1-35 必殺技

「――わかった……!」


 涙ぐんでいた奈月は、ぐいと袖で目元を拭い「席変わって」と言ってくる。誓道は奈月と交代で後部座席に座った。

 前部座席に座った彼女はすぐにスティックを握りしめて、ボタンを押す。ティンピロンタタタ、と軽妙な電子音が響く。もちろん待機状態なのでライハーゴは動きはしない。


「あはは、なんか慣れるまで変な感じするね」


 コロコロと笑った奈月は、ふと気づいたように振り返る。「でもさ」


「これで普通に戦えるようになっても、あたしらまだ不利、なんだよね?」


 隠す意味はなかったので、誓道は頷いた。


「はい。エリキサが20%を切ってる」


 コンソール画面を指差す。危険水域にあるという警告が出ていた。


「本番では10%程度で戦わないといけません。かなり不利、でしょうね」

「うう、だよね……あたしが調子に乗らなければ」


 頭を抱える奈月だったが、すぐにぶんぶんと振った。「だめー!」


「落ち込むなあたしぃ! 終わったことだ! うん! 勝つ方法を考えよう! 誓っちとなら絶対できる!」


 自力で鬱から這い上がってきた奈月の姿に、誓道は目尻を和らげる。奈月がパートナーで良かったと、しみじみ思った。


「勝つ方法なら、あります」

「え?」


 誓道は指でピースサインを作る。二つの策があることを示していた。


「この二つは今までやったことがない技です。一つ目は、実際に出来ることを知っています。もう一つは、理論上はできると聞いてますが、俺は実際に見たことはない」

「……それって、難しいってことだよね」

「はい」

「でも、勝てるかもしれない」

「おそらく」

「――じゃあ、やろう」


 ほぼ即答だった。悩む素振りなど一切なかった。


「あたしたちはもう、それに賭けるしかないよ。それにさ」


 奈月は満面の笑みを浮かべて、ニシシと歯を見せる。


「誓っちとならできるよ。絶対」


 その台詞にはきっと、根拠はないのだろう。そうだったらいいなという希望的観測だ。

 けれど、彼女の言葉には不思議と力強さがある。できるような気がしてくる。


「じゃあ、説明します。まず一つ目の技は――」


***


延伸攻撃ブラスターだぁー!?』


 動揺混じりの実況が響く中、黒い腕が空を突っ切った。

 ライハーゴの伸びる右腕はバンジックとの距離を瞬く間に詰める。予想していなかったであろうバンジックは固まっていたが、しかし接触の直前で跳躍。空中に逃げることで直撃を免れた。

 狙い通りだ。


「奈月さん!」


 呼びかけと同時に脚部へ人工筋肉を集中させておく。奈月はフットペダルとスティックを組み合わせたコマンドを打ち込み、ライハーゴを跳躍させた。伸し掛かる重力を感じたあと、ふっと浮遊感がやってくる。跳躍しきったそこに翡翠色の機体が見えた。


「くらえっ!」


 奈月が叫ぶ。コマンドが打ち込まれる。

 音を聞いてからの判断でも誓道の思念操作は間に合う。高いFP値による反応速度がそれを実現させている。

 両前腕に人工筋肉が集中。手を合わせて真上から拳を叩き下ろす。

 バンジックは両腕を重ねてわざわざ防御を取った。当たり前だ。ここは空中。蹴るための地面はない。

 ライハーゴの両手が叩きつけられ、凄まじい勢いでバンジックが落下する。地面に激突して衝撃と共に土煙と粉塵が舞った。

 着地したライハーゴはすかさず構える。土煙の中で機体が動いていた。まだ倒せていない。


「くっそー、やっぱ誓っちの言うとおりか。こっちの筋肉量じゃ足りない……!」


 奈月が悔しげに言う。対バンジック戦の対策を練っていたとき、誓道が話していた予想のことだった。

 ライハーゴの人工筋肉量は20%を切っている。筋肉量が少ない分、攻撃箇所に集積できる筋肉量も少なくなり、当然攻撃力も減る。しかもバンジックは直撃の瞬間、おそらく腕部に人工筋肉を移動させ防御力を上げていた。致命傷にはなっていないだろう。


『は、ハイレベルぅ! なんとヴァンパイア王国の祭器が延伸攻撃ブラスターを繰り出したぁ! 我々の予想を覆されてばかりです!』


 興奮気味なアナウンスと共に観客が湧く。延伸攻撃がトップレベルの決闘士しか使えない特殊な技であることを知っているのだろう。

 文字通り、身体の一部を延伸させる。言葉にすれば単純だが、実行に移すのは至難の業だ。なぜなら人間は自分の腕を伸ばすことができない。踏ん張ったり拳に力を込めるイメージはある程度できても、特殊な動きは途端に難しくなる。正しいイメージと、機体の中を流れる人工筋肉の移動を精密制御しなければ、腕を伸ばすなんて攻撃は実現しない。

 だが、不可能ではない。誓道はそのことを、エルフ王国のナンバーワンの戦闘で見て知っている。

 何とかうまく決まってくれたが、しかし奇襲にしかなっていない。やはり勝つには、もう一つの策を決める必要がある。


「奈月さん」

「うん、次で決める」


 土煙の中からゆらりと翡翠色の機体が現れた。左腕をだらりと垂れ下げている。内部フレームに不調が来たのかもしれない。防御されはしたが、ダメージは与えられていたようだ。

