1-11 誓道に与えられた選択肢

 誓道は部屋に戻り、一睡も出来ずにひたすら悩み苦しんだ。エルフ王国を追放されれば知らない土地で一人きりになる。そうなれば遅かれ早かれ、どこかで野垂れ死にだ。なんとか残る手段がないか、必死に探した。

 長野は頼れない。片倉は名を挙げていたが、彼女はこの頃は疎遠になっていた。自分をイジってきている先輩連中に取り入り、よくそのグループで一緒に行動するようになっていた。きっとそれが彼女なりの処世術であり、長野もまた生きるのに必死なのだろう。助けてもらえるとは思えない。

 悩んだ末に誓道は、初めて訓練をサボって人舎の中をうろついていた。

 そのうち、人影を見つけて足早に近寄る。


「あ、あの。俺に手伝えることないですか?」


 誓道が話しかけたのはメイド姿の女性だった。栗色の髪にソバカス顔をした女性は三十代前半というところで、決闘士が訓練中の間に様々な場所を掃除する清掃番を担っている。

 女性は一瞬訝しんだが、にこりと笑った。


「お構いなく。これが私たちのお仕事ですので。決闘士様達の身の回りを綺麗にして差し上げることに誇りを持っております」


 おそらく気遣いの一種だと勘違いされている。誓道は迷ったが、正直に伝えた。


「いや、その、俺は決闘士としては全然駄目で……あんまり役に立ってないんです。だから少しでもこの人舎の役に立てることはないかと思って。掃除でも炊事でも何でもやりますので、なにかありませんか?」

「――ああ」


 途端、清掃番の顔色が変わった。人懐こい笑みが消えて、露骨に嘲笑を浮かべる。


「なるほど? あんた切り捨てられる寸前なんだ。それはそれは大変なことで。でもあんたにあげる仕事はないよ。こちとら自分を守らなきゃいけないんだ。あんたに仕事をやったらあたしの居場所がなくなる」


 あまりの豹変ぶりに誓道は愕然とした。この女性はいつもニコニコしていて、健気に働く姿をよく見ていた。雑な男たちに召使い扱いされても、気を悪くした様子などなかった。

 あれは、単なる演技だったのか。


「大体さ、よくもまぁ気軽に何かありませんか、なんて来たよね。あたしがここでどんな仕打ちにあってるか知って言ってる? こちとら他の国に捨てられるよりマシだって必死に笑って取り繕ってんだよ……!」


 持っていた箒を抱きかかえた女性が、威嚇するように歯を向く。

 誓道は手を上げかけて、力なく戻す。何も言えることがなかった。

 人舎にいる決闘士以外の人間は、整備番・清掃番・調理番のどれかと決まっている。このうち整備番は技能や知識を認められて任命されるので皆から一目置かれているが、清掃番や調理番は決闘士のなり損ないだ。祭器に乗らなくていい代わりに、面倒で時間がかかる雑用を押し付けられている。彼ら彼女らは敗者であり、ただ人手が居るからという理由だけで残されている、ヒエラルキーとしては一番格下の存在。

 それでもエルフ王国が考え得る最上の環境だから離れられないでいる。その気持ちは痛いほどよくわかった。現に誓道も、そんな妥協の末に声をかけたのだ。

 返す言葉が見つからないまま、誓道は頭を下げてその場を去った。


 エルフ王国に残るため、誓道ができることは何もなかった。

 今すぐに祭器の操縦が上達すれば変わるかもしれないが、そんな芸当ができるはずもない。

 そうして眠れぬ数日間を過ごした日の深夜――誓道の部屋のドアがノックされる。


「その様子やと、予感はしとったみたいやな」


 部屋に入ってきた源四郎は、虚ろな表情でベットに座る誓道を見て薄く笑う。

 それから無表情になって、告げた。


「さようならや、星野。達者でな」


 ――かくして誓道は、皆が寝静まった頃に馬車で国外まで連れ出され、どこかも分からない草原地帯に置き去りにされた。


***


「――というのが、僕がここに来るまでの経緯です」


 話し終えた後、部屋が静まりかえる。静寂が居心地が悪い。一人でずっと喋り続けていたから、喉が渇いて舌が口の中に張り付いていた。

 「……ふむ」ブラド王が呟き、顎を擦る。話を聞く前と変わらない表情だった。


「つまるところ貴様は、無能故にエルフどもから追放されたわけか」


 ぐさりと来る一言だった。しかし間違いではない。誓道は素直に頷く。「……そうです」


「なるほどな、傲慢なエルフらしい顛末だ。潤沢な手駒を持つ余裕もあるだろうが、彼奴らの歪んだ美意識故に価値のない者を置いておくことが耐えられなかったのだろう。貴様もとんだ不運だったな、はっはっは」


