1-2 回想ー召喚時①
「さて、自己紹介がまだやったな。わいは
やはり先人が居るようだった。「エルフって、まじで異世界じゃん」年が近い青年が興奮気味に呟くのが聞こえた。斉藤は安藤、藤木らと小声でなにか話し合っている。
誓道は、こんなふうに会話から外されることがちょくちょくあった。同じビジネス仲間でありながら扱いが違うことに思うところはあるが、しかしどうすることもできない。せいぜい気づかないフリをするくらいが関の山だ。
「で、さっきの話やけど。召喚はランダムに場所ごと切り取ってくるだけなんや。指定はできへん。てか、指定できるなら別に君等やのうて機械の操縦に長けた人間を連れてくるで? んなことせぇへんのは、素人を育成して強くするのが国力の誇示になるからや。ようできてんねん、決闘祭っちゅうんは。わかった?」
青年――源四郎が聞くも、斎藤は睨み返すだけで特に返事をしない。
源四郎は気を悪くした素振りもなく続ける。
「次に、なんでそんなん押し付けられなあかんって話やけど。そういう仕組やねんて言えば終わりなんやが、まぁそれだけが理由やのうてな。君等が乗る祭器は人間でないと操縦できへんようになっとる。祭器を操るにはFP値っちゅう、人間特有の脳波が必要になる。これがなぜか現地の人らには出てこんのやな」
源四郎は自分のこめかみあたりを指で突きながら説明する。
「素人であってもいい理由、人間に押し付けなあかん理由はわかったな? ああ、なんで君等かってことなら、運が悪かったとしか言えへん」
源四郎が軽く笑う。
運が悪かった。そんな言葉で納得できる人間は、見渡す限り誰もいないだろう。
これから一体どうなるのだろうか。誓道を含め皆が不安に押し黙っていたとき、一人が手を上けた。「しつもんでーす」
「なんで人間しか使えないもんで戦うんですかー? 普通にこの世界の人が大会とか関係なくやればいいんじゃん?」
どこか呑気とも感じる声を発したのは女子高生、しかもギャルだった。
髪の毛を金髪に染めて制服をだらしなく着崩している。結構美形な顔立ちだったが、派手めなメイクもあってキツそうな印象がある。カラーコンタクトをしているのか瞳も若干青い。
「ほう、なかなかするどい質問やんけお嬢ちゃん」源四郎がおどけたように返す。
「それはな、ワイにもわからへんのや。なんでやろうなぁ?」
言いながら源四郎は、ちらと玉座の老人に目を向ける。だがすぐに正面に向き直り、肩をすくめた。
「ま、ワイら人間――ここでいう転移者は従うしかないんよ」
「はー? なんでよ? この世界の人が勝手にやってくれれば済む話じゃん。てかそうするようにこっちから提案したりとか――」
「お嬢ちゃん、勘違いしたらあかんで」
女子高生の声を遮った源四郎の声は、一段と低くなっていた。
「こっちに呼ばれた時点でワイらに人権はない。買った国の所有物や。そんなもんの都合なんてどうだってええねん。もちろんこの世界の都合にも干渉する権利はない。黙って言うこと聞かんとえらいことなるで? 気ぃつけや」
女子高生はまだ何か言いたげだったが、口をつぐんだ。源四郎の薄く開いた目から漏れる気配はどこか剣呑で、冗談を言っている気配はなかった。
それから彼は集まった面々を見渡し、ぽんと手を叩く。
「聞きたいことはまだあるやろうが、こっちも時間が決まってるんで説明は以上にするで。次にFP値を計測するからついてきぃや」
源四郎が階段から降りると、唯一の出入り口に向かって歩き始める。
途端、長槍を持っていた騎士たちが一斉に動いた。転移者の集団を囲み、槍を突きつけて出入り口の方へと追い出してくる。集団は慌てて部屋を後にした。
残された老人のことが気になる誓道だったが、しかし振り返って確かめる勇気はなかった。
部屋を出た一行は源四郎の後ろをぞろぞろと着いていく。槍を持った騎士たちがいる手前、下手な動きはできなかった。
「せや、あの朝ドラって終わったん? 貧乏な女の子が大女優になるやつ」
先頭を歩く源四郎が近くにいたOLに話しかける。女性はビクリと肩を振るわせ、戸惑いながらもなにか返事をしようと視線をさ迷わせていた。
「え、ええと、それは、しまちゃん、ですか?」
「そーそーそれ。懐かしいわー、好きでよく見とったんよ。もう5年も前やからまるで覚えとらんけど」
(5年前……?)
