1-9 回想ーエルフ王国③

『星野~! どんだけ遅れとるんじゃおんどれは! 遊んどるんか!』


 源四郎の怒声が飛んでくる。誓道の機体は他の機体から遅れに遅れ、二つ前のコマンドを実行しているような状況だった。

 誓道は唇を噛みしめる。遊んでいるわけがない。しかしどうにも自分は、手元の細かい操作が不得手のようだった。人工筋肉のイメージだけなら誰にも負けないのに、マニュアル操作が加わると途端におぼつかなくなってしまう。

 加えて、機体の挙動がおかしい気もする。モーションの発動と同時に人工筋肉を動かすと、動きが遅延する瞬間が必ずある。例えるなら車がエンストしたみたいにガクンと揺れる感じだ。

 それが機体の問題なのか自分の操作による影響なのかはわからないが、操縦が下手くそであることは変わらない。

 悔しさを抱えながら指示を全てこなしたとき、周りの機体はとっくの昔に終了していた。

 源四郎が露骨に溜息を吐く。


『次は組み手や。星野と片倉でやってみぃ』


 他の機体が移動し、誓道と片倉の機体だけが残る。両者は向かい合わせで立つ。自分と同じ色、同じ形の祭器がモニターに映る。もちろん相手の顔は見えない。

 片倉は、仲が良い女の子、と言えるかもしれない。同じ境遇かつ年が近いという理由もあるだろうが、一緒に行動して話したり、ときには祭器のコマンド暗記も手伝い合うなど割と親しい関係を築けていた。

 練習とはいえ祭器同士の戦いだ。相手は仲の良い女子だから、できれば怪我はさせたくない。


『はじめ!』


 先手を取ったのは片倉だった。相手機体が突進してくる。

 誓道がコマンドを打つと電子音が鳴り響く。初心者である誓道はまだボタンの種類や押す順番を満足に覚えきれていないので、ボタンごとに電子音を設定して覚えやすくしてもらっていた。

 祭器が右拳を突き出し――空を殴った。

 片倉の機体はしゃがみ込んでパンチを回避し、続けざまにローキックを放ってくる。相手の行動を予測していた誓道はフットペダルを踏み込み、人工筋肉を脚部に集中させる。大きく飛び退いて距離を開ける算段だった。

 ガクンと、謎の振動が起きる。

 思ったほど後ろに移動できていない。

 まずいと思ったときには片倉の機体が肉薄していた。相手のローキックが自機の太ももに直撃し、ぐるんと浮遊感に包まれ――振動と衝撃の後に鈍痛が襲った。

 ものの見事に倒された誓道の機体に、片倉の機体が馬乗りになる。

 片倉の機体が拳を引き、こちらの頭部へと放った。

 

「わああ!」


 迫りくる拳に怖気づいた誓道は咄嗟にスティックから手を離して、顔面を腕で隠す。

 だが、予想していた衝撃は来ない。恐る恐る見れば、自機の顔面寸前で相手の拳は止まっていた。


『そこまで』


 冷淡な声で終了が告げられる。

 馬乗りだった片倉の機体が脇に移動すると、誓道の機体に向けて手を差し伸べてきた。


『ごめんね星野君。怪我してない?』


 いつもの優しげな声が操縦室に響く。

 顔がかーっと赤くなった。

 怪我をさせまいと心配していた相手にまんまと負けて、気遣われてしまった。自分の自惚れ具合が恥ずかしくなる。


『気を落とさないで。誰だってすぐにはうまくいかないよ。誓道くんは人工筋肉エリキサの操作は凄いんだから、自信持って!』


 胸が痛む。慰めの言葉はしかし、人工筋肉の操作がうまいだけだ、と突き付けられている気がしていた。

 そんなことを言えるはずもなく、「……ありがとう」と誓道は答える。相手の機体の手を借り、ようやく立ち上がる。


『うーん……なんでやろなぁ。眼には自信あったんやけどなぁ』


 背部ユニットには、不思議そうに呟く源四郎の声が響いた。


***


「よぉ大型新人! 今日も最下位だったんだってなぁ!」


 人舎の共用食堂に入った瞬間、大声で冷やかしが飛んできた。

 人舎は基本的に寮のような構造で、各自の個室以外の食事や風呂といった場所は共用施設になっている。だから食事の時間になると、否応にも先輩達と顔を合わせることになる。


「さてはお前、実力を隠して驚かせる魂胆だろ?」

「はは、なるほどな! そろそろ発揮したらどうだいミスター!」


 食堂に集まっている男の先輩達が笑い合う。

 誓道は言い返すこともできず、苦笑いだけ浮かべて配給を受け取りにいく。

 共用食堂には食事担当の調理番が居て、彼らが毎日の食事を作ってくれていた。もちろん転移してきた人間だ。人舎にはほかにも清掃番や整備番などの、決闘士ではない人間達の住んでいる。


