幕間 強欲のライハーゴ
オーク王に頭部を粉砕された人間の死体が片付けられていく。同じく頭部を粉砕された翡翠色の機体も回収されていった。勝った方の濡れ羽色の機体は、よろよろとしながらも格納庫へと戻っていく。
「いやーははは、けったいな試合やったなぁ」
すり鉢状の闘技場の円周部分には、都合四カ所のVIP席がある。個室造りになっているため普通の観客は中を覗くことも入ることもできない。基本的には王族や貴族が観覧するための専用室だが、今日この場にいるのは王族ではない。それどころかこの世界の住人ですらない。
「しっかし、まさかあの機体がヴァンパイア王国に保管されとったとは。調べても分からんかったわけやで」
席の一つに座るのは、藤堂源四郎。エルフ王国の人舎管理代表かつ決闘士教務官を務め、転移者召喚時の世話人も務めるエルフ王国の重要人物。特別な権限を持つ彼は、エルフの代わりにVIP席を使うことを許されている数少ない人間の一人だった。
「つうても、扱えるとは限らん代物や。普通は動かすことすらできへん。それがなんやね、あの動き。攻撃を攻撃で防ぐ抜群の精密操作、見切りの正確さ、相手の動きを予測して誘い込む戦術。なにより、
「機体操縦者がとても優秀なのだろうね」
源四郎の隣に座る男が柔らかい声で返す。ブロンドの髪、物腰柔らかな風貌、整った顔立ちに甘い笑みを携えている男は、現代社会であればまず女性の目を釘付けにする存在だった。
エルフ王国における筆頭決闘士であり、前回大会優勝者でもある男、ローラン・クラウディオ。このVIP席を借りることができる人間の二人目は、盛り上がる観客席を慈しむように眺めていた。
「あのときの女子高生がなぁ」源四郎は窓際に頬杖をつく。
「あんな操縦センスを持っとるなんて、FP計測だけやわからへんからなぁ……せやけど、全体で言えばハズレ値やな。うちの国に来たかて意味あらへん」
「確か彼女、どこにも引き取り手がなくて幽閉されてたんだろう?」
「せや。普通は幽閉されてそのままぽっくり。ところが、ヴァンパイアの王がこれでもいいって引き取ったらしいで。そうやなかったら大会に出ることもできひんかったやろな」
「なるほどね。偶然とはいえ、彼女は自分に最適な祭器に巡り会えたわけだ。そして
源四郎は狐のように細い目でローランを見つめる。それからまた闘技場の方を向いて、ため息を吐いた。
「……まさか追放したあいつが生き伸びて、しかもヴァンパイア王国の決闘士に登用されるなんてのう。野垂れ死にさせるつもりやったのに、エルフ王国の人舎担当者は大目玉やな」
そう言った源四郎だが「……いや、そんなことあらへんかもな」と自分で訂正する。
「まだ一回戦が終わったばかりや。次で敗退かもしれん。決闘祭に何も興味のないエルフ達にとっちゃ、騒ぐほどのことでもない」
広場では既に次の祭器達が現れ、試合を始めている。それを眺める観客席の様々な種族達は大いに沸き立っている。
だが、そこにエルフの姿は一人も居ない。審判や防人として常駐しているエルフ以外、観客するために来ている者は誰も居ない。それは、彼ら彼女らがこの大会を低俗な催しと忌避しているからだ。
「せやけど、星野にとってもってのはどういうこっちゃ。あいつ操作下手くそやったんやで? いくら操縦担当でないとはいえ、センスないやん」
「違うよ、源四郎。彼は天才さ」
「……は?」
「普通の祭器じゃ駄目なんだ。彼の方がオーバースペックだからね」
答えたローランを、源四郎は胡乱げに見つめる。
「お前は、あいっかわらず要領を得んやっちゃな。もうちっと他人にわかりやすいように説明せんかい」
ローランは肩をすくめ、膝を組む。
「彼の人工筋肉に対する操作センス、イメージ力、丁寧で緻密な操作と高い感応性は目を見張るものがある。誰よりも人工筋肉の操作に長けていたのは、君も知っての通りだろう?」
「まぁな、そこは認めたる。せやけど、実践ではてんで駄目やったで」
「そう、機体を動かす段階でパフォーマンスが著しく悪くなる。それは、彼の特筆すべきFP値の高さのせいだ。普通はコマンド入力と同時に人工筋肉に思念を送るが、なぜそのタイミングかと言えば、祭器の動きを疎外せずに筋肉の移動を行うためだ。しかし彼の場合、そのタイミングでは支障が出る。平均的なFP値よりも高すぎるため、人工筋肉の反応が敏感になり内部フレームの動作中に動いてしまう。結果的に、機体動作が阻害される。おそらく操縦しているとき、機体がガタついたり、思った通りのモーションが出なかったんじゃないかな?」