 それでも誓道は油断しない。奈月もまだ緊張感を保っている。斎藤が諦めるわけがないのだ。相手の戦法を潰したわけではない。

 バンジックの姿が消える。やはり高速移動で翻弄してくる。

 数種類の電子音が鳴った。誓道は反射的に右腕へ人工筋肉を移動させる。

 真横に出現したバンジックのジャブを、ライハーゴの裏拳が止めた。防がれたバンジックはすぐに移動。こちらにヒットアンドアウェイを止める手段がないことを分かっているからこそ、相手がその戦法を捨てることはない。

 そうしてじわじわと削っていくのが相手の魂胆なのかと言えば――否。

 バンジックこそ決定打がない。飛び蹴りは既に防いでいる。むしろ左腕が使えない分、先程のような攻撃は防げない。

 ではどうするのか。

 斉藤ならきっと、戦いを長引かせないために一撃で相手を葬る部位を狙う。

 バンジックが出現し、


「バレバレだっ!」


 奈月もまた理解していた。瞬時にスティックを操作する。

 ライハーゴは屈んでストレートパンチを回避した。

 攻撃が当たらなかったバンジックがすぐに逃げの姿勢を取る。だが、これまでのようにすぐ距離が離されるわけではない。

 右腕に集中させた人工筋肉を脚部に戻さなければいけない分、動きが遅い。

 斎藤は自ら、自分の利点を手放してしまったのだ。

 それこそが、待ち望んだ最大の隙。


「――必殺」


 合図だ。誓道は瞬時に思念を送る。

 奈月がコマンドを打つ。右の貫手を放つため、ライハーゴが右腕を引き絞る。

 その攻撃は普通のモーションとは異なる。

 腰だめにしたライハーゴの右手、手刀の形をした部位が


「ドリルプレッシャ――」


 さながらドリルのような右の貫手に、誓道はさらに思念を送る。

 捻った力を開放するように、螺旋状の手刀が回転を始める!

 抜手がバンジックの顔面に直撃。

 掘削の如き力が仮面をガリガリと破壊する。


「ストラァァァイク!」


 奈月の叫び声と共に、ライハーゴが右腕を振り切った。

 破片が空中へ散り、闘技場の大地へと降り注ぐ。

 頭部を失ったバンジックはぐらりと揺らいだ後、仰向けに倒れる。

 ズシンという鈍重な音と共に土煙が待った。

 翡翠色の機体は、停止している。動き出す素振りはない。


『――っ! バンジックの頭部破壊を確認! これ以上の戦闘続行は不可能と見なして勝敗を確定します! 勝者、ヴァンパイア王国の祭器、ライハーゴ!』


 高らかな声で、闘技場の歓声が沸き上がった。


***


「必殺技?」


 それはコマンドを覚える訓練の休憩中、急に奈月が言い出したことだった。


「そー。必殺技。合図するにしてもさ、技名叫ぶとわかり易くない?」


 手刀を形状変化させ威力を高めた攻撃――それが、斉藤を出し抜くための誓道の秘策その2だった。

 延伸攻撃は意表を突けるかもしれないが、決定打の使い方ではない。それに人工筋肉量が少ない分、通常攻撃の威力も目減りしている。そこで、物理的な威力を底上げする手段として、回転力を加えた攻撃方法を提案していた。


「だってさ、コマンドは単に貫手じゃん? それを誓っちの方で特殊攻撃に変えるんだったら、今そうしてってあたしから教えてあげないと」


 奈月の言わんとすることは理解できる。

 この技は、奈月がコマンドした通常のモーションを誓道が強化する、という工程で発動する。このときコマンド音は一緒なので、通常攻撃なのか強化すべきなのかを音だけで判断することはできない。打つタイミングを見分けるには、従来通りの合図の方法しかなかった。

 彼女はそれを、必殺技を叫ぶという合図にしたいと言っている。


「ええと、どういう感じにするんですか?」

「ひっさぁつ!って叫ぶ」

「叫ぶ」

「そんで誓っちが手刀をドリルにすんじゃん? したらあたしがドリルプレッシャーストライク! って叫んで技を発動するわけ」


 どーん、と擬音を口ずさみながら奈月が右腕を伸ばす。


「格ゲーの超必を出すときって必ずポーズしてキャラのアイキャッチ入るんだけどさ、それがまたいいんだ。ついつい必殺! とかくらえ! とか言っちゃったり。そんでゲージ削ってダウン取るとマジ脳汁ぶわーって出る感じ! ね? 必殺ってなんかよくない?」


 はぁ、と誓道は生返事する。奈月は中学の不登校時代に兄とゲームばかりしていたらしく、かなりのゲーマー気質だった。そのときの指さばきや感覚が祭器の操縦でも役に立っているようだが、格好良いかと言われるとセンスの問題なのでピンとこない。

 とはいえ、合図が欲しいのは間違いない。特にこだわりがあるわけでもないので、誓道は頷いておいた。


「そう、ですね。じゃあ必殺が合図で」

「よっし! ドリルプレッシャーストライクぶちかますぞー!」


 その名称は果たして格好良いのだろうか。ほんのりダサい気がするが、灰色の青春時代を過ごした誓道としては自分のセンスも信用ならないので、何とも言えない。そもそも必殺という合図だけでわかるから、ドリルプレッシャーストライクという技名は必要ない気もする。

 色々思うところはある誓道だったが、奈月が嬉しそうなので生暖かく見守っておくことにした。

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