌すぎて、気遣う振りをしながら拒否していたとか。またとないチャンスでもこんな惨めな男となんて死んでも御免だと思われたとか。

 情けなさ過ぎるが、そっちのほうがしっくり来てしまう。

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