 ブラド王が笑う。鋭い犬歯が覗いていた。隣の王妃はピクリとも反応せず、無表情でジッとこちらを見ている。

 正直、気味が悪い。ヴァンパイアといえば人間の血を吸う化け物だ。ファンタジーな異世界だからその存在はもはや疑うことはないが、おとぎ話の通りならエルフなんかよりよほど凶悪なモンスターだ。

 話し終えた今、自分はどうなるのか。不安のあまりみぞおちあたりを擦っていると、ギロリと赤い目が向けられた。「――さて」


「貴様は、無能で間違いないな?」

「えっ? ……あ、はい、たぶん」

「だが、FP値という祭器を操るための潜在能力は群を抜いている、と」

「そう、らしいです」

「ふむ」


 ブラド王はまた黙る。何かを黙考するように視線だけが向けられる。 

 誓道が眉をひそめていると、ブラド王は呟いた。「――これも神のお導きか」


「では貴様に命ずる。その娘と<ライハーゴ>に乗り、決闘祭に出場せよ」

「えっ?」

「はぁ?」


 誓道は声を出してすぐに振り返る。奈月が、物凄く不機嫌そうな顔をしていた。眉根を寄せてブラド王を睨みつけている。倉庫で呼ばれたときは、うんざりはしていてもこうまで露骨な表情ではなかった。


「なにそれ。ライハーゴってあの黒いロボットのことだよね。あたしだけじゃなく、誓っちにも戦えってこと?」

「それ以外にどんな意味がある。我が国に現存する最古にして最後の祭器<ライハーゴ>は複座型だ。操縦担当以外に思念操作を担う者がいないと稼働せんことは、貴様もよく分かっているだろう」


 複座型――その言葉が、誓道の意識に引っかかった。

 言葉通りに解釈するなら、「二人乗り」を意味している。

 「そうじゃないよ」奈月はギュッと拳を握った。


「誓っちは捨てられて、うちの国に迷い込んだだけなんだよ? 単なる偶然じゃん。なのにまったく関係ない国のために働けってこと? ブラック労働すぎん?」

「世迷言にも程があるな」


 ブラド王は頬杖をつき、鼻を鳴らす。


「貴様たちはそのためにこの世界へ喚ばれたのだ。祭器に乗り戦う、それ以外に貴様たちがこの世界に居て良い理由などあるはずもない。まさか追放されたから自由の身になったとでも思ったのか?」


 その言葉は奈月だけでなく、自分にもぶつけられているのだと誓道は察する。

 今の誓日はどの国にも所属していない。それだけで考えるなら何をしていたっていいはずだ。

 だが、もともと人間はこの世界に存在しない。いわば居場所がない。祭器に乗らなければ単なる異物だ。

 あるいはエルフ王国の人舎のように別の役割で生活をを見つけるかだが、そんな都合の良い場所などどこにも存在しない。


「何より、その男は我が国に無断で侵入した犯罪人。その者の処遇は、国を束ねる王が決定することだ。幸いなことに貴様と違って、その男には操縦に必要な潜在能力がある。ならば利用せぬ手はない」

「はぁああああ? そんなのわざとじゃないじゃん!」

「馬鹿に付ける薬はないとはこのことだな」

「なんか悪口言ってるでしょブラッち! むかつくぅ……!」


 誓道は二人のやり取りに唖然とする。見ているこちらが心臓が縮む思いだった。

 ブラド王の言うことは正しい。自分たちは単なる奴隷なのだと、エルフ王国で散々叩き込まれてきた。だからこそ、現地住民に口答えするなんてとんでもない。そんなことをすれば、いくら素質があろうと強かろうと、重い罰を与えられるか下手すれば殺される。

 奈月は単純に分かっていないようだが、不思議なのはブラド王の方だ。祭器に必要な人材とはいえ、言いたい放題にさせておく理由がない。口では厳しいことを言っているが、まるで手を出さないのが信じられなかった。


「貴様とて、このまま思念担当が現れなければ死ぬ運命だった。共に戦う者が流れ着いた僥倖を喜んだらどうだ?」

「それは……!」


 言い淀んだ奈月は、忌々しげに舌打ちしてそっぽを向く。

 ますます事情が読めない。死ぬ運命、とはどういうことだろう。

 奈月以外の転移者はいない様子なので、自分がこの国に来なかったら祭器は動かせなかった、つまり大会に出場できなかったであろうことは分かる。しかし大会不出場ということは戦闘もしないということだ。命を失う状態になるはずがない。


「侵入者の男。この国に来た時点で貴様の選択肢は二つだ。余に従うか死か、どちらか好きな方を選べ」

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