「あ、大型新人。俺おかわりな」

「俺も」

「よろしく」


 配給を待っていると、近くのテーブルで食事をしていた先輩達が皿を出してくる。


「……はい、わかりました」


 誓道はぎこちなく笑いながら先輩達の皿を受けとり、配給のおかわりをもらって各自の卓に配っていく。自分の分は並び直しだった。

 いつの頃からか、こんな風にパシリ扱いされるようになった。最初の頃は期待の星とか大型新人などと持て囃され、人工筋肉のイメージ方法を聞きに来た人たちも居たというのに。実機を使った戦闘訓練に入ってからというもの、眼差しには徐々に嘲りが含まれ、扱いはぞんざいになっていった。

 この場所では、決闘士としての実力が高いほど認められる。皆の態度を変えるには強くならなければいけないが、それができない誓道にはどうすることもできない。

 ようやく皿を配り終えたあとに自分の配給を貰い、空いているテーブルを探していると、手を挙げる女性が見えた。片倉と長野だ。誓道はホッとして近寄る。


「大丈夫? 星野くん」


 椅子に座ると片倉が気遣わしげに聞いてくる。


「ほんと嫌になるよね。私達同じ境遇なのに、どっちが上で下とか扱われてさ」

「ありがとうございます、片倉さん。でも俺、気にしてないので」


 苦笑いしながら答える。斎藤達にも同じように扱われていたから慣れている、という言葉は、ぐっと喉の奥に飲み込んだ。


「まぁ下手に反応しない方がいいよね」


 そう言ったのは年上のOL、長野だ。彼女は皿の上の料理をスプーンで突きながら、頬杖をつく。


「あんなでも実力はある人達だからさ。藤堂さんもエルフの方たちも、勝ち進む可能性が高いあの人らを重宝するでしょ。あたしら新人の文句なんて聞く耳持ってくれないよ」


 うんざりといった調子で話す長野は、食事を一口頬張った後に続けた。「それにさ」


「強いってことは敗退の可能性が低いってこと。つまり、この人舎に残り続けるかもしれないじゃない? 目をつけられたら面倒だよ。大人しくしてたほうがいい」

「うーん、そうなんでしょうか。確かに、先輩達には一度も勝ったことないですけど」

「でしょ? エルフ王国は保有してる祭器も多いし整備技術も高いからさ、ちょっとやそっとじゃ負けないんだよ。それにあの人達が大会に出てくれるおかげで、新人のあたしらはまだ大会に出ずに済みそうだし。死ぬかもしれない運命を肩代わりしてくれてんだもの、楯突く理由がないよね」


 片倉と長野が話しているのは、大会の規定に関係している。

 12の国から決闘士を送り戦わせる決闘祭トロパイオンという名の代理戦争は、特徴的なルールが2つある。


 1.相手を戦闘不能にした者が勝者となる。

 2.勝者が所属する国は、敗者もしくは祭器を接収できる。


 1.は単純明快だ。それ故にで、どんな手段を使っても許されるグロテスクさを含んでいる。例えば手足や、カメラを搭載した頭部を破壊して継戦できなくすることはもちろん、背部ユニットを狙って中の相手を直接殺すのも許される。なんなら相手に催眠をかけることすら問題ない(できる人間はいないが)。

 だからこそ大会に出る人間は命がけだ。エルフ王国では祭器の頭部破壊を第一目標としているが、それはエルフ王国の美意識からくる考えであって、効率でいえば決闘士を狙うほうがいい。他の国はもっと悪辣に決闘士が乗る背部ユニットを狙ってくると聞く。


 そして2.も、転移者の運命に大きく関与しているルールだった。

 負けたら決闘士か祭器のどちらかが奪われる。祭器が奪われた場合はエルフ王国に残れるが、決闘士の場合はエルフ王国を去らなければいけない。相手国に優秀さを認められた証だから殺されることはないにしても、どんな扱いが待っているかわからない。なにせ大会常勝国であるエルフ王国が最高水準の環境なのだ。それ以下の扱いとなれば、過酷な待遇は想像に難くない。

 それに、エルフ王国も善意で動いているわけではない。たとえ国に残れたとしても、敗北者の扱いはどんどん酷くなる。価値がないとわかれば単なる調理番か清掃番に落とされ、養う余裕が無くなれば、容赦なく捨てられる。


 避けて通れない過酷な運命だが、誓道ら新人三人にはまだ猶予があった。

 エルフ王国は大会ルールをうまく利用して強い決闘士と数多くの祭器を保有している。よって、誓道らのような経験も技能も浅く負ける可能性が高い新人は温存されるという。成長するのを待ってから送り出される、というわけだ。

 それが数ヶ月なのか数年なのかはわからないが、つまり、いま馬鹿にしてくる先輩達のおかげで、誓道はこの生活を享受することができていた。

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