1-33 斎藤の野望
大会の開催地は、中立国であるドワーフ共和国。海と山に囲まれた自然豊かなその国に様々な種族が集まり、会場であるドーナツ型の闘技場に詰めかけていた。
闘技場に天井はなく、敷地面積はかなり広い。中央の広場は祭器同士が暴れても支障ないよう設計されている。また円形の構造体の中は空洞になっていて、8メートルにも及ぶ祭器を数十体も待機させておける施設になっていた。
構造体の外側には観客席が設けられている。広場をぐるりと囲うようなすり鉢状の観客席はその面積もかなり広いが、しかしエルフ以外のあらゆる種属を収容しているため既に満席になっていた。行商人が往来し、飲食物が頻繁に買われていく。さながら野球やサッカーのようなスポーツ観戦の様相だ。
だが、これはスポーツの祭典ではない。
そこに厳格なルールはなく、操縦者には常に怪我と死の危険がつきまとう。観客たちはその死線をくぐるような熱い戦いを求めているのだ。
舞踏による式典のセレモニーが行われ、ドワーフ共和国の首長の挨拶、次いで前回優勝国であるエルフ王国の王から式辞が述べられた。
そんな厳粛な雰囲気は、ドーム全体に響いた大声によって一変する。
『さぁ始まりました決闘祭! 実況はおなじみソーニャ・ウルティが務めさせていただきますにゃ!』
観客席の一角にある特設コーナーでは、
『今大会に集いし決闘士の数は総勢50名! シード権を獲得した前回優勝者、準優勝者を除く48名が勝敗を巡って対戦相手と激突します! まずは初戦を勝ち残った24名が二回戦に進む権利を手に入れます! 果たして今大会はどのような名勝負が繰り広げられることでしょうか!? にゃ!』
少女のマイクパフォーマンスに釣られるように観客も歓声を上げる。
闘技場の両端に設置された巨大な扉が、ギギギと鈍い音を立てて開く。
現れたのは二機の祭器。一体は黄褐色、もう一体は水色の機体色だった。
闘技場の内部は空洞になっていて、選手と共に祭器達が待機できる格納庫がある。
『まずは第一試合! リザードマン王国から出場の張選手! 乗機はパクナールですにゃ! 対するはグリーンマン共和国から出場の国定選手! 乗機はジェンロア! 共に今大会が初出場です!』
どんどんと大きくなる歓声の中、祭器が闘技場の中央まで歩き、距離を置いて対峙する。
『初戦第一試合、はじめ!』
ソーニャの合図と共に、黄褐色と水色の祭器が激突する。
***
ヴァンパイア王国の出番は第八試合だった。
闘技場格納庫にはライハーゴが片膝立ちで待機している。そして誓道と奈月は、既に機体の背部ユニットに座っていた。
二人は互いに無言のまま、出番を待つ。
『続いて第八試合です!』
司会を担当しているケットシーのアナウンスが格納庫にも届く。
ゆっくり深呼吸した誓道は、奈月の肩に手を置く。奈月は振り返り、緊張した面持ちながらも笑って親指を上げた。
誓道は、覚悟を決めて頷き返す。
闘技場の入口がドワーフたちの手動で開かれていく。暗い待機場から外に出ると、天井のないまっさらな青空の下、眩しい陽光に照りつけられた。
濡れ羽色の機体が闘技場の中央に進んでいくと、歓声が四方から叩きつけられた。背部ユニットの中にいても振動として感じるほどの音量だ。改めて、衆人環視の中で戦わされるのだと実感する。
進んでいると、対面の扉が開く。翡翠色の機体が外に出てきた。
練習試合で戦った、オーク王国の祭器――バンジック。
あの機体には斎藤が乗っているはずだ。
『第八試合の出場者はオーク王国の斎藤選手! 乗機はバンジックにゃ! 対する相手はヴァンパイア王国の……え、マジ!? 星野選手と中村選手の二名で参加!? 乗機は――ライハーゴ! ななななーんと! 二人乗りの祭器です!』
歓声にどよめきが混ざる。オーク王国も知らなかったくらいだ、やはりライハーゴの存在はずっと日の目を浴びてこなかったのだろう。
だが、気にするべきはそこではない。誓道と奈月は互いに顔を見合わせて頷く。
予定通りに事が運んだ。万が一相手が違うということも考えていたが、杞憂に終わった。
『まさかこんな祭器をヴァンパイア王国が所有しているとは驚きです! ワタシが実況を始めてから初のことではないでしょうかぁ!』
驚きと興奮混じりの実況が響く中、バンジックの眼孔が不自然にチカチカと光った。それは操縦者がわざと操作しないと起こらない現象だ。
間違いなく、斎藤がこちらに合図を送ってきている。
ハンドサインをしろ、と言いたいのだろう。八百長を承諾した意思を確認したがっている。でなければ、このまま普通に戦闘が始まってしまう。
それこそが、誓道と奈月が選んだ道だ。
ハンドサインを出すことは、ない。
『さぁどんな活躍を見せてくれるのでしょうか! 第八試合――はじめ!』
奈月がフットペダルを踏み込み、背部ユニットに加速のGがかかる。バンジックは一瞬たじろいだような動きをしたが、ライハーゴが向かってくることを受け入れて構えた。
誓道は、恐れも不安も頭の隅に置き去りにする。
全ては、耳を研ぎ澄ますために。
***
『はじめ!』
ソーニャの合図と同時に、濡れ羽色の機体が襲い掛かってきた。
「嘘だろあいつら……!?」
斎藤はフットペダルを踏み込む。ライハーゴの正拳突きをバックステップで回避し、闘技場の観客席ギリギリまで遠のいて距離を開けた。
ライハーゴはすぐに構える。向かって来ないのはヒットアンドアウェイ戦法を既に知っているからか。
「……の野郎、クソクソクソクソが! 予定を狂わせやがったな!?」
斉藤は目を血走らせる。
まさかあの誓道が、自分の提案を拒否する? ありえない。
(十分に揺さぶってやったはず……! 今までだったら尻尾巻いて逃げる奴だったろうが!)