ポカンとした源四郎は、次の瞬間に立ち上がる。「おまっ」
「それ本当か? 高いFP値のせいで操縦が困難になるって」
「ああ、本当だとも。なにせ僕がそうだったからね。言ってなかったっけ?」
「言うてへんわ!」
「それは失敬。まぁ僕特有の悩みだったからね、共有するほどでもなかった。だからこそ、彼の特性に気づいたのは僕だけだったのかもしれない」
唖然とした源四郎は、微笑みを携えたままのローランに対し眉根を寄せる。
「なんでそれを本人に教えてやらんかったんや」
「なんで?」
ローランがゆっくりと振り向く。
「教えてどうするんだい?」
「お前が教えとったらあいつ、今頃はコツでも掴んでエルフ王国に残っとったかもしれへんやろが。あれほどFP値の高い奴を捨てることもなかったんやで」
「それはないね」
優しいまなざしのまま、慈悲もなく断言した。
「僕と彼では感覚が違う。コマンド後のどのタイミングで思念を送ればいいかなんて、教えたところでうまくいくものでもない。自分の欠点は自分で把握し、克服しなければいけない。だけど彼には思慮も、気概も、洞察力も欠けていた。いくら僕が説明したところで、本人が変わらなければ意味がない。遅かれ早かれ似たような運命を辿っていただろう」
「……無駄骨やっちゅうことか」
「当時はね。そう考えていたんだが」
ローランはそこで唇を釣り上げる。ギラリとした意思の光が、瞳の奥に宿っていた。
「変わったのだろうね。窮地に立たされて貪欲になったか、パートナーとなった人間の影響か、ヴァンパイアの王の手腕か。どちらにせよ、彼は自分の力を発揮できる機体を手に入れいた。これは嬉しい誤算じゃないか、源四郎。まさに今大会のダークホースだ」
くつくつと肩を揺らしてローランが笑う。源四郎は何かを言いかけて、口をつぐむ。それからドカッと椅子に座って、溜息を吐いた。
(ったく、これやから天才っちゅうのは度し難い)
ローラン・クラウディオは文字通り天才だ。祭器の操縦だけでなく、あらゆる物事に高い理解力を示し、あっという間に解決してしまう。そのせいで達観した人間に見られることも多く、距離を置かれることもしばしばだ。
集団行動に異物が交じるのは致命傷になるため、源四郎はよくローランのフォローをしてやっていた。まったくもって損な役回りだ。
「なーにが嬉しい誤算や、この戦闘狂が。あいつらがあの<強欲>のスペックを引き出しきったらどないすんねん。エルフ王国の脅威になるやろが」
「結構なことじゃないか。観客だって、毎回決勝戦がエルフ王国同士の戦いでは飽きがくるだろう?」
ローランは、視線を闘技場に注ぐ。だが、おそらく彼は試合など見ていない。脳内には、自分の機体と濡れ羽色の機体が戦う光景が広がっているのだろう。
あの二人が決勝戦に来るなどありえない話だが、この男はその可能性を疑ってもいない。源四郎には理解できない考えだった。
「彼らが手に入れたのは、
悦に入っているローランの姿に、源四郎はやれやれと首をふる。こうなってしまうと一人の世界に没頭して無視されるだけだ。
結局、この男はエルフ王国の存亡などどうだっていいのだろう。見目麗しい外見では考えられないほどの獣のような闘争本能を隠し持ち、それが満たされれば他は必要ない。1位の座を譲らないのは、その方が戦う場面と強い相手に出会う確率が増えるからだ。
(まぁ、エルフ王国がどうなってもええのは、ワイも一緒やがな)
心中でほくそ笑んだ源四郎は、腕組して椅子の背もたれに体重をかけ、天井を見上げる。
(強欲のライハーゴね。これで現存しとる機体は5つか)
この世界に存在するロボット――祭器には種類がある。と言っても種類ごとに内部フレームや人工筋肉の性質が違うわけではない。異なるのは機体色や仮面などの姿形だけで、厳然たる性能差があるわけではない。一説によると、製造元が違うことを識別するためにパーソナルな識別ネームが与えられただけ、という話がある。ようはハサミなどの道具と同じだ。性能はほぼ一緒だが、他社の製品と区別するために製品名をつけているだけ。