誓道は盗み聞きしながら心中で首をかしげる。OLが答えたドラマは今期の朝ドラで、絶賛放送中だ。五年前など放送されていなかった。何かと間違えたのだろうか。OLも混乱して、なんと言えばいいかわからないようだった。
「ほい到着」
源四郎が立ち止まったそこには、壁に沿うような大きな銅像が置いてあった。その銅像の右手は前方に掲げられ、左手は石版を持っている。
「まずはお前からな」
源四郎は、近くに居たサラリーマンの襟首を掴むと銅像の右手に男の身体を押し付ける。
「な!? なん、おま!」
瞬間、銅像の目が光った。サラリーマンがか細い悲鳴を上げる。
だが数秒経っても何の変化もなかった。皆が怪訝に見守っていると、源四郎は石版を覗き込む。
「えーと、FP値は351ね。よし次ー」
源四郎が掌をひらひら振ると、騎士の一人がサラリーマンの襟首を掴んで銅像から引き剥がす。倒れたサラリーマンは何か喚いていたが、槍を向けられると黙り込み、奥にある通路の方へ追いやられていった。
その後も騎士たちが一人ひとり銅像の方へ押しやる。銅像の手に人が触れると、同じように銅像の目が光り、源四郎が石版を覗き込んでいた。
「1023。つぎ」
「547。つぎ」
「890。つぎ」
おそらく銅像に人が触ったとき、石版に何かの文字が出てくるらしい。それがFP値という謎の尺度に関係しているのだろうか。
「お、3400。上玉やね。つぎー」
涙目の女性は槍を突き付けられ、小さく悲鳴を上げながら廊下に追いやられていった。そうしてまた一人、一人と銅像の手に身体をくっつけるように仕向けられる。
源四郎が数値を読む声は抑揚がなく、淀みがない。単純な作業でどうやら危険ではないことが何となくわかってきた。
だが、次の人間のとき源四郎の反応が違った。
「……ん? んん?」
今まですんなり読み上げていたのに、石版を食い入るように見つめて戸惑っている。
そのとき銅像の手に身体をくっつけていたのは、金髪ギャルの女子高生だ。
「れ――0.1って。嘘やろ? こんなことあるんか?」
「えっ、えっ、えっ、なになに、あたしがなに!?」
両手を挙げている女子高生を源四郎がマジマジと見つめる。それから笑みを浮かべて膝を打った。
「うっそやろお嬢ちゃん、FP値まったくないやんけ! いやー数百年に一度は出現するらしいけどほんまにおるんやな。UR演出やん、別の意味やけど」
源四郎が何やら興奮している。それどころか、騎士達までこらえきれなかったように肩を揺らしていた。機械みたいな連中だったのに、急に感情を露わにしている。よほど0.1という数字が面白いらしい。
当の女子高生は侮辱されていることを悟ってか仏頂面になった。
「なんなのマジ。あたしがそんな面白いわけ?」
「いやいや、ごめんなぁ。気にせんといてや」
「はぁ? これだけ人で笑っといてなんなの。あたしの何がいけないのか言えよ!」
「言葉通りの意味やで? 知ったところでどうにもならへんのや。それこそ気にするだけ時間の無駄ちゅうこと」
騎士の一人が女子高生に槍を突き付ける。彼女は眉根を寄せ、ぐっと言葉を飲み込んでいた。そのまま追いやられ、奥の通路へと消えていく。
「さーさーお次は誰や。もう大体の流れ分かったんやから自分から出てこいや」
源四郎が場を見渡す。残っているのは誓道を含めて数人だが、進んで出る人間はいない。危険はなさそうだと分かっていても尻込みしてしまう。
ドン、と背中に軽い衝撃。誓道は前のめりで転がるように歩み出る。
慌てて振り返るとそこに斎藤が居たが、素知らぬ顔で違う方向を見ていた。
もしかしてわざと突き出された? どうして。
「お、君かいな。んじゃこっち」
複雑な心境になりながらも、誓道は立ち上がって進み、銅像の手に胸部をくっつける。
銅像の目が光った。誓道は身構えたが、特に痛みや衝撃はなかった。
「――ん? んん?」
石版を覗き込む源四郎が、またも困惑気味の声を上げる。
誓道はギクリとする。さっきの女子高生のように、自分もまた低い数値だったのではないだろうか。
顎をさすりながら細い両目で石版を凝視している源四郎は、ややあってニヤリと唇の端を釣り上げる。
「……今回の召喚はほんまおもろい展開やなぁ。まさか最低と最高が一度に拝めるとは」
ゆっくり振り返った源四郎の、その目が開く。しっかりと見定めるかのように、三白眼が誓道を捉えていた。
「15000。最高記録の更新や」
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