誓道という男をネットワークビジネスに誘ったのは、プレッシャーに弱い性格で利用しやすかったからだ。押せば何とでも変えられたし、逆らう真似もしなかった。今回も敗北の痛みを植え付け、精神的に弱らせた上で逃げ道に誘導した。そうすれば乗ってくる奴だと思っていた。なのに、なぜ。
(本当にあいつの判断か? あの女子高生が変なこと吹き込みやがった……?)
どちらにせよ、これでは予定が狂ってくる。この初戦は無事に勝つことが目的ではない。相手の選手を心理的に揺さぶり、戦わずして勝敗を決めたという事実が必要だ。でなければ危険な戦闘に出たりはしない。
決闘士を降りるためには、異世界の王にそれ以外の価値で重宝される道が手っ取り早い。そのための手段として、斎藤はゲームメイカーになることを考えていた。
大会の裏で各国の転移者と繋がり、勝敗を操作するネットワークを構築する。組織的に八百長を蔓延させ、趨勢をコントロールできる存在になることこそが、斎藤の目的だった。
転移者は普通の人間だ。それぞれに願望もあれば弱みもある。
たとえば、待遇と環境が気に入って今の国にしがみつきたい転移者がいるだろう。別の国に行きたい転移者もいるだろう。集団のバランスを保ちたい者、崩したい者、離れたくない者、別れたい者、恋仲になりたい者……それぞれに秘めた想いがある。しかし、自分たちではどうにもならない。
だからこそ、付け入る隙が生じる。転移者が持つ欲望を叶えるか、あるいは弱みにつけ込み、都合よく事が運ぶように影で口裏を合わせる。賭けるのは勝敗のチップだ。そうして異世界の王達に気づかれないよう勝敗数を制御することができれば、やがて国同士のパワーバランスすらコントロールすることができるだろう。
もちろん簡単な話ではない。他国の転移者と交流することは禁じている。下手に他国の転移者と接触していると処罰される。
斎藤も当初は無理筋だと悩んでいたが、ある女と出会ってから考えが変わった。
その女の名はイエリナ・パウラ・バドサ。秘密裏に斎藤に接触してきた他国の転移者。禁止された大胆な行動を取れたのは、彼女の手法が原因だった。
斎藤が野外訓練の休憩中に、彼女はなんとドローンのような機械を使って遠隔から無線通信を行ってきた。
――私を貴国の技術士として招き入れてほしい。決闘士を強制しないこと、そして祭器を好きに扱わせてくれること。この条件を飲んでいただけるのなら、私が独自に開発したこの無線通信技術を提供する。
怪しさ満載だったが、異世界にはない無線通信を独自に開発したという事実に斎藤は興味を抱いた。話を聞いてみると、イエリナは祭器のメカニズムを調査したいという変わり者の研究者で、今の雇い主には危険だからとストップをかけられていた。そのため考えが先進的な他国への移動を模索していた。
訳のわからない願望で国を裏切ろうする不気味な女ではある。一方で、斎藤は彼女との出会いで自分の考えが正しいことを確信した。他の転移者にも必ず個人の都合がある。それを刺激すれば人を動かせるこをと、ネットワークビジネスで経験してきた。
それにイエリナの無線通信が手に入れば、他国の転移者とも安全に接触することができる。他の国には手下だった安藤や茂木もいる。手駒を増やせば訳はない。
ベリル王には、イエリナの存在を隠しつつ自分の構想を話した。オークの王は野心家だ。たとえ禁則事項でも、うまくやればエルフ王国すら出し抜ける策に乗ってこないはずはない。
予想通り、ベリル王は興味を示す。そして、自分にその力があると証明してみせろ、と言ってきた。
だから斎藤は、戦わずして勝敗を差配できることを示すため、決闘祭に出場することを決めた。誓道との練習試合と初戦は、八百長が成立することを見せつけるためのデモンストレーションになる、はずだった。
「バカ道が……! 俺の邪魔をしやがって!」
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