しかし、明確に性能や設計が異なる7つの祭器が存在していることが分かっている。大罪シリーズと呼ばれるそれらは明らかに他の祭器と一線を画す特殊な機能、あるいは構造を備えている。
その一つが強欲のライハーゴ。もう一つが、ローランの愛機である傲慢のヴェスパー。ほかに確認できているだけで3つの大罪シリーズがオーガ王国、サイクロプス・タイタン同盟国、ケットシー王国で所有されている。
通常の祭器が一般車なら、大罪シリーズはカスタムされたレースカーだ。そのため性能を持て余すか、虎の子として温存するかで表舞台に出てくることは滅多にない。今大会も、おそらくライハーゴとヴェスパーだけしか大罪シリーズは出場しないだろう。
源四郎にとっても、ライハーゴの存在は気になるところだった。
それは、エルフ王国を危険に晒す可能性があるから、ではない。
エルフ王国に思い入れはない。たまたまそこに居るだけだ。いまの境遇や環境はそこそこ気に入っているし、それを維持したいというモチベーションもあるが、何が何でもエルフ王国の大会優勝を維持したいわけでもない。
源四郎の目下の興味は、この世界そのものだった。
なぜ祭器というロボットが開発されたのか?
なぜ異世界から人間を召喚して戦わせているのか?
なぜ人間にしかFP値が出力されず、現地人はその素養がないのか?
なぜ決闘祭を通して国々の政治・交渉を行っているのか?
すべての答えは、今のところ一つ。
神がそうお決めになったから。
12の国々はかつて世界を崩壊させるほどの激しい争いを行っていた。神はその様子に怒り、全てのことは決闘の場で決めるようにと告げた。そして与えられたのが祭器であり、各国の立場を公平にするため、世界と関係のない存在――人間を異世界から召喚して戦わせるように決めた。
よくある宗教の創作ストーリーのようだが、この異世界の種族達は律儀に神のお告げを守り、決闘祭で物事を制定して争いを起こすことなく1000年もの平和を維持している。
はっきり言って、あり得ない。だが、現実はそのあり得ないことを実現している。
源四郎は、単に宗教上の理由で遵守しているのではなく、破れない何かの制限があるのではないかと考えていた。神の話は制限を隠すためのカモフラージュだ。でなければとっくの昔に決闘祭は中断しているだろう。
祭器にしたって不自然だ。人間はこの世界に存在しなかった。そんな種族に合わせたロボットを、急に開発できるだろうか。それこそ祭器が生まれた理由や原因、人間を搭乗者にした経緯も、神という存在の裏に隠されているのかもしれない。
7つしか存在しない大罪シリーズは極めて異例で、明らかに何らかの意図を持って製造されている。その意図を読み取れれば、祭器や決闘祭の謎にも迫れるかもしれない。
――決闘祭を終わらせる手段を見つけ出せ。
エルフ王の言葉が蘇る。
彼の王は決闘祭自体に興味がなく、それでしか物事を決められない現実に不満を抱いていた。常に優勝しているのは他国の言いなりになるほうがよほど屈辱だからであって、仕方なく人間の教育に力を注いでいるに過ぎない。
解放されるということは神の命令に逆らうことに他ならないが、今代の王はどうやら強硬派らしい。国民に命じなかったのは動かすことに問題があるか、あるいは制限のため使えないという理由かもしれないが、その結果として源四郎に白羽の矢が立った。
別にエルフの願いなどどうでもいいが、世界の謎を解き明かすことは賛成だった。
(エルフどもは、この世界の真相が分かればしがらみから開放されると思うとる。せやけどそれはワイらも同じや。むしろこっちが利用することすら、できるかもしれんのやで)
頭の後ろで手を組みながら、源四郎は計画を組み立て始める。その表情は喜々としていた。
まずは大罪シリーズをもう一体捕えるとしよう。ライハーゴの中に、情報が隠されている可能性はある。
(星野。エルフ王国と――ワイと当たるまで、勝ち残っといてくれよ?)
次の更新予定
隔日 12:10 予定は変更される可能性があります
強欲のライハーゴ 伊乙式(いおしき) @iotu_shiki
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